素敵な贈り物 2

 季節は日ごとに春めいている。

 庭園には様々な花が美しく咲いていた。


 私はエリーとヘンドリックの二人を連れて、庭園の小道を歩く。

 たまにはこうしてゆっくりと散歩するのも悪くない。


 花壇に遅咲きのチューリップの花が咲いているのを見つけ、私は足を止めた。

 黄色と赤とピンクのチューリップが交互に並んでおり、さながら絨毯のように見える。穏やかな風が吹き、花が優しく揺れている。


「綺麗ね」


 私は少し前屈みになりその花へと手を伸ばしながら、後ろを歩く二人に声をかける。ザクッと小道に敷かれた小石を踏む音がした。


「そうですね」


 返ってきた声を聞き、私はつと動きを止めた。

 だってその声は──。


「──エド?」


 振り返ると、いつもの宮廷魔術師用ケープではなく、貴族服に身を包んだエドがいた。襟や袖には金糸の刺繍が施された、黒の豪華なフロックコートだ。


「お誕生日おめでとうございます。姫様」


 エドは私と目が合うと、にこりと微笑む。そして、片手を上向きにかざすとそこに魔力の粒子が集まり、美しいバラの花束が出来上がった。


「ありがとう。綺麗ね」


 私は戸惑いながらもそれを受け取る。

 それは至近距離で見ても魔法で作り上げたとは思えないほど瑞々しく、本物にしか見えなかった。エドの魔法技術は会う度に上がっている気がするわ。

 周囲を見回すと、いつの間にか、エリーとヘンドリックはいなくなっていた。


「お二人には、姫様を貸してほしいとお願いしてあります。大丈夫ですよ、陛下にもお伝えしているので」

「お父様にも?」


 私の疑問を見透かすようにエドが補足してきた。


「はい。せっかくなので、散歩でもしましょうか」

「うん」


 エドがエスコートするように片腕を差し出したので、私はそこに手を添える。そして、ふたりで並んで庭園を歩き始めた。


「ここに来る前にお父様に挨拶をして来たの?」

「はい、そうですよ」

「だから今日は、こんな格好をしていたのね」


 私はふふっと笑う。

 エドのこんなにかしこまった格好を見るのは久しぶりだ。いつもの宮廷魔術師の黒いケープ姿とはまた違う魅力があった。


「叙爵のことで?」

「まあ、それも関係していますね。家名も決まりました」

「なんて?」

「アルマールです」

「アルマール」


 私は初めて聞くその家名を、小さな声で復唱する。

 エドはこれから先の人生を、エドワール=リヒト=ラプラシュリ公爵子息改め、エドワール=リヒト=アルマール魔法伯として生きてゆくのだ。


「いい名前ね。おめでとう」

「ありがとうございます」


 そのとき、ふわりと優しい風が吹いた。目の前にピンク色の花びらが、雪のように舞い落ちる。


「桃の花、綺麗ね」

 

 私は少し前方、通路沿いに植えられている桃の木を見上げる。


 桃の木は今まさに見頃を迎えており、小さなピンク色の花が木を覆い尽くすように咲いていた。花が咲く時期は葉がないので全体がピンク色に染まり、それはそれは美しいのだ。


「わたくし、桃の花って好きだわ。この花が咲いていると、ああ無事にまた一年過ごすことができたなって思うの」


 前世ではさほど気に留めていなかったけれど、二度目の人生では無事に歳を重ねられることがどんなに素敵なことかを、痛いほど感じている。


 桃の花は私の誕生日の時期になると一斉に花を咲かせる。

 それは全くの偶然だけれど、この世界に生まれ変わってから、いつしかこの花が好きになった。


「では、屋敷を構えたら、庭にはたくさんの桃の木を植えましょう」


 エドは私に釣られるように桃の木を見上げ、目を細める。そして、エドの腕に回していた私の手をそっと外した。


「エド?」


 なぜ手を外されたのかがわからず戸惑う私を見つめ、エドが微笑む。


「姫様、誕生日プレゼントです。受取っていただけますか?」

「誕生日プレゼント?」


 エドがフロックコートから小さな黒い小箱を取り出す。

 私に見せるようにそっと蓋が開けられた小箱の中身を見て、私を目を瞠る。 


「これ……」


 そこには指輪が入っていた。中央には直径一センチほどの丸い赤い石が嵌められており、周囲を金剛石が取り囲んでいた。


「俺の魔法珠です」


 エドは呆然とする私の手を取り、その場に跪いた。


「姫様、一生大切にすると誓います。結婚してくださいますか?」


 言われた言葉の意味が直後には理解できず、でも、逡巡してすぐにその意味が理解できると心の底から喜びが込み上げてきた。

 エドはここに来る前にお父様にも会ったと言っていた。

 ということは、全ては根回し済みなのだろう。

 

「ええ、もちろんだわ」


 私は震える声で、そう答えた。


 エドは嬉しそうに相好を崩し、小箱から指輪を取り出す。そして、それを私の薬指に嵌めた。

 ぶかぶかだったそれは、エドが手をかざすと私の指にぴったりの形に変化する。


「必ず、幸せにします」

 

 まっすぐにこちらを見つめるエドの赤い瞳は、真剣さを帯びていた。


 『どうせ死ぬならば、全く違う道を選べばよかったわ。楽しいときは大声を出して笑って、悲しいときは涙を流して泣くの。町で買い物して、好きなものを大口開けて食べて、恋に落ちて愛する人と結婚するの』

『──今からでも、きっとできます』

『ふふっ。エドが叶えてくれる?』

『もちろん』


 いつか仄暗い牢獄で、エドと交わした約束が脳裏に甦る。

 色々な感情が込み上げ、頬に涙が伝った。


「約束よ?」

「はい、約束です」


 エドは私の頬を包むように手を添えると、指で涙を拭う。そして、安心させるかのように私を抱き寄せる。


 目を閉じると、優しく唇が重なった。

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