ゼロロク再び

 先程まで雲一つなかった青空に、暗雲が迫り始めていた。

 巨大な侍の装甲が、暗く不気味に輝いている。


 直江さんの攻撃で刀を奪われたというのに、ゼロニーのこの得体の知れなさはなんだろう。


 般若面で少し狭まった視界一杯に、怪人から放たれるオーラのような物が見えると言うか何と言うか。


「いや、準備体操くらいだと思っていたがなかなかどうして……ククッ」


 なんで?

 どうして笑っていられる?

 私たちが圧倒的に有利な状況なのに。


 まだ何か秘策がある……?

 それとも……。


 隣で刀を握る直江さんにも、ぴりりと緊張が走った。

 キュッと、拳を握りしめる音が聞こえてくるようだった。


 しかし不気味に笑う怪人には、最早私たちの姿は見えていなかった。


「そいつまで取られるのは予想外だったが……まあいい。どうせお前には通じないしな?ゼロロク!!」

 二人が振り向くのは同時だった。


 音も無く背後に立っていたのは、見覚えのある巨体。

 あれは、間違いない。


「あれがゼロロク?」

「ええ、そうです……。でもいつの間に……」

「ふーん……意外とゴツくなるもんだね」

「?」

 直江さんが何やら呟く。


「場所を変えようか!ここじゃあどうも邪魔が入る!」

「……」

「ついて来い」

 言うや、怪人は高く跳び上がり、私たちの頭上を通り過ぎてゼロロクの傍らに降り立った。


「待て!」

「おっと追いかけてくるなよ。俺じゃない、こいつの要望だ」

 先程から沈黙を貫く怪物の威圧的な雰囲気に、情けなくも私は尻込みしてしまった。


「ああ、それと。帰ったら1.2倍のアイツにそいつを渡してくれ。詫び替わりだ」

 ゼロ二ーが優しく微笑んだ……ような気がした。


 そのまま背を向けてしまったゼロ二ーが動き出すと、それまで微動だにしていなかったゼロロクも従うように動き出した。

 二体の怪人は近くのビルの屋上に跳び上がり、どこかへと消えてしまう。


 私は既に彼らを追いかける気も起こらずに、その場にへなへなと座り込んでしまった。

 ああ、私は何をやっているんだろう。


 ちらりと横を見やると、直江さんが抱えた大きな刀が視界に入る。

 去り際にゼロ二ーが言っていた「そいつ」とは、「こいつ」のことだろう。


 これを先輩にあげてどうするんだろう。

 ああ、ますます分からない。

 ゼロ二ーもゼロロクも、元はどんな人間だったんだろう。


 きっととんでもなく変な奴だ。


 刀の上には、当然ながら直江さんの顔がある。

 その顔つきは珍しいことに厳しく固まっていた。


 この人も少し、分からない人だと思った。




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「それで、これを俺に?」

「ええ、預かりましたので」

 正直、いらないと思った。


 だってこの現代日本で刀って…ねえ?


 すっかり俺の第二の寝床として定着してしまったMACTの医務室。

 まだまだ大掛かりな機械でベッドに固定されている俺の横で、小さな折りたたみ椅子に矢面が座っている。


 翁の顔をした木彫りの面をつけているが、顔は俯き気味で、その表情もおそらく暗い物だろうと思われる。

 学校の制服に木彫りの面、そして日本刀を抱える少女というのは、一部の層にウケそうな気がしないでもない。


 まあそれはさておき。

 分からないのはゼロニーの意図だ。


 確かに、俺は非力だ。

 ヒーロイドのクセに力は常人の1.2倍しかない。

 だが、怪人から武器を貰うとは……。


 しかも殺してしまった詫びだとは。

 ほんとだよ、誰のせいでこんなことになってると思ってるんだ!!


 矢面の話では、ゼロニーはゼロロクと会った途端、一緒に消えて行ったらしい。

 そもそも表に出てきた理由もゼロロクと戦いたかったからとか。


 どんなバトルジャンキーだよ。

 少年漫画みたいなやつだな。


 今までに二度対面した侍ヒールのことを、少しずつ記憶から呼び起こす。

 一度目は俺がヒーロイドになった原因の、上半身下半身生き別れ事件の犯人として。

 二度目は、MACTに乗り込んできた怪人として。


 あの時はあまり本気で戦っている感じではなかったが、それでも苦戦したので実力はかなりあるのだろう。

 武器を持ち歩く怪人も珍しいことだし。


 しっかしまあ、脇坂を襲うわ俺まで巻き込むわ怪人同士で戦おうとするわ。

 そういえばゼロサンとも協力しているんだっけ。


 あんなクレイジーな奴が何故未だに放置されているんだ。

 ……いや、待てよ?


 怪人に斬り殺された人間なんてほとんどいないんじゃないか?

 街中に出てきたが、一人も襲うことなく仁王立ちでゼロロクを待っていたという話だし。


「んー?」

「どうしたんですか、先輩」

「いや、まさか、な」


 ゼロニーが襲ったのは、俺の知る限り怪人になった原因の脇坂と、それを庇った俺。

 そして戦うために待っていたのはゼロロク。

 それから、以前一度MACTに来たときは俺に……


 まさかまさか。

 いやいやそんな。


 そんな訳ないと思いながら、俺はベッドに全体重を預けなおし、最後に瞼を下ろした。


「ちょ、先輩!?なんでいきなり寝るんですか!?ていうか、この刀どうするんですか!!」

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