リセット・クールダウン

 光を炸裂させたゼロサンのすぐ後ろで、影に包まれたゼロイチの体が何者かに突き飛ばされた。


 倒れ込むゼロイチの横でフラフラと立ち上がる、その見覚えのあるシルエットを見て、大谷がぽつりと呟いた。


「ゼロロク……?」

 ゼロロクはその声にこたえるかのように、ゆっくりと立ち上がりこちらを見つめる。


 そして、光に包まれながら徐々に、足元のゼロイチに視線を戻す。


「……君に、こんなことはさせたくなかったが」

「そんなに気に病まないでください。僕のことを助けようとしてくれてたんですから」

 ゼロイチが微笑んだ相手は、ゼロロクではなく脇坂だった。


 白衣に眼鏡。

 少し険しく細められた眼。

 久しぶりに見る、見慣れた姿。


 ほんの一瞬で本来の、人間の脇坂に戻ったゼロロク。


「え!?……えぇっ!?」

 慌てふためく大谷。


 まあ整理しきれないよなぁ。


「……その言葉に、どれだけ救われるか」

「ふふ。でもちょっと……もう無理かも」

 ゼロイチを覆っていた影が霧消し、体がするすると縮む。


 目を瞑った時には、彼は完全にいつも通りの少年然とした姿に戻っていた。

 力無くうなだれたゼロイチの横に、脇坂が屈み込んだ。


 そして、それをすぐそばで見つめるゼロサン。

 気が付けば、その体を覆う光は何処かへと消え去っていた。


 そうか、沢渡さんとゼロイチの攻撃に加え、最後の力でエネルギーの放出までしたのだ。

 あのゼロサンも、そろそろ限界が近いのかもしれない。


「甘いよなぁ、ゼロイチも、お前も」

 ゆっくりと、沢渡さんの方へ視線を向ける怪人。


「その甘さで、今まで戦ってきたんだよ」

 既にエネルギー切れで変身が解けているというのに、余裕すら感じさせる微笑を浮かべて返す初代ヒーロイド。


 攻撃を食らって相当キツいはずなのに、クソ度胸というか。


 たがいに限界のはずの二人。

 それでも最後まで弱みを見せず虚勢を張って見せる所が強者たる所以か。


 弱い俺には分からんが。


「おい、どういうことだよ!?お前絶対なんか知ってたろ!!」

 いつの間にかすぐ横に立っていた大谷が耳元で叫んだ。


 混乱を防ぐため、ゼロロクの正体については俺以外のヒーロイドには黙っていた。

 大谷も戸惑っているのだろう。


「いや、これは……」

「まあいい、後で説明しろよ!!」

 それだけ言うと、大谷は前に向かって走り出した。


 その直線上には、沢渡さんと向かい合っているゼロサン。

 おいおい、変身が解けているのに戦うつもりか!?


 大谷はヒールを恨んでいた。

 最近はヒール全体に向けられていた憎悪がゼロサンに集中していたとはいえ、脇坂までもがヒールだったと知れば、動揺するのではないかと思っていた。


 しかしまさか、ヤケになって戦えないような状態でゼロサンに突っ込んでいくなんて!!


「うおっ!?」

「変身!!!」

 俄かには、信じがたい光景だった。


 走りながら両腕を交差させ、振り下ろす。

 その見慣れた動作での次には当然、見慣れた現象が。


「うぐっ!?」

 ヒーロイドの体を中心に放たれた、強烈な赤い光。


 変身だ。


 しかし、しかしだ。

 太田には既にオーバーヒートを起こしていたはず。


 あと半日は変身できないものだと思っていたのに。


 そこまで考えたところで、ある可能性が俺の頭に浮かんできた。


 信じられない状況を目にした俺と同様に、閃光を真正面から食らい目が眩んだゼロサンも、その場から動けなくなっているようだった。


 しかし敵もさるもの。

 正面から突っ込んできた大谷に対象するため、前方に腕を突き出した。


 それを見た大谷は急激に姿勢を低くして、スライディングしながら、自分よりもはるかに大きい怪人の股下を潜り抜け、そのトゲだらけの背中に拳を叩き込んだ。


「ぐぼぁっ!!」

 鎧を剝がされたヒールには、その一撃は応えたらしい。


 体はまだ厚い、鎧のような装甲に覆われている。

 しかし、ヒーロイドの光はヒールの装甲の中に直に届く刃でもある。

 その力を阻むものはもうどこにも無い。


 ダイレクトに攻撃を食らい、前方に倒れそうになるのを何とか踏ん張るゼロサン。

 効いている、間違いなく!


 今戦えるのは俺と大谷だけ。

 状況を飲み込み、俺は敵に向かって走り出す。


 手前で大きく跳び上がり、空中で半回転してから前方に無防備に突き出された頭に向かってかかと落とし。

 頭から地面に着地したその様子を見て、すっかり忘れていた顔の痛みを思い出した。


「おいおい、オーバーヒートしてたんじゃないのかよ!!」

 ゼロサンを挟みながら、俺は大谷に呼び掛ける。

 もう答えを知っている質問を、確認でもなんでもなく、ただ面白がるように投げかけた。


「フリだよ、隙を見て一撃入れようと思ってな!!」

「しかもしっかり俺の真似しやがって!!」

 俺の言葉に笑みを見せながらも、大谷は目の前に倒れた敵の足を持ち、思い切り投げ飛ばした。


 要するに、大谷は爆発に耐えきりながら、あえて変身を解除していたのだ。

 そして戦えなくなったふりをして体を休めながら、今のようなチャンスを待っていた。


 だまし討ちをよくやる俺まで騙されてしまうとは、いやはや……。


「ゼロロクのこと、もっと何か言われるかと思った」

「後で説明しろって言ったろ。今はいい」

 重い音を立てて屋根の上に沈むゼロサンを見ながら横に並んだ大谷からは、意外な言葉が返ってきた。


 なんと言うか、ブレないなぁこいつは。

 芯が強いというか。


 沢渡さんは、任せたと言うように軽く頷く。

 脇坂をゼロイチの体を抱え、戦闘の被害の及ばない端っこまで移動していた。


 ゼロフォーはまだ動かない。

 死んでなきゃいいけど。


 あと戦えるのは俺と大谷だけ。

 この二人で戦うのはかなり久しぶりではなかろうか。


「じゃ、まあとりあえず行くか」

「お前もうちょっと緊張感とか無いのかよ……」

 俺が緊張感持ってたらお終いだって。


 前方でフラフラと立ち上がるゼロサンを真っ直ぐに見つめながら。

 俺たち二人は素早く身構えた。

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