自宅謹慎 3

 大人しく部屋に籠りがちの私の元を足繁く訪れては庭園に誘い、ちょっとした立ち話で私を笑わせては優しく目を細める。

 そして、負担にならない程度の品物をいつもプレゼントしてくれた。


 当時の私には、三つ年上のダニエルは物語で登場する英雄の騎士様が抜け出たかのように思えた。一挙手一投足の全てが素敵に見えて、胸がときめくのを感じた。


「アナベル姫は私の想像と随分と違った」

「どこが違いますか?」

「思っていたよりもしっかりとしているし、慎ましい。それに──想像していたより……ずっと、美しい」


 蕩けるような視線を私に向け、微笑みかける。

 ダリアが好きだと伝えた翌日からは、毎日のようにダリアの花束を部屋に届けてくれた。


 出会って一週間ほどしてダニエルが帰国する前日、庭園の外れで二人で語らい合っていると、ふと二人の間に沈黙が下りた。。


「明日、私はサンルータ王国へと戻る」


 ダニエルは、ゆっくりとそう言った。


「ええ。寂しくなります」


 その言葉に、嘘偽りはなかった。別れが寂しいと思うくらいには、私はダニエルに好意を抱いていた。

 それが愛かどうかはわからない。けれど、きっとほのかな恋心は持っていたのだと思う。


 彼は無言で私の手を取り、自身の大きな手でそっと包み込む。


「アナベル姫。将来、どうかサンルータ王国に──私の元に来てはくれないか?」


 私は驚いてダニエルを見返した。彼は、真剣な表情でこちらを見つめていた。


「我がサンルータ王国とナジール国の同盟をより強固なものとしたいのはもちろんだ。だが、それ以前に私は貴女に惹かれている。すぐにとは言わない。──手紙をやり取りしようか? もしも私のことを貴女の隣に立つに足りる男だと思えたなら、願いを聞き入れてはくれないか?」


 私はこの国でたった一人しかいない王女であり、政略結婚の駒として生きるのが当然だと思っていた。だから、この申し入れはやぶさかではない。


 ──政略結婚など、どこに嫁ぐのも同じ。


 ずっと、そう思っていた。

 けれど、彼に関して言えば、私の心に寄り添おうと努力をしてくれているとことがひしひしと感じられた。少なくとも、当時の私はそう感じたのだ。


「……わたくしは魔法が使えませんわ」

「それで? 私も使えないが、困ったことはないな」


 多少はがっかりされると思った私は驚いてダニエルを見返す。ダニエルは悪戯っ子のようにくすりと笑った。


「魔法など、使えなくても構わない。きみに来てほしい」


 真摯な眼差しは、心からそう思っているように見えた。感激で、思わず涙がこぼれそうになる。


「わたくしでよければ、喜んで」


 そう告げることに迷いはなかった。ダニエルはそれは嬉しそうに表情をくしゃりと崩すと、優しく包み込むように私を抱き寄せる。


「異国の地では不安もあろう。貴女のことは必ず私が守り抜くと誓おう。必ず、幸せにする」


 紡がれた言葉は、どこまでも優しかった。


 私達の婚約はその日のうちにナジール国王であるお父様に了承された。

 もちろん、国の王族同士の婚約がその場で決まるはずもないので、内々に打診はあったのだろう。けれど、私はそのときまで全くそんな話があるとは知らなかった。

 

 ─

 ───

 ───────

 

 ダニエルとの出会いの夢を見るのは、この世界で生活し始めて初めてかもしれない。


 目覚めると、辺りは既に明るかった。閉まり切っていなかったカーテンの隙間から青空が見える。

 ゆっくりと起き上がって辺りを見渡した私は、テーブルの上の本に目を留めた。


「何か前世と大きく状況が変わっているのかしら?」


 私は立ち上がるとソファーに座り、クロードに貰ったサンルータ王国についての本の続きを読み始める。

 目を皿のようにしてしっかりと読んだけれど、昨日の一文以外に気になることは何も書かれていなかった。


    ◇ ◇ ◇


 半年間の謹慎期間が終わると、私は再びグレール学園へと通い始めた。

 クラスメイト達は事情を知ってか知らずか、オリーフィアやクロード以外の人達も何事もなかったかのように私を受け入れてくれた。私はその態度に、とてもホッとした。


 そんな中、その光景を見たのは謹慎期間が解けて一カ月程した、七回生も終わりに近づいてきているある日の帰り際のことだった。


 放課後、クロードから国際情勢の最新情報について話を聞いた私は、お兄様と一緒に帰るために馬車乗り場へと向かっていた。

 馬車乗り場はグレール学園の校門のすぐ脇にあり、帰りの時間帯に学生が出てくるのを待つ馬車で前の道路が渋滞しないようにと作られたものだ。同時に二〇台近くの馬車が駐車できる広さがあり、そのうちの一カ所が王族専用区画として割り当てられている。


 その専用区画へと向かって歩いていると、近くで誰かが話しているのに気が付いた。

 学園の生徒が立ち話をしているのだろうと思って気にも留めていなかったけれど、肩まで伸びた艶やかな黒髪が視界の端に映りふと足を止める。


「エ……」


 エド、と呼びかけようとして、慌てて口を手で塞ぐ。

 エドの前に女性が立っているのが見えたのだ。あれは──、確信は持てないけれどモンシェリー侯爵家のアイリーン様だろうか。とても上品で美しく、かつ、お優しいと後輩たちから人気の高いお方だ。


 私は咄嗟に、すぐ近くに停まっていた馬車の物陰に身を隠した。そして、そっと二人の様子を窺った。


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