異変の始まり 2
「ニーグレン国がサンルータ王国に?」
私は俄には信じがたく、クロードに聞き返した。
私のいた前世において、そんなイベントはなかった。とは言っても、既にこの世界は私の知る前世とはだいぶ違っているので、前世で起らなかったイベントが起きてもおかしくはないのだけれど……。
「ああ、そうだよ。サンルータ王国のダニエル王太子に、ニーグレン国のキャリーナ王女を輿入れさせることを打診した。まだ正式なものではなくて、様子伺い的な感じだけどね」
「ダニエルにキャリーナを!?」
私は、よく知る二人の名前が出てきて驚いた。
てっきり、別の王族同士の結婚だと思っていたわ。
「なんでも、キャリーナ姫が強く望んでおられるとか。ここ数週間前からベルの成人祝賀会でお会いしてすっかりその魅力の
「そう……」
クロードが身振り手振りを交えながら説明するその言葉に、私は強い違和感を覚えた。何がこんなに引っかかるのだろうと思ったのだけれど、その理由がよくわからない。
クロードの後ろ姿を見送った後、横にいるエドと目が合う。エドは何かを言いたげにこちらを見つめていた。
「エド、どうしたの?」
「ダニエル王太子殿下は、姫様を気に入っていると思っていました。前回の成人祝賀会の時の様子を見て。キャリーナ姫は……正直よくわからなかったですね。確かにダニエル殿下とは仲がよさそうに見えましたが、恋い焦がれていたのかと言われると、なんとも言えません」
ただ、政略結婚するなら気の合う人がいいと思ったのかもしれませんが、とエドは付け加える。
エドが言ったことはまさに私も感じていた。あのときのキャリーナは確かにダニエルと親しげに見えたけれど、それは男女の仲というよりは仲のよい兄妹のような親しさに見えた。
けれど、私が気が付かなかっただけで、本当はダニエルを慕っていた? それとも、エドが言うとおりいつかは政略結婚するなら気の合う相手を望んだだけ?
遠い記憶を思い起す。
前世では、私とダニエルは婚約関係にあった。それは先日の成人祝賀会でお披露目されたので、今の時期は既にその関係にあったはずだ。そして十八歳の誕生日を迎えてダニエルの元へと向かい、婚約期間中にキャリーナが現れた。
そして、あっという間に私の婚約は破棄されて投獄。ダニエルは人が変わったようになり、キャリーナは初めて会ったはずの私に憎しみの目を向けた。なぜあそこまで憎しみの目で見られたのかは、未だにわからない。
「実はね、成人祝賀会の後にダニエルに言われたわ。私に婚約を打診しようしたら、あと二年は受け入れられないとお父様に断られたと。エドの根回しのお陰ね」
この話をするのは始めてだ。エドは赤い目を瞬かせると、ほっとしたようにはーっと息を吐く。
「それは……、本当によかった」
エドは別にダニエルだけを対象にしたわけではなく、そろそろ婚約者ができてもおかしくない私を繋ぎ止めておくためにお父様にあの約束を取り付けたのだろう。それは結果的にこうして威力を発揮した。
キャリーナが本当にダニエルと婚約すれば、前世においてあの悲劇の発端となったダニエルと私の婚約は永久になくなる。
これはとても嬉しいことのはずなのに、私の中の何かがずっと引っかかりを覚えていた。
「姫様? どうかされましたか?」
こちらを覗き込むエドの瞳が不安げに揺れる。
私が浮かない顔をしているから、もしかしたらダニエルとキャリーナが婚約するかもしれないという事実にショックを受けているとでも勘違いしているのかもしれない。
私はエドを見つめると、にこりと笑って見せた。
「ねえ、エド。もう少しだけ一緒にいては駄目?」
「……姫様?」
エドは戸惑ったような表情を見せたけれど、すぐに優しく目を細め、頷く。
「勿論、構いませんよ。姫様が好きなだけ」
優しい笑顔に癒されるのを感じる。
私はエドの腕に手を絡めると、もう一度バラ園に行こうと誘った。ちょうど目線の高さで美しく咲くバラに顔を寄せると、気品のある香りが鼻腔をくすぐる。
全ては上手くいっている。
歴史は、前世とは少しずつ、けれど確実に変わっているのだ。
後はエドが魔法伯を賜れば、私はエドの元に降嫁してずっと幸せになれるはず。
そう思うのに、私の中で小さな不安の種が燻り続ける。
私はその不安を拭い去るように、エドに回す手に力を込めた。
「ところで、姫様は俺に何か聞きたいことがあったのではないのですか?」
「え?」
散策しているとエドにそう尋ねられ、私は目を
そう言えば、クロードの登場ですっかりと忘れていたわ。私は魔法石が突然割れるということについて、エドから見解を得たいと思っていたのだ。
「魔法石が割れる……」
一通りの話を私から聞いたエドは、考えを纏めるように顎に手を当てた。
「魔法石が割れることはまれにあります」
「あるの?」
「はい。一番多いパターンは不良品ですね。次に、魔力を過剰に込めすぎたことによる破裂。ただ、姫様が言う魔法石は俺が加護を与えたものですよね?」
「ええ、そうよ。キャリーナ様に渡したもの」
「となると、それは考えにくいと思います。あと考えられるのは、それに込められた加護を大幅に上回る攻撃があった際に衝撃で破損することですね」
「それを上回る攻撃?」
物騒な言葉に、私は眉を寄せる。
「その手紙には、他には何も書かれていなかったのですか?」
「ええ。何も」
先ほど読んだばかりなので文面を思い返してみたけれど、気になることは書かれていなかった。エドは軽く首を横に振る。
「では、これ以上のことはわかりません。割れた実物があれば、色々と調べることもできるのですが。ただ、キャリーナ王女に何かあれば外務局がいち早く情報を得るはずですから、特に心配はいらないでしょう。それに、先ほどのクロードの話からも元気そうな様子が覗えましたし。ニーグレン国を訪問した際に詳しく聞くのがいいと思いますよ」
「ええ。そうね……」
エドの言うとおり、キャリーナに何かがあればいち早く外務局に情報が入って私の耳にも何かしらの情報が入るはずだ。さっきのクロードの話からも、ニーグレン国で元気にしていることは間違いない。
(キャリーナはなぜ、急に手紙をくれなくなったのかしら?)
キャリーナからの最後の手紙には近々ニーグレン国に招待するという旨が書かれていた。きっと、そろそろ外務局を通して招待の手紙が来るはずだ。
(次に会ったときにでも、理由を聞いてみようかしら)
今ここで考えても、これ以上はわからない。
私は気を取り直すと、束の間のエドとの時間を楽しんだのだった。
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