■ エド視点

 

 姫様のことで、ずっと気になっていたことがあった。


 姫様がいつも肌身離さず、大切にしている真っ赤な魔法珠。

 あれは、一体誰に貰ったのだろうと。


 何度聞いても『大切な人から』としか言わず、曖昧にはぐらかされる。けれど、姫様が時折その魔法珠を眺めながら見せる表情を見ていると、その魔法珠を贈ってきた相手は姫様にとって特別な存在なのだろうと容易に想像がついた。


 正直、嫉妬していた。

 いつになれば、俺は姫様にとって、その見知らぬ誰かより大きな存在になれるのだろうかと。

 だから、魔法伯の爵位を得て姫様と結婚の約束を取り付けたとき、ようやくその相手に勝てたような気すらした。


「姫様の──」

「うん、何?」

「姫様のしているネックレスは魔法珠ですよね。それを誰からもらったのかは、まだ教えて頂けないのですか?」


 ずっと胸の内で澱のよう溜まっていた疑問を姫様にぶつけると、姫様は迷うような表情を見せる。けれど、何かを決心するかのように顔を上げると、「到底信じられるような話ではないけれど……」と前置きした。


「──これは、エドからもらったのよ」


 姫様にそう言われたとき、意味がわからなかった。


(俺があげた?)


 滑稽無稽な話、とでも言おうか。姫様が言うとおり、到底信じられるような話ではない。

 けれど、俺は同時に気付いていた。姫様の持っている魔法珠に込められた魔力は俺のそれと酷似している。いや、酷似しているどころではなく、全く同じだと。


    ◇ ◇ ◇


 俺達の結婚生活は、穏やかな川の流れのようだった。

 大きな荒波もなく、ゆっくりと進む。


 そんな幸せな生活の中でも、俺は仕事を終えて屋敷に帰ってくる瞬間が一番好きだった。

 馬車から降りて屋敷へと歩いていると、玄関が開く。


「エド、お帰りなさい!」


 小走りで姫様が駆け寄ってくる。

 姫様は毎日、満面に笑みを浮かべて俺を出迎えてくれた。きっと、馬車が屋敷の門をくぐるのに気が付いて外に出てきているのだろうということは容易に想像がつく。


 その様子が可愛らしくて、転移魔法で簡単に職場に行けるのに敢えて馬車を使っていたことは姫様には秘密だ。


「今日はね、オリーフィアの屋敷にお茶をしに行ったわ」

「そうですか。楽しかったですか?」

「ええ、とても」


 姫様は俺の腕に片手を回すと、今日の出来事を楽しそうに話す。それに相槌を打ちながら姫様の話に耳を傾けるのが、俺の日課だった。


 そしてそんな幸せな日常の中でふと疑問を憶える。

 姫様のいうところの〝前世の俺〟は、なぜ『時間逆行の魔法』など使ったのだろうかと。


 少なくとも、俺はその〝前世の俺〟の記憶がない。なぜ姫様にだけ記憶を残し、自分は残さなかったのか。もう一度幸せな結婚生活を送りたいだけなら、記憶を消す意味がわからなかった。




 そんなある日のこと。


「ねえ、エド。何を見ているの?」


 屋敷のリビングで古い魔術書を読んでいると姫様が声をかけてきた。


「ああ、姫様。姫様のいう昔の俺は、どんな魔法をかけたのだろうと考えていました」

「昔のエドが私にかけた魔法?」


 姫様はきょとんとした顔で、首を傾げる。


「はい。姫様から話を聞いたときは『時間逆行の魔法』をかけたのだと思っていたのですが……」

「違うのかしら?」

「わかりません。ただ、『時間逆行の魔法』は未だに存在しないんです。そもそも、なぜ時間逆行などさせたのか、その理由がわかりません。だから、もしかすると──」 


 そのとき、姫様の表情が強張っていることに気付いた。

 姫様に過去の話を聞くと、時折こんな表情を見せる。幸せだったと笑うのに、ふと辛そうな顔をするのだ。


(この話はやめたほうがいいか)


 適当に話を切り上げてキスをすると、姫様は安心したように表情を綻ばせた。




 その後も、俺は暇を見つけては魔術書を読み漁った。その結果わかったのは、やはり完全なる時間逆行の魔法は存在しないということだった。


 時間逆行した人物がそこで何か別の行動をとれば、その後の歴史が変わる。つまり、時間逆行する前の時点とは似て非なる世界へと変わるので、時間逆行しようとした未来が起こりえなくなるのだ。

 だから、時間逆行させるとその世界とは別のパラレルワールドが作られることになる。


(なぜそんなことをした?)


 ますます、姫様が『前世』と呼ぶ世界の自分の行動の理由がわからなくなる。


 一方で、俺はこの魔術書を読み漁る過程で思わぬ副産物を得ていた。エレナが最後に使った魔法の片鱗を見つけたのだ。


 希代の魔女であるエレナがニーグレン国の王宮で命を落としたのはもう何年も前のこと。未だに彼女が最後に発動させた魔法陣は謎のままだったが、俺は彼女が最後につかった魔法こそ『時間逆行の魔法』だったのではないかという結論に至りつつあった。


(何がどうなっている?)


 姫様はとある世界から、そこに存在した俺の魔法によりこの世界に時間逆行した。一方、エレナはこの世界から別の世界へ時間逆行した。


(姫様の前の世界と、エレナが行った先は同じ世界か?)


 けれど、姫様はエレナのことを一切知らない様子だった。となると、やはり全く別々の世界なのだろう。


 そして悩んだ結果、ひとつの結論に至る。

 自分もそこに行って見ようと。


 姫様の前世の俺からもらったという魔法珠を解析すれば、もしかするとどの世界から来たのかもわかるかもしれない。


 そのときの俺は、その先の世界で広がる未来がまさかあんなことになっていようとは、想像すらしていなかったのだ。


〈第一部 了〉

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

囚われた王女は二度、幸せな夢を見る 三沢ケイ @kei_misawa

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ