物理的な高み
地道に壁を登り続けて倉庫の壁に手をかけると、転げ落ちそうなほど大きな衝撃に襲われた。
咄嗟にわずかな凹凸に手をかけて踏ん張り、何とか耐えられたが、かなりヒヤッとした。
登り切った瞬間落っこちるなんて、笑えないからな。
当然ながら倉庫の屋根は人が乗るようにはできておらず、手すりも取手も無い状態なのですぐに滑って落ちかねない。
頼りない凹凸に手足を引っかけながら這うようにして屋根の上をよじ登る。
ゼロイチを背負っているせいで、何度も手が離れていきそうになった。
ようやく平たくなっている場所に辿り着き立ち上がると、屋根の全貌が視界に入る。
倉庫の上部は横に伸ばしたかまぼこのような形をしていた。
さっきまでかまぼこの側面にいたのか。
何ともよじ登りにくい形だ。
薄ぼんやりとした闇の中で、くすんだえんじ色が不気味に浮き上がる。
視線を上げた先では、正面に拳を突き出す大谷と、それを掌で受け止めるゼロサンが対峙していた。
さっきの衝撃はあれか。
その後ろではゼロフォーが跳び上がり、後頭部に蹴りを叩き込もうとしている。
アイツら二人は見た目がそっくりだが、状況的にあってる……よな?
ゼロサンが大谷の腕をがっしと掴み、盾にするようにゼロフォーの前に突き出す。
「うおっ!?」
「おおうっ!!」
ゼロフォーは咄嗟に足を引っ込め、なんとか大谷への直撃は回避したものの、自身は勢い余って屋根の上に転がってしまう。
そのままかまぼこの側面まで転がっていきやしないかとハラハラしたが、どうやら途中で止まってくれたらしい。
まあ倉庫の上は広いのでそうそう落っこちたりはしないだろう。
さてさて、登っては来たものの、どうやって戦闘に加わろうか。
背中のゼロイチはどうするつもりだろう?
「うわー、すごいなぁ。ぼくたちに出来ること無いねぇ?」
おいおいノープランかよ……。
「移動で思ったより消耗しちゃってさ。ちょっとだけ時間稼いでほしいんだけど……」
「それ、時間置いて回復したらどうするつもりなんだよ」
「…………」
少年はそれ以上何も答えなかった。
まあ大体想像はつくけど。
また手足を引っこ抜くような無茶をするつもりなんだろう。
あの能力で体を強化したとして、戦闘能力がどの位上がるものかは知らないが。
馬鹿みたいに負担がでかいことだけは確かだろう。
いやはや、回復する前に決着をつけてしまいたいところだが。
「ちなみに、それどれくらいかかるんだ?」
「止めないんだね」
まあ、今更だろ。
「もう十分くらいかな」
「まじかー」
終わんないかも。
と、その時。
再び俺達のもとに衝撃と、眩い閃光が届いた。
ゼロサンがとうとう反撃に出たらしい。
胴への回し蹴りを受け、うずくまる大谷。
大谷を庇うように側面から飛び込み、立ちはだかったゼロフォーが、回転の勢いで後ろを向いたゼロサンに蹴りを叩き込もうとするが、怪人は奇妙な動きで跳び上がり、難なく回避してしまう。
いやいや、化け物かよ。
どうやったら回し蹴りの軸足であんなに高く跳べるんだ。
しかし、ゼロフォーも負けじと上空のゼロサンを迎え撃つ。
突き出した足を危なげなく地面に下ろし、踏ん張る。
宙に浮いたまま体を回転させ、対面した状態で落ちてくる自分そっくりの怪人に向けて。
短時間で腕に集中させた光を全てぶつける、渾身のアッパーカットが繰り出された。
直角に曲げられていた腕は、徐々に伸ばされると同時に敵の足、胴、胸をすり抜け、腕が完全に伸び切ろうかという頃。
怪人の、トゲだらけの兜の下部分。
顎を覆う装甲を、強かに打ち付けた。
恐らく、この戦いでMACT側がゼロサンに与えた初めての痛打であろう。
目に見える、確かな有効打。
しかし、そこが限界だった。
頭から背後に着地したゼロサンはそのままバウンドし、二度目の着地時に地面に腕をついた。
一秒にも満たない短いタメがあり、そのまま腕の力だけでゼロフォーへと突っ込んでいく。
一方のゼロフォーもアッパーから迎撃の体制へと切り替える。
胴体の前でクロスさせた腕が、真っ直ぐに飛んできた蹴りを防いだ。
しかし、ゼロサンの動きが速い。
怪人は蹴りの反作用で逆立ちの体勢となり、ゼロフォーの反対側に足を下ろしながら、前方へ片手を伸ばした。
「うおっ!?」
足元をすくわれたゼロフォーが姿勢を崩す。
厚い装甲に覆われた巨体。
相当な重量を持つはずの戦士が、立ち上がる勢いと共に足から投げられる。
屋根の平らな部分を易々とへこませながら。
突き破って倉庫の中へ落ちていきそうな勢いで。
ゼロサンに与えた以上の打撃を以って、ゼロフォーの体が沈められた。
「ああ、クソ。頭グラつくじゃねえかよ」
グラついててそれかよ!?
ゼロサンが、二歩先に沈むトゲの塊へと、次の攻撃に踏み出す。
その気配に反応し、立ち上がろうとするゼロフォー。
まずい。
これは反応しきれない。
俺は咄嗟にその場にゼロイチを下ろしながら。
ゼロニーから受け取った刀を鞘から抜き出す。
視界の端には、猛スピードで駆け寄る赤い光も見えた。
同時に行けば防げるか。
いざとなれば刀を投げてやるつもりで、腕を後ろに絞りながら走る。
あと十歩、九歩、八歩……
大谷はあと一歩ほどか。
赤い戦士が一撃目を入れようかという、まさにその瞬間。
ゼロサンを中心に、光が炸裂した。
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