作戦会議

「ふっかーーーーーつ!!!!」

「まだちょっとふらついてんじゃねえか」

 ついに愛しいベッドを離れ医務室の固い床に降り立った俺は、大谷に怒られながら盛大にひっくり返った。


 やっと苦しい拘束から解放された。

 機械でベッドに縛り付けられるのがどれだけ辛いことか。


 トイレはどうしていたのかとかそういうツッコミはナシだ。


「おい、それ杖にしていいのか?」

「いいのいいの、どうせもらいもんだから」

「余計ダメじゃないか?」

 ゼロニーからの贈り物である大きな刀を使って立ち上がると、またも相方に怒られてしまった。


 メチャクチャやるくせに義理堅い奴だなぁ。

 そもそも怪人嫌いだったのになぁ。


 ゼロゴーの出現から二週間、すっかり気温も上がり出した頃。

 あれ以来怪人は出現することなく、平和な日々が続いていた。

 当然、ゼロニーも依然として行方が知れない。


「死ぬ気だったんじゃないかと、思います……」

 ゼロニーとゼロロクの接触の直後、律儀にも俺に事の顛末を報告に来てくれた矢面は、不安がるようにそう呟いていた。

 自分の仇だというのに、モヤが貼りついて取れないのは何故だろう。


 この間一瞬だけ思い浮かべてしまった仮説も気にかかる。


 この平穏にも妙に不安が募る。

 嵐の前の静けさ、のような。


 ふと、依然として行方が知れないゼロイチと、脇坂の顔が思い浮かんだ。

 ゼロイチがゼロサンに攫われて以来、彼には会っていない。


 ヒール第一号は、実験の犠牲者とも言える少年だった。

「過剰再生」と呼んでいた、どんな怪我でも影が多い、強化して再生する能力。


 いやはや、どこにいるかは分からないが、無事でいてくれるといいんだが。



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「あのゼロロクってのはゼロ二ーやゼロサンとは完全に別勢力みたいだけど、何せ分からないことが多すぎる。対話ができるのかすら怪しいしな」

「俺はまだ会ったことないけど……話聞く限りでは結構厄介そうな奴だよなぁ……むぐむぐ」

 隣に座る大谷は、言い終わるや否や再び租借に励みだす。

 ヒーロイドは腹が減るのだ。


 俺は大谷と連れ立って、一ヵ月ぶりにMACTの食堂で昼食を取っていた。

 あまり久しぶりだと思えないのは、食堂の料理が医務室に運ばれていたからか。


「戦力にはなりそうなんだよ。人間を襲う気配も無いしヒールを倒してもいた。こっち側に引き込める気はしないけど」


 百人以上が座れるであろう食堂には、俺達を含めて六人程度の職員しかおらず、かなり寂しい感じになってしまっている。

 こんなんでよく運営できているなこの組織は。


 どんぶりに山盛りの白米と数種類の揚げ物を交互に食べる大谷の横で、俺はサバの塩焼きから箸で丁寧に骨を取り除く作業に没頭する。


 単純作業は退屈極まりないので、つい口が回ってしまう。


「まあ最終目標はゼロニーとゼロサンだろ。その二人さえどうにかすれば全部片付くんだ。ゼロロクはその後でもいいんじゃないか?」

「あ、ああまあ、確かに」

 大谷がヒールを一度置いておこうと言い出すとは。


 以前の一件以来、大谷のヒール全員を恨むような態度は、親の仇のゼロサン一人に向くようになっている。


 そう、ゼロロクは放っておいても問題無いはずだ。

 今のところ危険は確認できない。


 だが妙に引っかかる。

 この間の矢面との会話でふと浮かんでしまった可能性。


 そして、今は行方が分からなくなっている脇坂との約束。

 全てが終わった後、ヒーロイドを普通の人間に戻す。


 全てが終わるのは、いつだ?


「ゼロサンの野郎は見つけたらすぐにぶっ殺してやりたいが……」

 ゼロイチのことは一度大谷に話してある。


 ゼロサンによってどこかに連れ去られてしまっている以上、その居場所を聞き出さなければならないことを、もどかしく思っているらしい。


 何せゼロイチは自分で移動することも不可能だ。


 言葉を途中で切った大谷は、顔をしかめながら山盛の白米を書き込んだ。

 ようやく白身から骨を完全に除去した俺も、サバをつまみ上げて一口でその身を半分にまで減らす。


 やはり病み上がりには脂っこくないももを食わなければと思い唐揚げを我慢したが、これも十分に美味い。

 骨を取るのが少し面倒だが。


 骨が折れるというやつだ。


「ゼロニーとゼロロクは、戦うために矢面たちの前から消えたらしいんだ」

 矢面を通じて渡された刀のことを思い出しながら、大谷に聞こえるかどうか位の声量でぽつりと呟いた。


「ああ、そうらしいな」

 何かを察したのか、大谷も低いトーンで答える。


「次にゼロニーかゼロロクが現れたら……どっちかは既に死んでるってこともあるよな」

「……」

 既に大谷もその可能性に思い至っていたのか、わずかな沈黙が流れた。


 俺達はそれ以上何も言うことなく、二人同時に白米を一気にかき込んだ。

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