自宅謹慎 1
◇ ◇ ◇
読んでいた本にしおりを挟むと、私はそこから顔を上げて窓の外を見た。
王宮から城門へと続く一本の通りを、一台の馬車がこちらへと近づいてくるのが見える。あの見慣れた馬車は、グレール学園への通学に使っているものだ。きっと、お兄様が帰って来たのだろう。
「もうそんな時間?」
振り向いて壁際の時計を確認すると、時刻は三時半だった。昼食後に少しだけ読書を、と思っていたら、いつの間にか結構な時間が過ぎてしまっていたようだ。
失くした魔法珠を探して誘拐されそうになった事件から、既に三ヶ月が経った。
あのあと、私は罰として半年間の自室謹慎と奉仕活動をお父様に言い渡された。適度な運動する程度の王宮内の散歩は許されるけれど、基本的には自室で家庭教師の先生と勉強し、これまで以上に孤児院や病院への慰問をし、その後は本を読んだりして過ごしている。
いつも部屋の外では二人の近衛騎士が見張っているけれど、身から出た錆なので、仕方がないと受け入れている。
そして、エドから貰った魔法珠は未だに見つからない。
私は深いため息をつくと窓際から離れ、再び本を読み始める。
今読んでいる本は、放課後にオリーフィアと一緒に遊びに来てくれたクロードがくれたものだ。サンルータ王国について詳しく載っている本で、まだ発刊されて数ヶ月しか経っていない一品だという。
あの事件でひどく落ち込んでいた私を元気付けようと、クロードが実家のジュディオン侯爵家の力を総動員して用意してくれたらしい。
その本の文字を視線で追っていた私は、ふとある文章に目を留めた。
〝第一王子のダニエル殿下が魔術研究所を開設された。国内にいる魔術師達を好待遇で集め、最先端の魔術を研究されている〟
それは、本当に簡単な一文だった。けれど、私はこのたった一行の記載に、強い違和感を覚えた。
サンルータ王国に魔術研究所ですって?
前世ではそんな話、聞いたことがない。曲がりなりにも私はサンルータ王国の王妃となるべくしてかの国に送られ、数か月間は国王の婚約者として過ごしたのだ。あの国の最低限のことくらいは知っているつもりだ。
どういうことだろうかとじっと考え込んでいると、トントントンと扉をノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
エリーが軽食でも用意してたのだろうと思い、本に視線を固定したまま軽く返事をする。カチャリと音がして誰かが入ってくる気配がした。
「姫様、何を読まれているのですか?」
声変わりを終えた低い声が頭上から聞こえ、私は驚いて顔を上げる。
「エド!」
そこには、興味深げに私の手元の本を見つめる、グレール学園の制服姿のままエドがいたのだ。
「どうしてここに?」
「シャルル殿下と馬車に同乗して来ました。姫様に用事がありまして。殿下も着替えたらこちらにいらっしゃるそうです」
「私に用事?」
あの日、エドが暴行を受ける様子を見て取り乱した私は、意図せず魔力解放に成功した。そして、数日後からは実際に魔法を使う練習を始めた。
もちろん家庭教師の先生もいるけれど、エドは週に二回程度、学園が終わった後にお兄様の馬車に同乗してきては魔法の使い方を教えてくれる。
ただ、今日はその日ではない。
私はなんの用事か思いつかず、エドを見返す。
「姫様。手を出してください」
「手?」
私は言われるがままに。自分の手を差し出した。そこにエドが自分の手を重ねる。
手のひらを合わせるかのような形になると、いつの間にかその大きさが随分と違うことに気が付く。微かに触れる場所が温かい熱を持つ。
その直後、重なっていた手のひらに何かが落ちてきたのを感じた。
エドがゆっくりと重ねていた手を外した。
「これを、早く姫様に渡そうと思いまして」
そう言ってにこりと笑うエドの顔を、私は信じられない思いで見返した。
私の手のひらには、真っ赤な魔法珠が乗っかっていたのだから。
「……なんでこれがここに?」
驚きのあまり、声が掠れる。
それは紛れもなく、あの日私がなくした魔法珠のように見えた。エドの真っ赤な瞳と同じ色をしている。
「昔、これを姫様に見せてもらったことがあったので、その記憶を頼りに探索魔法で探しました。ただ、探索してもなぜか俺の魔法珠ばかり引っ掛かって肝心のこちらが引っ掛かってくれず、苦労しました。お時間がかかって申し訳なかったです」
エドは眉をハの字にして謝罪する。
私はふるふると首を振った。視界がじんわりと滲む。
だって、これがまた自分の手元に戻って来るなんて思っていなかったから……。
「ありがとう。ありがとう、エド」
「いえ、俺は大したことはしていません」
あの日からずっと探していてくれたのだろうか?
私はやっと手元に戻ってきた丸い珠をぎゅっと握りしめる。
本当に、本当に嬉しかった。
「一体どこで見つけたの?」
「路地裏で遊んでいる子供がビー玉と混ぜて持っていました。たくさんの焼き菓子を持っていったら、大喜びで交換してくれましたよ」
「焼き菓子?」
意外な話に私は目を丸くする。エドの持つ焼き菓子に群がる子供達の姿がなんとなく想像つき、おかしくなって笑ってしまう。肩を揺らす私を、エドは優しく見つめる。
「姫──……」
「ベル! 今日も変わりなかったかい?」
エドが何かを言いかけたとき、少し開けてあった部屋のドアが勢いよく開く。すっかりと楽な姿に着替えたお兄様が笑顔で立っていた。
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