ゼロゼロゼロ

 さて、これまであえて触れてこなかったことがある。

 それには医務室で物理的に拘束されていたという事情もあるにはあるのだが、それ以上に最悪の回答が恐ろしくて確かめることが出来なかったこともある。


 矢面や大谷も、一切語ることをしなかった。


 その方が良かったんだ。


 沢渡さんと戦って敗北したゼロフォーとゼロゴーが、その後どうなったのか。


 本当に、確かめなければよかった。


「アレー、蒼汰クンじゃーん!久しぶりー、どうしてたの?」

「平岩はゼロナナとの戦いで重傷だったから医務室にいるって言われたろ」

 こいつら、ピンピンしてる。


 MACT本部の一室。俺の部屋のすぐ隣。

 無機質な長い廊下で並ぶたくさんのドアの中の一つ。

 居候の怪人たちに割り当てられた部屋で、俺は二人と感動の再会を果たした。


 ふざけんなクソ。

 結構心配してたんだぞ。


 考えてみればそうか、こいつらは俺より改造量が多い。出力も高い。

 俺よりも体が丈夫で、回復能力が高い。


 はっきり言って、あれくらいで死ぬ訳が無かった。

 あまり施設の中をうろつくことも出来ないから、見舞いにも来なかったのだろう。


 誰もこいつらについて何も言わなかったのは、言うほどのことが無かったからか。

 それとも今のように俺がショックを受けないよう気を使ってくれたのか。


 なんにせよ、無事でよかった。


 狭いながらも家具の充実した部屋で、二人そろってくつろいでいる。

 広さは俺の部屋と同じなのに、モノが多く贅沢な印象を受けるのが悔しい。


 自分たちで買いに行けないのにどうしてるんだと聞いたら、通販でそろえたと言われた。


 当たり前だが、なんとなくその可能性を考えていなかった。

 怪人だもの。


 怪人としてのアイデンティティは無いのかこいつら。

 トゲトゲの巨体をハンモックに上手く収めているゼロフォーからも、一人掛の柔らかそうなソファに座るゼロゴーからも危険な怪人という印象は一切受けない。


 実際、そうでは無いのだが。

 いやしかし、うーん。


 まあいいか。

 俺もヒーローらしくはないし。


「もしかして~、僕たちのこと心配しちゃっタ?」

「いっそ死んでいてくれたらいいのにと思った」

 嬉しくもムカつくことに、相変わらずのおかしなイントネーションで軽口を叩くゼロゴーに対して、ほんのかすかにではあるが殺意が湧いた。


「ちょっと待て、俺は何も言ってないだろう!?」

 ゼロフォーは……最初より丸くなったよな、そういえば。


 ため息とともに目を伏せた俺は、そのまま体を半回転させて今入ってきたドアから廊下へ出ることにした。

 したのだが。


「もうっ!そんな態度取るならいいこと教えてあげないヨッ!!」

 なんでお前がぷりぷり怒るんだよ。

 ふざけて起こったフリをするゼロゴーになんとなく腹は立ったが、いいことというのは少し気になったので足を止めてみる。


「野郎のそういうのは見るに堪えないんだが」

「じゃあゼロフォーにさせよっか」

 なぜそうなる。

 さも愉快そうなニヤニヤ顔が、全身を覆う装甲の中に隠れ切っていない。


「待て、なんで俺なんだ」

 ゼロフォーも戸惑いを隠しきれていない。

 それまでハンモックに寝転がってくつろいでいたのに、がばっと跳び起きてきた。


「そりゃだって、ゼロフォー女の子だし?」

「……は?」

 …………は?


「え?」

 何気なく放られた一言に、思わず頭と体が固まってしまった。

 思わず二度目の素っ頓狂。


 ハグルマが錆びたからくりのようにギ、ギ、ギ、とぎこちなく首を回すと、その先にいたゼロフォーが何かをあきらめたようにため息をつきつつも、首肯した。


「まあこうなる前はな。まあ怪人になったら性別なんてあってないようなもんだろ」

「いやでもお前……喋り方とか」

「そりゃお前、こんな姿で女口調だったら気持ち悪いだろうがよ」

 確かに。

 いや、そういう問題か?


「まあこんな風に、正体は意外な者だったりするのデス!僕のショータイはナイショだけどねェ?」

「お前の正体なんか気にならんわ」

 笑いだすのをこらえるようになおもふざけ続ける細身の怪人に、精一杯の冷たい視線を送ってやった。


 まあこんな程度のことでは、こいつには何一つ響かないんだろうが。


「エー、つまんなーい。じゃーあー、ソダナー、ゼロロクの正体だったらどぅ?」

 再度、時が止まった。

 俺と、おそらくゼロフォーも、周りの空気ごと押し固めたようにぎちぎちに固まってしまう。


 またなんという爆弾発言をサラッと放り込んでくれるんだと恨めしく思ったが、何故かゼロゴーの装甲の奥の目が、さっきまでとは一変して真っ直ぐになっているのが分かった。


「おい、ゼロゴー。それは……」

 何とか絞り出したと言うように、ゼロフォーが小声で咎める。


「いやねェ、蒼汰クンくらいは知っといてもいいと思うヨー」


 ……そうか、そうだな。

 考えてみればそうだ。


 ゼロサンはゼロロクと何か因縁があるようだった。

 ゼロゴーもゼロフォーが怪人になる前のことを知っていた。


 最初の七人同士は、お互いの素性や事情についてある程度知っていてもおかしくはないんだ。


「ちょっと重ターイはなしになるケド、聞く気はあるカナ?」

 ゼロゴーが珍しく、こちらを気にかけるような柔らかな笑みを浮かべた。気がした。


 そんなもの、答えは決まっているだろう。


「パス!」

「えぇ~!ここは聞くところじゃナイの~?」

 ゼロゴーが素っ頓狂な声を出す。

 その態度は残念そうでもあり、同時に少し安心したようでもあった。


「下手に敵の事情とか知ったら戦いにくくなりそうだしなぁ」

 まあ他にもいろいろ理由はあるが、一番耳障りがいいのはこれだろう。


 チラリと脇を見やると、ゼロフォーも少し安心したように、のそのそと元の住処(ハンモック)に戻っていった。


「うーん、じゃあ代わりに別のいいこと教えてあげようカナ」

 あ、そういえばいいことがどうとかって呼び止められたんだっけ。

 その後の会話が酷すぎて忘れていた。


 ゼロロクの正体がそのいいことだったのか。


 しかし別のいいことってなんだ?

 それ以上の重大情報が何かあっただろうか。


 人を食ったような態度の怪人は「実はぁ~」などと前置きしながら、いかにももったいぶってもじもじしながら話し始めた。


「ゼロサンとコンタクト取れたんだけど~……」


 そういうことは先に言え馬鹿野郎!!

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