孤軍奮闘

 ふと気がつくと、目の前は真っ暗な闇に包まれていた。

 そういえば巨大化したゴーヨンに腕で潰されたんだっけ?

 とするとここはあの巨大蚊の手の下か。

 身動きは取れないが、どうやら仰向けで地面に寝転がっていることだけはかろうじて分かった。


 うーむ、普段叩き潰している蚊に叩き潰されるなど百万回生きても一回あるかないかだな。


 いや、そんなこと呑気に考えてる場合じゃなかった。ピンチの真っ最中なんだ。

 躱し切れなかった拳を剣でガードしたが、守りきれずにそのまま押しつぶされてしまったところまでは覚えている。

 とすると俺はそのまま気を失ってたのか。

 意識のインターバルを挟んだせいで緊張感まで途切れたらしい。


 たしか俺を押し潰したのは握った拳だったはずだ。

 しかし今体に当たっている手の感じから考えるとなんだか手のひらで包まれているような。

 ふむ、てことは俺を押し潰した後で一度手を離し、手を開いて改めて閉じ込めた、ってところか?


 しかしなんのために?

 一度手を離したなら俺が気を失っていたことは分かるはずだし、それならトドメを刺すよなぁ。

 死んだと思ったなら捕縛する理由もなし。


 ……苦しめて殺すため、とか?

 いやぁ、それはちょっと。大体そんなことを考えそうな感じでもなかったし。

 しかしまあ完全に否定しきれるものでもなく、頭から血の気が引いていくのを感じた。


 だって、俺が前回ゴーヨンを倒した時とか、ねえ?

 目くらまし、不意打ち、化学兵器のヒーロー失格極悪コンボだった訳だし。


 しかしこう真っ暗だと……ん?真っ暗?

 俺の体から光が出ていないということは、変身が解けている。

 そうか、気を失ってたからか。


 機会がなかったので知らなかったが、考えてみれば当然だ。

 光ってるやつが担架で運ばれてきてもみんな困るもんな。

 でも光は防護服みたいなもんなんだし、気絶して無防備な時こそ身を守ってくれないと困らないか?


 体が動かない分頭が余計に回りしょうもないことを考えていると、不意に体を覆っていた手が動いた。

 暗闇に目が慣れていたせいで外の光に目が眩む。

 細く目を開けてみれば視界いっぱいの大きな手が上へ上へと離れていくところだった。

 予想通り、俺は蚊の大きな手とアスファルトの間に閉じ込められていたらしい。


 さて、手を離したのは俺が起きたときの動きを察知してのことだろうか。

 だとすればこいつはここから俺に対して何かをするつもりということであり。


 不意を突いて反撃に出るチャンスもここにあるということだ!


「よくもやったなこの野郎!!」

 とりあえず、握ったままだったクソ重い剣を顔に向かって思い切りぶん投げ、仰向けの体制から勢いよく立ち上がる。


 刃の先端がヒールの方を向いた状態で放たれた剣っぽい形の打撃武器は、そのまま真っ直ぐに飛んでいき、野球のボールの集合体のような複眼に突き刺さった!

 ……ということもなく、軸がブレブレの巨大な弾は途中から横回転を始め、たくさんのボールにぶつかって弾き飛ばされてしまった。


「------ッッッ!!」

 声こそ出ていないものの、大きく状態を仰け反らせて悶絶する様子の昆虫。

 クリーンヒットとはいかなかったが、眼は全生物共通の弱点らしい。


 弾き飛ばされてクルクルと飛んで行ってしまった打撃武器にワイヤーを飛ばして、上空で柄の部分に巻き付ける。

 そのまま悶える巨体へと腕を振り下ろし、分銅のように思いっきりぶつけた。


「変身!」

 手を振り下ろすタイミングに合わせて叫ぶと、体から光が放たれる、慣れた感覚。

 ここにきて新しい戦い方が開発されてしまったか。

 残念なことに、昆虫には目くらましがほとんど効いていないようだが。


 小さくとも、確実にダメージを与えていく。

 とはいえこんなにちまちまやってたんじゃどうにかする前にどうにかされてしまう。

 そもそも一人じゃ限界があるんだ。

 他力を本願するしかないのでとにかく時間を稼がなければだが……。


 さっきから一向に誰か助けに来るような気配が無い。

 一体何分間戦っているのか、さっきもどのくらいの時間気を失っていたのか。


 大谷も沢渡さんも、ただ出て行っただけじゃなかったんだ。

 出て行った先で何かあったのか、それともそもそも何かするために出て行ったのか。


 戻って来ないなら来ないでやり方を考えなければなるまい。

 来るかも分からない助けを待ってひたすら戦い続けるのは、肉体以上に精神的に来るものがある。


「うがっ!!??」

 なんだ!?

 背中から、何か……。


 とっさに手を着くことも出来ず顔から地面に突っ込み、口の中に鉄の味が広がる。

 素早く体を起こしてしゃがんだ姿勢になり、さっきまで背中のあった位置に目をやると、その先には細い管のようなものが目に入った。


 ホースほどの太さのそれを辿ると巨大な昆虫の顔まで続いていて、それが通常の蚊が吸血に使う口なのだと悟る。

 口元のストローを力強く、器用に動かし、砕けたアスファルトの破片を掴んで投げつけて来る。


 いや象の鼻かよ!?


 巨大な力で放り込まれた岩石を素早く避けると、すぐそばを風を切って飛んで行ったそれが白い車にぶつかり、車体を大きくへこませた。

 猛スピードで電柱にでも激突したような車は修復すら難しいほどに破損していて、これでは


「チマチマ攻撃するのも絶望的だな……」

 そろそろ逃亡を検討すべきかもしれない。

 俺が命を張って問題が解決するなら喜んで死んでやるが、このまま死ねば犬死に以外の結末が見えない。

 そんなのはごめんだと最初からずっと言っているので、今回も自分ルールに従いたい所存。


 あんな砲丸を常人が食らったらひとたまりもないじゃないか。

 今ばかりは自分がヒーロイドでよかったと思う。


 いや、そもそもヒーロイドだからこんなのと戦うことになっているのか。


 一つ、大きく息を吐く。

 しんどい、うん。しんどい。つらい。

 痛い。キツイ、精神的にも、肉体的にも。なんとなく社会的にも。

 でも、今これが出来るのは俺しかいない。

 それがまたきついんだよなぁ。


 でもまあ、やるしかないか。

 人生諦めどころが肝心だよな。









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