作戦会議

 アロルド殿下はその後すぐに、多数の部下を使って王宮中を捜索させたが、キャリーナの姿をした人物もちろん、エレナの姿をした人物もみつけることは出来なかった。


「転移魔法でどこか遠くに逃げたのかもしれないな」


 アロルド殿下は机に広げた見取り図の、部下に確認させた場所に×印を付けながら舌打ちをする。


「その可能性もあり得ますし、別の可能性もあります」

「別の姿に変わり、今も王宮の中にいるということだな?」


 エドの指摘に、今度はダニエルが眉根を寄せる。

 いずれにせよ、私達が偽物のキャリーナを自力で見つけられる可能性が限りなく低くなっているということは確かで、室内に重苦しい空気が漂う。


 そんな中、キャリーナだけはなぜ皆が深刻な顔をしているのか理解できないようで、不安げな表情をした。


「ねえ、キャリーナ。これまでのことを、どこまで覚えている?」

「どこまでって? 全部覚えているわ」


 私の問いに、キャリーナはキョトンとした様子で首を傾げる。

 その後いくつか質問をしたけれど、どうにも要領を得ない。

 キャリーナには、そもそも自分の記憶が欠落しているという自覚がないようだ。


 トールによるとこれは不完全な魔法を無理矢理かけたことによる後遺症で、徐々に記憶が元に戻る可能性もあれば、一生戻らない可能性もある。

 一方で、何かしらのタイミングで一気に戻る可能性もあるという。


 つまり、今後の経過は一切わからないということだ。


「ねえ、エドにトール。キャリーナへの魔法は効果が切れないように繰り返しかけられていたようだと言っていたわよね?」

「はい」


 私の問いかけに、アロルド殿下達と議論していたエドとトールはこちらを振り返る。

 

「どれくらいの頻度でかけ直していたのかしら?」

「魔法は通常、かけてからの時間の経過で効果が薄れてきます。正確な頻度はわかりませんが、これだけ念入りに何重にも魔法をかけていたところを見ると、恐らくほぼ毎日だったのではないかと」

「毎日……。ということは、本来であれば今日もかけ直すつもりだったということね?」

 

 その一言に、アロルド殿下が「そうか!」と叫んで立ち上がる。


「キャリーナの周囲を固めておけば、必ず彼女はもう一度現れるということだな?」

「はい。そう思います」


 私は頷く。

 エドは偽物のキャリーナが現れたときに咄嗟に遮像の魔法をかけて本物のキャリーナの姿を隠した。偽物のキャリーナは、本物のキャリーナにかけた魔法が解けているかどうか確証が持てない状態でいるはずだ。

 ということは、彼女はきっと魔法のかかり具合を近いうちに確認しに来る。


「ここは転移魔法と探索魔法を無効化する防御壁を作りました。ただ、あれだけの魔法を使えるなら、それを破ってキャリーナ様を見つけ出すのは時間の問題でしょう」


 エドの指摘に一同が静まり返る。しかし、誰も否定しないところから、皆が薄々そう思っていたということだろう。


「ひとまず、わたくし達は明日帰国の予定でしたが、数日滞在を延長したいと国に連絡を入れます。今夜から、トールとエドのどちらかは必ず起きてキャリーナ様の近くに待機するようにいたしましょう。わたくしも近くにいるようにいたします」

「ああ、そうしてもらえると助かる。魔法については、アナベル姫達に協力いただかないと我々では殆ど対処できない状態だ」


 立っていたアロルド殿下は額に手を当てて項垂れると、再び椅子に座り込む。椅子の足と床が擦れてガタンと音が鳴った。


「私も滞在を少し延ばし、可能な限り近くにいるようにしましょう。恐らくキャリーナ姫に扮していた人間は私のことを恨んでいるはずです。先ほど、魔法に掛かっている振りをして、彼女を騙しましたからね。なんらかの接触をしてくる可能性はあります」

「確かにそうだな。では、ダニエル殿にはキャリーナの隣室にいてもらおう」


 ダニエルの申し出に、アロルド殿下も頷く。

 私達は改めて、どうやってキャリーナの身辺の護衛をするか、全員で対策を練り始めた。



    ◇ ◇ ◇



 興奮してしまっているせいか、なかなか寝付けない。

 部屋は静寂に包まれており、隣からはスースーと心地よい寝息が聞こえてきた。


 この日の夜、私はキャリーナと枕を並べて寝ていた。

 トールとエドも交代で仮眠を取りながら絶えず私達のそばにいてくれているほか、隣室には、ダニエルとアロルド殿下もいる。


 ──今、何時かしら?


 私は時刻を確認したくて、もぞもぞと体を起こす。立ち上がろうとすると、小さな声で話しかけられた。


「姫様、眠れませんか?」


 闇に慣れてきた目を凝らすと、ソファーに座ったままのエドがこちらを見つめている。

 トールはその横で仮眠を取っていた。


「うん。なんか、眠くならなくて」


 私は両足を床に下ろすと、ベッドサイドに置かれたガウンを羽織ってベッドの端に座る。


「もうすぐ夜明けです」

「そうね」


 立ち上がってカーテンを少し引くと、窓の外では、闇の底が白み始めているのが見えた。窓越しに朝の冷気が流れてきて、指先を冷やした


「体を壊してしまいますから、少しは眠られては? 睡眠の魔法を掛けて差し上げましょうか? 一時間ほどで起こして差し上げます」

「ううん、大丈夫」


 私は首を横に降る。


「温かい紅茶が飲みたいわ」

「そろそろ厨房も作業を始めている頃でしょう。声を掛けて来ましょうか?」

「そうね。お願いしてもいい?」

「もちろん。少し待っていてください」


 エドは微笑むと、眠っていたトールを揺り起こして自分は外へと出ていった。部屋の外は煌々と明かりが点(とも)され、何人もの近衛騎士がいるのが見えた。


 ──今日は来なかったわね。


 いつ来るのか、なんの姿で来るのかがわからないというのは気味が悪いものだ。

 

 ──いっそのこと、もう諦めてくれればいいのだけど。


 そんなことを思いながら窓に手をついて外を眺めていると、カチャリとドアが開く音がした。


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