オーバー・ヒートアップ

 紫の光が膨張し、熱と衝撃をもって体を包む。


 まずい。

 まずいぞ。

 これはまずい!!


 纏っていた光を全身から放出したらしい。

 さっきも使っていた、ヒーロイドの必殺技のような。


 幸い距離があったおかげで、俺は軽くふき飛ばされるだけで済んだ。


 しかし、足元にいたゼロフォーは。

 目前まで迫っていた大谷は。


 色褪せたえんじ色の屋根の上を転がり、上下が入れ替わった体がようやく止まった頃。


 逆さになった視界に飛び込んできたのは、仁王立ちの怪人。

 その足元には、トゲが所々欠けている、そっくりな見た目の怪人。


 それらを認識した瞬間、足りないものに気が付いて急いで眼球を動かす。


 赤は?

 あの熱苦しい赤色はどこへ?


 その姿は、横に伸ばしたかまぼこのような形の屋根の上に見つかった。


 しかし。

 ……赤くない?


 いや、光を纏っていない。


 オーバーヒートだ!


 一度オーバーヒートになったヒーロイドは変身が解け、しばらく変身できない。


 エネルギー切れ状態であり、体力が十分に回復すればまた変身できるようになる。

 だから再度の変身までに決まった時間がある訳ではないが。


 確か以前に大谷がオーバーヒートしたときには、半日くらい変身できなくなったはずだ。


 おいおい、どうするよこれ。


 なんにせよ、次の一手を考えなければならないだろう。


 ここまでの時間が五分。

 最悪ゼロイチの協力を得るにしてもあと五分?


 ちょっと無理があるんじゃねえかなぁ。


 俺は右手に握ったまま忘れていた刀を杖代わりに立ち上がる。

 爆風ですっ飛ばされた時でも離さずに持っていたらしい。


 心強くはあるが、刀の扱いに長けているでもなし。

 あまり素手と変わらない気もする。


 ワイヤーはもうモーターが限界だし。

 というかそもそも通じないからなあ。


 矢面と直江さんは必殺技を使ってオーバーヒート。

 ゼロゴーとゼロフォーはダウン。

 大谷も今の爆発でオーバーヒートか。


 そして俺の力は1.2倍。

 小細工を挟める余地……正直あまりなし。


 対するゼロサンは、消耗はしているだろうが光も纏ったまま。

 動きも全然元気だね。


 さあどうしようか。


 これはもう助っ人でも来てくれないと無理じゃないかなぁ。

 かと言って、ゼロイチは戦えるような状態ではないし。


 これを言うのは随分と久しぶりな気がするが。


 人生、諦めが肝心だ。

 諦め所を見誤ってはならない。


 ならば今は?

 諦めて引くべきか?


 いや、引いてどうなる。


 ここは諦めるべきではないところ。


 しかし、最後にもう一つ、もう少しだけ足りない。

 あと少し手が届かない。


 真っ直ぐに見つめる視線の先。

 憎ったらしいトゲトゲヒールが、ゆっくりとこちらを振り向いた。


 せめて、何かあと一つ。

 頬を滴る汗を感じながら、そう思った時。


『お待たせしてすみません』

 すぐ後ろで、機械音声が響いた。


 驚きながら振り返るとそこには、正面にレンズが付いた野球ボールのような物が浮かんでいた。


 これは……確か。

 MACTのヒーロイド監視用ドローンだ。


 ヒーロイドの変身を感知して、自動で飛んでくるやつ。


 しかし、こいつはいつも誰にも気が付かれないようこっそり出てきて監視しているだけのはずだ。

 それに、喋るところなんて見たこと無いぞ。


 しかし、俺の驚きなどお構いなしに、その機械ボールはどんどんと話を進める。


『もう安心です。うちの最強戦力が到着します』

 それだけ言い残してさっさと行ってしまうドローン。


 その有無を言わせぬ無駄の無さと、少し早い口調は、ある人物を想起させた。


 コマンダー。

 ヒーロイドの司令官だ。


 あの人は効率主義で早口だし最低限しか言ってくれないからなぁ。


 ヒーロイドが怪人と戦わなくなってからはMACTに出てきていなかったし、今回の出撃は知らせていなかったはずだが。


 それに、最強戦力というのは?

 今MACTで戦える人間は全員ここにいるはずだが。


 そんな疑問符を突き破るように。


 月灯りに照らされた人影が、夜空を横切って飛来した。


 倉庫の屋根の上に到着したそれは軽く跳んで頼りない地面に着地し、それまで乗っていた何かは再びどこかへ飛んで行ってしまった。


 なんだあれ。

 あんなものがあるなんて聞いてないぞ。


 というか、待て待て。

 なんでこの人がここにいるんだ?


「まったく、最強戦力はハードル上げ過ぎだろう。俺はまだ復帰したばかりなんだぞ」

 夏場だというのに、青い上着を纏う、見慣れた背中。


「久しぶりだな。平岩、大谷。それに、ゼロサン……」

「ゼロナナァ……」


 そこには、最強、最初のヒーロイド。

 沢渡さんが微笑んでいた。


「え?え?」

 大谷の方も混乱しておかしな声を上げている。


 一方の俺は、驚きのあまり目と口を広げたまま何も言えずにいた。


 いやいや、療養中じゃなかったんですか!?


 そんな俺の俺の声にならない声を吹き飛ばすように。


「変身!!」

 交差させた腕を振り下ろす沢渡さんを、青い閃光が包んだ。

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