目的と目標

 さて、前回の最後に「変身なんかいらねえよ!」と大見栄を切った訳ですが。


 前言撤回!!

 変身はいるね。


 考えてもみてほしい。

 鉄パイプでぶん殴ったら鉄が負け、刃物を通さない装甲を裸の拳で殴ったらどうなると思う?


 痛いだろう。

 痛いなんてもんじゃないだろう。


「何がやりたいんだよお前は」

 俺がゼロサンに避ける余裕を与えなかったんじゃない。

 ゼロサンは避ける必要が無かったんだ。


 聞き手を押さえてうずくまる俺を、ゼロサンが呆れたように見下ろしていた。


「いやなんつーか……意思表明?のために?」

 正直勢いで行動してしまった感は否めないが。


 なんか一発殴ってやりたくなったんだよ。

 悪いか。


「分からんね、今の話を聞いたら多少はMACTに恨みを抱くかと思ったんだが」

「……まあお前の気持ちも分からんでもないけどさ。復讐するとかって程でもないよ」

「つまらん」

 ゼロサンは心底つまらなそうに呟くと、ゼロイチが横たわるソファの横、地面に直接どっかと腰を下ろした。


「前から思ってたんだけど、お前も別にMACTに復讐がしたいって感じじゃないだろ」

 以前からなんとなく引っかかっていたことだが、ここまでの会話の中でなんとなく確信してしまったので、ついでに聞いてみた。


 むしろこいつは怪人になったことを歓迎している節がある。

 人を襲ったり、怪人を作り出したり。

 ゼロイチ誘拐の目的にしても。


 まるでゲームを楽しんでいるようだ。


「……鋭いな、やっぱり」

 怪人は静かに呟いた。


「まあ確かに恨めしいがな、俺がやりたいのは復讐なんて陳腐なもんじゃない」

 両手をいっぱいに開きながら。

 座ったまま太い腕を前に突き出しながら。


 愉快そうに。

 まるで最初からこれが言いたくてたまらなかったかのように。

 途端に怪人は饒舌になる。


「動機はもっと単純で、それ故に難しい物さ」

「つまり何が目的なんだよ?」

「俺が欲しいのは生きる意味だ。それだけだよ」

 思ってもみなかったその答えを理解するのに、一瞬の間が必要だった。

 そして体が軽く硬直する。


「考えてもみろ!こんな姿になっちゃ人間の社会で何かするなんてのは到底不可能だ!異質なものや理解できないものは排除される。結果、俺達はMACTに隔離され窮屈に生きることを余儀なくされた!それが嫌で逃げだしたら追われる身だぜ!?」


 やや前のめりになりながらまくしたてる怪人は、今にも噛みついて来そうな勢いでさらに言葉を続ける。

 その圧に圧倒され、無意識のうちにわずかに体が後退した。


「ゼロロクやゼロナナはまだいいさ!だが俺達は完全に人間の姿を失った!だがまあ、そんなことは俺にはどうでもいいんだ。改造をしないままだったら一生ベッドから起き上がれないところだったからな。しかしだ、せっかく自由に動かせる強い体が手に入ったのに、何も成せないまま一人で死んでいくのは寂しいだろう?」


 そう言うゼロサンの声は、ちっとも寂しいなどと思っていないようだった。

 激しい大音声は、尚も穴だらけの天井から降り注ぐ。


「だから、遊んだのさ。動物から新たなヒールを生み出し、ゲームをした。次はMACTだ!!怪人は絶対的な悪、ヒーロイドは絶対の正義!それを全てひっくりかえしたらどうなると思う?……そう思うと、体が疼いて仕方ねえんだよ!!」

 言い切るや、抑えきれないというように立ち上がったゼロサンは、悪の怪人の名に相応しく下品に笑い始めた。


 ああ、そうか。

 そうだったか。


 全てはゲームで。

 暇つぶしで。

 大谷の家族のことも。


 別に特別同情していたわけでもないが。

 今回ばっかりは特別、



 腹が立つ。



 そんなことの為に、沢渡さんはボロボロになって。


「……つまり僕は、そのための錦の御旗という訳ですね」

 ゼロイチも俺も巻き込まれて。


「決めたよ」

「あ?」

「おれは、どうあってもお前をぶっ殺してやるよ。ヒトゴロシになろうとな」


 既に日は落ち切って、十五分足らずで周囲は一気に暗くなってしまった。

 その闇のせいで、この時ばかりはゼロサンの表情は分からなかった。


 眉間にシワがよったのは、その姿を凝視するためではない。

 そんなことをしなくても、敵の姿はハッキリと見えている。


「ああ、楽しみにしてるぜ」

 ただ、その声にはまだ先程の興奮が残っているようだった。

 いや、むしろより愉快気に。


 ムカつくなんてもんじゃないな。


 体の奥からあふれ出してくるものを必死に抑えながら、今だソファの上に横たわっているゼロイチの傍らにしゃがみ込んだ。


「でも1.2倍だろ?そんなに弱くて俺を殺せるか?」

「お前ほど弱くはないさ」

 本当に、こればっかりは1.2倍でよかったと思うよ。


 力に溺れることなんかなかった。

 戯れに生きず、必死でいられた。


 そりゃこいつも最初は被害者だったかもしれないが。


 ゼロサンはそれ以上何も言わず、ゼロイチを抱き抱えて去って行く俺を黙って見送っていた。


「無理しなくっても、自分でも歩けますよ?」

「それこそ無理してるだろ」

 非力な俺は、小柄な少年一人の体重だけで、フラフラと頼りなく、ゆっくりとしか歩けなくなってしまう。


 ゆっくりと、ゆっくりと。

 不安定でも、最後まで。


 何分もかけて倉庫から出ていくまで。

 いや、きっとその後も。


 ゼロサンは、いつまでも俺たちの背中を見守っていた。

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