家族との再会 1
王女たるもの、黙って微笑み、国のための駒として動くのが当然だ。
かつて私は、そう信じていた。
自らの意思を貫き、考えを述べるなど言語道断。だから、まわりから言われるがままに操り人形のように動き、何があっても「よろしくてよ」と微笑む。嫁げば夫に従順に、一歩後ろに下がる。それが国民の幸せに繋がると信じ込んでいたのだ。
私、アナベル=ナリア=ゴーテンハイムはナジール国の第一王女としてこの世に生を受けた。父は第十八代ナジール国王であり、一つ年上に王太子である兄が一人。母は元・侯爵令嬢だ。
ナジール国は大きな大陸の北側に位置した、海に接した美しい国だ。国土はさほど大きくないものの、とても歴史が古い国でもある。東側、西側、南側のそれぞれに三つの国と接しており、大陸全体では数十もの国が
国が多ければ争いが絶えないのは世の常で、各国は国家存続のために様々な策略を巡らせてきた。ナジール国も例に漏れず、国の平和を保つための外交交渉には特に力を入れてきた。その最たる例が政略結婚だ。
だから、私が西の隣国──サンルータ王国に旅立つとき、国民は歓喜に沸いた。ナジール国とサンルータ王国の関係がより強固なものになり、末永い平和が続くと信じて。
「ベル。辛いことがあったとしても私達はお前の味方だ」
「あら、大丈夫ですわ。わたくし、幸せになります」
嫁ぎ際、王太子であるお兄様は眉を寄せて心配そうに私の頬を撫でた。私はお兄様の心配を払拭するように笑ってみせる。
お兄様はこちらを見つめて微笑むと、私の斜め後ろへと視線を移した。
「エド。どうかベルを守ってくれ」
「命に代えてでもお守りします」
私の斜め後ろに控えていたエドは、静かに目を閉じてかしずくと、胸に手を当てて誓いを立てた。
今思い返せば、お兄様やエドはあの頃から何か嫌な予感、虫の報せのようなものを感じていたのかもしれない。
けれど、私もまたあの結婚でナジール国とサンルータ王国の関係がよくなると信じていた愚かな一人だった。
──その結果があの結末ならば、私は人形であることを今日限りでやめよう。
愛する人達との再会に駆け寄りたい衝動を抑えるために、私はすっと息を深く吸い、ドアの前で目を閉じる。
──目を開けて。そして私は、
澄ました笑顔を浮かべ、豪奢なドアをひとつノックした。
◇ ◇ ◇
ダイニングルームに入ると、既に食卓には国王陛下であるお父様と王妃であるお母様、それに王太子であるお兄様のシャルルが座っていた。テーブルの上には既にパンやジャム、サラダ等が並べられている。エリーの言うとおり、私待ちだったようだ。
「おはようございます。お父様、お母様、お兄様」
「「「おはよう、ベル」」」
三人は私に気が付くと、一斉にこちらを振り向き笑顔で挨拶を返す。
「ベル、今日も着てくれているのか」
お父様は私の着ている水色のドレスを見ると、嬉しそうに笑った。ひと月ほど前、私の十二歳の誕生日にプレゼントしてくれたドレスだ。
日付はさっき、机にしまってある日記をチェックして確認したわ。
「うんうん、今日も可愛いね」
お兄様がにこにこしながらそう言う。お兄様は昔から、少しばかり妹の私を褒めすぎる
「ええ。裾が擦りきれるまで着るわ」
スカートの裾をちょこんと持ち上げるとにっこりと微笑んで見せる。お父様はもちろん、お母様とお兄様も表情を綻ばせる。侍女に椅子を引いてもらってそこに座ると、私は周囲を見渡した。
六人掛けの比較的小さなこのダイニングテーブルは家族で使うためのプライベート用。
壁には私の一歳の誕生日に宮廷画家に描かせたという家族の肖像画が飾られ、天井からは華美さはないものの機能性には優れたシンプルなシャンデリアが吊られている。
それは私の中の遠い記憶と一致するように思う。
「──なんです」
「そうか、凄いじゃないか」
「今日は炎属性の魔法を──」
私が席につくかつかないかといううちに、お父様とお兄様は会話を始める。どうやら、私を待っている間に何かの会話に盛り上がっていたようだ。
「お兄様、なんのお話?」
「学園の、魔法の授業の話だよ」
お兄様はにこりと笑う。
学園とは貴族や一部の有力な平民が通う国立グレール学園のことだろう。お兄様は、そこに通っていた。
「昨日、魔法の実技の授業があったんだ。そこで、氷属性の魔法をやったんだけど、ブリザードをおこして最後にこんなに大きな氷を出したんだ」
お兄様は得意気に両手で三十センチ位のボールを作って見せる。私が十二歳ということは、お兄様はまだ十三歳だ。十三歳でブリザードをおこして且つそのサイズの氷塊を作るのは、なかなか優秀だと思う。
「へえ、凄いわ」
「だろ? でも、クラスで一番魔法が上手い奴は、もっと凄いんだ。これくらいだったかな? 先生も驚いていた。しかも一瞬で。ブリザードもあまりの激しさに前が見えない程だったよ」
今度は両手を広げたお兄様は、一メートル近く手を離した。
「そんなに?」
私は目を丸くする。この歳でそんなことができるなんて。魔術が得意な大人でもなかなかそれはできないはずだ。きっと、その人は魔術師に向いている人なのだろう。
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