実験のその先

「待てよ、お前はともかく、俺も実験の被害者?」

 顔をしかめる俺に、悪魔が邪悪な笑みを向けた。


「あれ?気が付いてなかったのか?何かおかしいとは思わなかったか?」

「何がだよ?」

「お前だけ改造されても力が1.2倍な理由だよ」

 何を言っているんだこいつは。


 俺の力が1.2倍なのは適性が無いのに改造手術を受けたからだ。

 それもこれもゼロニーが俺を殺したから。

 普通の治療では間に合わないから、ヒーロイドの治癒能力を使うために改造したんだろう?


「説明されたことをそのまま信じてるなんて、意外と素直なとこもあるんじゃないか」

「うるさいな。いいから早く説明しろよ」

 意外も何も、俺はいつだって素直だろうに。


 人を捻くれ者みたいに言うんじゃない。


 広い倉庫の中は、すっかり暗くなっていた。

 暖かくなってきたとはいえ、まだ日が落ちるのは早く、先ほどまで差し込んでいた夕日は既にどこかへと隠れてしまっていた。


 郊外で、人がいない地域にある為に外からの物音はほとんど聞こえない。

 そのせいで怪人の不気味な声は、反響も伴って真っ直ぐに俺の元へ届いた。


「そもそも、だ。改造が体に合わなかったって言われたんだろ?なんで改造が体質に合ってないのがお前だけなんだよ」

「そりゃ急いでて適性検査が出来なかったからだろ」

「そんなもんねえよ」

 ゼロサンが、思い切り馬鹿にするように笑った。


「考えてもみろ。最初の実験体だった俺達七人は皆、総じて化け物になってるんだぞ。一番最初の実験だから適正も何も分からない状態で適当に選ばれているのに、だ。いや、正確には病気なり怪我なりの治癒を必要としていた人間が中心だが……」


 ゼロサンの言葉に、いつになく熱が乗る。

 今までの小馬鹿にしたような態度から一変し、まるで何かを必死に訴えかけてくるようだった。


「まあともかくだ。ヒーロイドって形が出来てからの適正みたいなもんはあったかもしれねえがな。それは決して、適性が無いからなんて理由で力を1.2倍しか出せなくなるような、そんなもんじゃねえ筈だ!」

 そこまで一気に言葉を紡ぐと、ようやく怪人は口を止めて深く息を吸い込んだ。


 途中、ゼロイチが何か、かすれた声で言っていた気もしたが、その声はゼロサンの叫びにかき消された。

 どの道、この時の俺にはその言葉は届かなかっただろうが。


 巨大なヒールから放たれた叫びの残響が、倉庫の高い天井にわんわんと響いていた。

 天井の梁には錆びた鉄骨が剝き出しで、全体的に古びた建物はその音の衝撃で崩れてしまいそうだった。


 そして、声量以上にその言葉の持つ意味が、俺の思考回路を不安定に揺らす。


 ……一理あるか?

 極悪非道の怪人の言葉をそのままに受け取るわけにはいかない。いかないが。


 確かに、今まで疑問にも思ってこなかった。

 どれだけ体質に合わなかろうと、俺の体の改造個所は他のヒーロイドよりも多かったはずだ。


 骨は一部金属になり、筋力を補助するモーターまでついている。

 それで発揮される力が、常人のたった1.2倍?


 何よりヒーロイドが変身時に纏う光。

 出力は低いが、その分上がる持久力。


 やめろ、ダメだ、これ以上考えるな。

 しかしどうしても、頭は一つの答えへと、最短ルートで行きついてしまう。


 そうだ、それが必要な理由は。

 ヒーロイドは、戦えば戦うほど……。


「つまり俺は、他のヒーロイドよりも体への負担が少ない新型のヒーロイドってことだな」

「やっと分かったか。それとも、分からないようにしていたか?」

 さあ、どうだろうか。


 もしかしたら俺は、もっと早くに……いや、そんなことを考えても仕方ない。


「分かるか?MACTはな、自分たちが生み出したヒールの後始末をしながら、性懲りも無く同じような実験を繰り返していたんだ。技術を作成し次の実験体を探していた時……」

「ちょうど脇坂の目の前で俺が死んだ」


 俺がそう呟くと、冷酷な怪人は装甲の下で、満足そうににっこりと笑った、気がした。


「しかもあいつは、ゼロニーに襲われる危険が日常的に付きまとっていることも分かってたろうな」

 あいつ……脇坂のことか。


 今は姿を消している脇坂。

 確かに、そう考えれば俺は都合良く彼に利用されたことになるのだろう。

 ヒールを生み出しながら、更にヒーロイドの技術の実験を重ねていたのだ。


 俺の体は出力が低い分消耗も少ない。

 時間経過によるオーバーヒートも中々起こさない。


 ヒーロイドは戦えば戦うほど寿命が縮む。

 その欠点を補った新型。

 そして、そんな技術を開発した理由はおそらく、以前俺に持ちかけてきた話。


 いつになく顔をしかめるゼロイチをチラリと見やり、思わず笑ってしまった。

 そんな俺を見て、ゼロイチはますます怪訝そうな顔をする。


 ヒーロイドを……ヒールを元の人間に戻す。

 そのための実験に使われ、人材となり。


 どうやら俺はとことん脇坂に利用されていたらしい。

 その結論にたどり着いた途端、もう何かがおかしくておかしくてたまらなくなった。


「くくくく……ふはっ、ははははは!!」

「ふ、笑うしかないな」

「ああ、全くだ!!」

 勢い、ゼロサンに賛成してしまう。


「MACTなんてろくなもんじゃねえだろう」

「ああ、いや、そうじゃない」

「は?」

 まあ、ちょっと着地点が違うけどさ。


「いやはや、まんまと騙されて良いように使われててさぁ……」


 だからどうした。


「その上で、自分の考えがこんなに変わらないものかと思ってさぁっ!」


 言葉の区切り目で素早く、そして深く腰を沈める。

 そして腕を一気に後ろへ。


「どうあれ、俺は誰かを守るために戦うよ」


 反応する隙を与えず、全ての力を乗せた拳を怪人の頑丈な装甲へと思い切りぶつける。


 変身?そんなもんいらねえよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る