対峙
まさかこんなことが起こるとは、想像もしていなかった。
今もう使われていないらしい、街外れの古びた倉庫の中。
薄暗く広々とした空間を、ボロボロな天井と壁の無数の穴を突き抜けてきた夕日の赤が、スポットライトのようにあちこち照らしている。
ガラガラの建物の中心に、それはぽつんと置かれていた。
粗大ごみとして捨てられていても何の違和感もないような、古ぼけたソファ。
その上に寝ころぶ少年とかたわらに立つ人ならざる者の姿は、入り口から離れているのと逆光のせいでおぼろげなシルエットにしか見えなかった。
まあ、見えなくってもちゃんと分かってるんですけどね。
「なんだ、一人で来たのか」
「生憎デートに誘える相手がいなくてね」
おお、倉庫内に音がわんわん響く響く。
クールにアメリカンなセリフをキメたかったが、まだまだ距離が離れていることもあって大声で会話をすることになってしまった。
小声でもキマっていたかどうか微妙ではあるが。
言い方はともあれ内容は切ないし。
「一人でノコノコ来たら痛い目見るかも……とかそういう危機感みたいなものがバグってるな、お前」
「あー、確かにそういうとこあるかも」
入り口からとことこ歩いて、ようやく怪人のそばまでたどり着く。
それに伴って巨体のトゲトゲヒール・ゼロサンも声量を落とす。
久しぶりに顔を合わせたゼロイチが、ソファに寝そべったままニコリと笑いかけてきたので、表情を緩めながら手を振って応えた。
元気そうで何よりだ。
どうやらあまりひどい目には合わせられなかったらしい。
彼の状態によっては刺し違えてでも怪人を倒してやるくらいのつもりでいたので、ほんの少しだけ拍子抜けするとともに、深く安堵した。
まあ刺し違えるどころか一方的な虐殺になっちゃうけどね。
もちろん俺が死ぬ方で。
「つーかお前メールなんかどうやって……」
「あ?今時メールアドレスくらい誰でも簡単に取れるだろうが」
「……何?携帯でも持ってんの?」
呆れながら言うと、ゼロサンは何やらソファの後ろでごそごそやりだした。
「これだ。その辺でパクってきたんだが結構使えるぞ」
「わーお」
薄型のノートパソコンとポケットWi-Fiが出てきた。
どこから持ってきたんだこんなもん。
悪の怪人にしてはせこすぎる。
「実は連絡を取ったのもこれと関係していてな」
「なんだ、代わりに持ち主に返しといてくれとかか?」
「いや、これは返されちゃ困る」
返さなきゃ困る人がいるだろうよ。
取り出されたデバイスはまだまだ新しいように見えた。
今頃持ち主がどんな思いでいるのかと思うと胸が痛む。
ゼロサンは更にカメラを取り出しながら続けた。
「動画を撮ろうと思ってたんだが」
「なんだ今更動画デビューか」
俺はカメラを横から覗き込みながら、軽く答えた。
「いや、MACTの闇を暴露するみたいな動画を投稿してやろうと思っててな」
……は?
「まじで?」
「おう」
まじらしい。
えっと、つまり?
つまり……
つまり、動画を使ってMACTを告発しようと?
「そのためには俺が身の上を話して、ゼロイチの現状を写すのが丁度いいだろ?」
「どう丁度いいんだよ」
「怪人が可哀想!ゼロイチを守れ!MACTは悪だ!ヒーロイドも悪!ってなるだろ」
うわー……なるかも。
ゼロサンは間違いなく大悪人だ。
大谷の家族のこともある。
しかし、MACTがやってきたことを考えると、伝え方によってはよろしくないことになりそうだ。
「まさかその犯行声明をするために呼んだのか?」
「いや、それはやめになった」
「はぁ?」
今度こそ目が点になった。
「肝心のゼロイチが協力的じゃないんだよ。こいつはこうやって寝転んでるだけでも相当苦しいはずなのに、カメラを向けるとにこやかな笑顔で楽しそうにしゃべりやがる。悲惨さが足りない」
さっきから全く動いていないゼロイチに視線を向けると、またにこりと笑った。
以前会った時には歩くのすら辛いと言っていたはずだ。
なるほど。
大体の事情は分かった。
「ぶん殴ってから改造で苦しんでる風に見せかけて撮影、ぐらいするのかと思ってた」
「えぇ……何それ怖。引くわ」
「お前に言われたくねえわ」
なんで怪人にドン引きされないといけないんだよ。
まあ確かに我ながらクソな発想だとは思うが。
「あのな、それじゃ意味ないんだよ。これでも俺はこいつに結構同情してるんだぜ?動画配信も半分はこいつの為だ。素で苦しんでるとこ見せないと」
ゼロサンはカメラを眺めながら、静かに漏らした。
「悪の怪人らしからぬセリフだな」
「俺もこいつも、MACTに未来を奪われたみたいなとこあるからな」
もうだいぶ外の日が傾いてきたらしい。
差し込む灯りが徐々に薄れ、ゼロサンの重厚な装甲に深い影が落ちた。
まあ、確かにその通りだ。
元々は全部MACTのせいなんだよ。元々は。
「え、僕そんな風に見られてたの……?」
ふと、下から弱々しい声が響いた。
「でも僕そこまで悲惨な感じじゃないっていうか……ごめんね?」
少年の顔に浮かぶのは、いつもの微小ではなく苦笑だった。
「とまあ、こいつはこんな感じだから引き取ってほしいんだよ」
「やっと今日の目的が分かったよ」
ゼロサンが嘆息する。
傾いた夕日に照らされ、その装甲には暗い影が落ち込んでいるが、そこに最初の頃の恐ろしい怪人という印象は全く無い。
ヒールだから、悪人だからだけではない何か。
こいつのことを許すつもりは無いが、今だけは。
半分はゼロイチの為だと言ってのけた、今この時だけは……
視線に気が付いたらしいゼロサンは、いきなり立ち上がると手に持っていたカメラをもとの場所にしまい出した。
「言っとくけどこれもやらねえからな?まだ動画自体はやるつもりだし、そのために結構いいのパクってきたんだから!」
「いらんわ極悪人が!」」
最大級の軽蔑を込めて睨んでやると、トゲトゲの怪人はなぜかフッと笑った。
「なんだかお前とは仲良くできそうだな」
「ふざけんな人殺しが」
何をほざくか。
「それは仕方ない。俺だって被害者なんだぜ?お前だって多少は俺の気持ちもわかるだろ?」
「わかるかよ」
ちょっと残念そうにするんじゃない。
やはりこいつとはいずれ戦わねば。
「実験に巻き込まれた同士、分かり合えるかと思ったんだがな」
分かり合うつもりなんかないっての。
大体……ん?
あれ?
実験に巻き込まれた同士?
「同士」ってなんだ?
俺は実験に巻き込まれてなんか……
「ん?どうした?」
不可解な発言に顔をしかめる俺に、悪魔が笑いかけていた。
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