一度目の幸せは 1


 誕生日からしばらくしたある日、私はエドと一緒に町に出かけた。

 私の魔法珠をピアスに加工してもらうため、宝飾店に行こうと思ったのだ。


 隣を歩くエドを見上げる。エドの背丈はいつの間にか以前の世界と変わらぬ高さ、私よりも頭一つ分も高くなっていた。


「どうしました?」


 視線に気付いたエドが不思議そうな表情でこちらを見返す。


「背が伸びたわね」

「ああ、そうですね。姫様の予言が当たりました」

「だから、言ったでしょ?」


 私は得意げに胸を張る。


「なんだか不思議だわ。このままの姿で、エドと一緒に町を歩くなんて」


 私達はずっと、町を一緒に歩くことなんてできない関係だった。一緒に町に出たのは、幻術の魔法を使ってほんの短時間だけお出かけしたたった一回だけだ。


「そうですね。これからは、隠す必要がありませんね。俺も姫様を見せびらかせて、満足です」


 満足げに笑うエドを見ていると、これは現実なのだという実感が湧いてくる。


「私、エドと一緒にいきたい場所がいっぱいあるの」

「俺も姫様と行きたい場所がたくさんありますよ。全部、行きましょう」

「約束ね?」

「はい。時間はたくさんありますから」


 ──時間はたくさんある。


 エドの何気ない言葉の意味を、心の中で噛みしめた。

 これから先の未来まで一緒にいられるのが当たり前だと思える今は、なんて幸せなのだろう。




 私達はそのまま、王室御用達の高級宝飾店──サンクリアートへと行った。エドが私に贈ってくれた魔法珠の指輪の土台もここで購入したという。

 いくつかの商品を見て、私が選んだのは白金のシンプルな土台だった。エドの黒い髪と赤い瞳には、なんとなく金色よりも銀色のほうが合う気がしたのだ。


 賞品を購入して受取ると、私はそれを手に握って魔力を込める。手を広げると、その土台には私の魔法珠がしっかりとはめ込まれていた。上手くできたことに、ちょっとだけほっとする。


「エド、どうぞ」

「ありがとうございます」


 私がおずおずと差し出したそれを受取ると、エドはそれは嬉しそうに笑った。


「姫様の魔法珠には、どんな加護を?」


 そう聞かれて一瞬答えに迷ったけれど、秘密にすることでもないので私は正直に話すことにした。


「防御術なのだけど、エドがひどい目に遭っても助かるようにって」

「俺がひどい目?」


 エドが首を傾げる。

 私が自分の魔法珠にかけた加護。それは、エドがかつての世界のようにひどい拷問をされるような目に遭った際に、彼を守ることだった。


「うん。一生、術が発動しないことが一番いいのだけど……」


 私は言葉尻を濁す。

 エドはどうして私がそんな加護を付与したのかわからない様子で少し不思議そうな顔をしたけれど、すぐに気を取り直したように笑う。


「ありがとうございます。大切にします」


 早速それを片耳に付けたエドを見たとき、息が止まるかと思った。


 だって、その姿は本当にかつてのエドそのもので──。


「似合いますか?」


 エドは、私に向かってにこりと笑いかける。少し伸びた黒い髪の合間から、グリーンの石が覗いていた。


「ええ、とても素敵だわ」


 答えながら、また感情が昂ぶって涙がこぼれ落ちそうになる。エドはそんな私を見つめ、戸惑ったような表情を見せた。


「姫様? どうしましたか?」

「ごめんなさい。ただ、幸せだと思ったの。ねえ、エド──」

「はい」

「あなたのこと、絶対に幸せにするわ」


 エドは大きく目を見開く。


「姫様。それは俺の台詞です。俺が姫様を幸せにします」

「ふふっ。じゃあ、私達は一緒に幸せにならないと」


 私達はお互いに顔を見合わせて、それからくすくすと笑う。


「早速だけど、わたくしの願いごと、叶えてくれる?」

「なんですか?」

「エドとカフェでお茶をしてみたいわ。今度は、本当の姿で」

「叶えましょう。今すぐ、これから」


 エドは私の手を握ると、その手を優しく引く。


 私達は肩を並べて、大通りを歩き始める。

 幸せとはきっと、こんな風に何気ないことの積み重ねなのだろうと思った。


 ◇ ◇ ◇


 私とエドは、婚約から約一年後に結婚した。


 結婚式には、国内貴族はもちろんのこと、グレール学園時代の友人達、周辺国からの来賓の方も多数参加した。そしてその中には、ニーグレン国のキャリーナ王女やサンルータ王国のダニエルの姿もあった。


 ダニエルは病で療養中の父に代わり、サンルータ王国の国王となっていた。これは、私の前世の記憶とも一致する。まだ二十二歳の若さにもかかわらず、しっかりと国を治めているようだ。


「ベル、おめでとう!」


 満面に笑みを浮かべたキャリーナに祝福の言葉を贈られる。

 キャリーナの記憶は今もあのときの一部だけが欠落しているようだけれど、それ以外の部分はすっかりと取り戻したようだ。以前のように明るく社交的で、朗らかに笑うようになった。

 そして、私との文通も再開し、私とキャリーナはよき友人関係を築けていると思う。


「ありがとう。キャリーナも、もうすぐね」


 純白のウエディングドレスに身を包んだ私は、キャリーナにお礼を言うとともに祝福を贈った。

 キャリーナは目を瞬くと、少し照れたようにはにかみ、隣にいる男性──ダニエルを見上げる。ダニエルはキャリーナの視線に気付くと、口の端を上げて微笑み返した。


 私とエドの婚約が正式に発表されてから数ヶ月程した頃、ニーグレン国とサンルータ王国の双方からキャリーナとダニエルの婚約が発表された。

 年齢も近く、隣国同士、国の規模も同程度の二カ国の王族同士の結婚。これは政略結婚に当たるのだろうけど、ふたりの様子を見るに穏やかに愛情を育んでいるように見える。


「ありがとう。挙式には、是非参加して。絶対に招待するから」

「ええ、必ず参加するわ」


 私は笑顔で約束した。


「エド、おめでとう。それに、留学生の受け入れの件では、礼を言う」


 ダニエルが私の隣に立つエドに、語りかける。『留学生の受け入れの件』とは、サンルータ王国の若手魔術師を我が国の魔術研究所に受け入れて、魔術の関する知識を学ばせることだ。一年ほど前から始まり、今も四人の若手魔術師を留学生として受け入れている。


「ありがたいお言葉、恐縮です」


 エドはダニエルに少し頭を下げる。


「それに、エドの作った魔法陣のお陰で、我が国の生活が大きく変わりつつある。非常に高価なため、まだ一部の貴族しか使っていないが、いずれ国民全体に普及するだろう」

「私の研究が役に立ったのなら、嬉しく思います」


 エドは自分の研究成果が国を飛び越えて利用されていることを聞き、嬉しそうに笑う。そのやり取りを見ていたら、私まで嬉しくなった。

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