光を灯せ

「変身!!!!」

 颯爽と現れた沢渡さんの姿が、青い光に包まれる。


 最強のヒーロイドが、そこには立っていた。


 青い光を纏う背中は、最初の出撃で助けられたあの時と同じように……。


「まさかお前まで出て来るとは……僥倖だなぁ」

「さあ、それはどうだろうな?」

 青の戦士は不敵に笑う。


 しかし、沢渡さんはしばらく前線から離れていたのだ。

 ヒーロイドとしての戦いで体は既にボロボロだったはずだし。


 沢渡さんが強いのは間違いない。

 しかし。


 どうにも本調子であるとは思えない。


 それでも一旦任せてしまうことしかできないのが情けない所で。


 沢渡さんとゼロサンは同時にゆっくりと歩き出し、互いに三歩ほどの距離に迫る


 そのタイミングで俺は、右斜め前方でうずくまる大谷の方へ向かって走り出した。


 必死に駆ける俺の背中を、体を震わせるほど重く響く打撃音が追いかけてくる。


 相方のすぐ近くに辿り着いた俺は、体をスライディングさせ、大谷の横に並んで戦況を見守る体勢を取った。


「怪我してないか!?」

「まあ大丈夫だ。まだまだ戦える」

「は?いやお前もう変身……」

 そこまで言いかけたところで、またしても展開が動いた。


 視界の隅をかすめた黒い影。


 しまった、もう十分経ったのか!?

 いや、まだのはず。


 しかし俺の希望ともいえる予測は見事に覆された。


「久しぶり、ゼロナナ。ぼくにも挨拶してほしかったなぁ」

「ゼロイチ!?いたのか?というか、その体!」

「まあ暗いし仕方ないけどね。さあ、行こうか」


 沢渡さんと並んで立っていたのは、全身が黒い影に覆われ、一回り大きくなったゼロイチだった。


 やはり、また自分を……。

 そう考えると心苦しいが、かといって止められたとも思えない。


「クソ!!」

 俺が入って行っても足手まといになることは分かっている。


 分かってはいるが、どうしても動き出さずにはいられない。


 全く矛盾している。

 してはいるが。


「どう?ゼロサン。ぼくは結構強いよ?」

「あー、だから相手したくなかったんだよ!!」


 電光石火。

 目にもとまらぬ速さで動き出したゼロイチが、いつの間にかゼロサンに拳を振り下ろしている。


 一方のゼロサンもしっかり攻撃に対応して、腕を突き出してガードするとともに、ゼロイチの腹に向けて一撃を放つ。


「おっと危ない!」」

 しかし、その腕は難なく上げられた影の足に阻まれた。


「こっちだ!!」

 両手をふさがれたゼロサンのがら空きの胴体に、沢渡さんの回し蹴りが入る。


 咄嗟に腰をひねり衝撃を逃がしたゼロサンだったが、それでもかなり深く入っただろう。


「ゼロイチ!お前はもういい!こっちは任せろ!」

 よろめいたゼロサンの兜に向けて拳を突き出しながら、沢渡さんが叫ぶ。


「……悪いけど、それは聞けないなぁ」

 揺らされたゼロサンの頭を掴むゼロイチ。


 しかし、その会話のために生まれたわずかな隙をついて、ゼロサンは両腕を側方に突き出し、反撃の姿勢を見せた。


「させるか!!」


 沢渡さんのふり抜いた拳。

 ゼロイチの強張った腕。


 ゼロサンが狙ったその隙間を埋めるように。

 俺は太刀を突き刺した。


 刀身は、怪人の左腕の厚い装甲の上を滑っただけだったが、その一撃で反撃の芽は詰まれた。

 振り上げようとしていた手は白刃に阻まれ、その動きが防がれる。


「おっま……!!」

 お前みたいなのから目を離すわけが無い、などと言われたが。

 流石に、強敵の登場に気を取られたらしい。


 憎い者を見る目でこちらを睨んでいた装甲の奥のその目は。

 しかし次の瞬間には勢い良くすっ飛んで行った。


「ぐわっ!?」

 ゼロイチに掴まれていた兜を、沢渡さんが返す拳で殴り飛ばしたらしい。


 頭から真っ直ぐに飛んでいたゼロサンは、しかし、やはりというべきか。

 腕から着地し、そのまま体操競技のように軽々とバク転をして立ち上がった。


「ふぅ、さすがにしんどいな」

 奇襲を受け、ここまでずっと戦っているのだ。


 一人対多数、どう考えてもしんどいはずだ。

 しかし、何故こいつはまだ倒れない?

 地力が強いにしても、さすがにしぶとすぎるだろう。


「一息つくにはまだ早いんじゃないか?」

 沢渡さんが一気にゼロサンとの距離を詰め、ラッシュを叩き込む。


 上半身を中心に、拳、蹴り、肘、頭突きに至るまで、あらゆる打撃が最高の効率で叩きこまれ、トゲだらけの厚い装甲が徐々に悲鳴を上げだす。


 最後に腹に叩き込まれたストレートでゼロサンが後退すると、いつの間にか後ろに回ったゼロイチがその衝撃を逃がすまいと、背中に膝蹴りを叩き込んだ。


「ゼロサン!!お前だけが悪だと断じるつもりは無いが、今だけはどんな手段を使ってもお前を止める!」

 沢渡さんが叫び、腕に光を集め始めたその時。


「ああ、それでいい。俺も手段は選ばねえからなぁ!!」

 前後をゼロイチと沢渡さんに挟まれ、追い詰められているはずのゼロサンがどこか嬉しそうに、大音声で叫んだ。


 ゼロサンが纏っていた光が、内側から膨張する。


 まずい、またこれか!!


 先程よりは小規模だが、確かな威力を感じさせる爆発。

 俺のもとまで光が届くことは無かったが、熱風が吹き付け、不愉快な熱に体が包まれる。


 明らかにさっきの一撃よりも力が削がれている。

 しかし、戦況を一変させるのには十分すぎた。


 熱と光が過ぎ去った頃。


 両腕を交差させて己の身を守った沢渡さんの青い光は、すでに消えていた。


 オーバーヒート。

 やはりまだ本調子ではなく、消耗が激しかったのだ。


 背後に立つゼロイチは、顔を歪めながらも、なんとかその場に立っている。

 いつ限界が来るともしれないが。


 ゼロイチが倒れなかったことを喜ぶべきか。

 そう思った瞬間。


 突如暗闇から飛び出してきた影が、ゼロイチの体を横へと突き飛ばした。

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