屋上へ

 ゼロサンに蹴り上げられ、俺の体は天井にまで届く。


 顔を強烈に蹴られたせいで、目の前がチカチカとしている。

 まあこれも想定内想定内。


 どうやら唇が切れたらしい。

 宙を舞いながら、口の中にじんわりと鉄の味が広がった。


 少しくらくらするが、頭は冴えている。

 慌てずに、自分が今できることを探せ、と自分に言い聞かせる。


 上と下が若干曖昧だが多分こっち。

 重力のある方、ゼロサンがいる方向に向けて腕を振り下ろし、ワイヤーを発射した。


「おっ!?」

 ゼロサンは今、右手で大谷の攻撃を防ぎ、左手でゼロフォーの首元を掴んでいるので、俺のことは蹴り上げるしかなかったのだが。


 その上がった足にワイヤーが見事に巻き付き、足を取ってしまう。


 よーし一本釣り!!

 このまま足を引っ張り上げてすっ転ばせ……


「フンッ!!」

 ゼロサンが足を一気に振り下ろし、ワイヤーがピンと張る。


「あ、やば」

 そのまま体が地面に叩きつけられた。


「うごあっ!!」

「うぬっ!?」

 潰れたカエルになった瞬間、上から呻き声が聞こえてくる。


 引っ繰り返って何とか様子を視界に収めると、ぼんやりとではあるがゼロフォーがゼロサンを殴っているのが見えた。

 そうか、今の一瞬の隙で拘束を振り解いたのか。


 動けずにかすんだ視界で観察を続けていると、ようやく大谷が怪人に一発食らわせ、ゼロサンが逃げるように距離を取った。


「んー、これはたまらんな」

 言うや、怪人はゼロロクが入ってきた穴から飛び出し、倉庫の外へと逃げだした。


「逃がすな!!」

 大谷が叫び、二人が咄嗟に外へと飛び出す。


 遠目にではあるが、ゼロサンが倉庫の外で高く跳び上がっているところが見えた。

 建物の上に逃げたのか。


 後を追って二人が跳び上がる。


 ヒールとヒーロイドならではの身体能力だなぁ、俺は出来んけど。


 やっと体から衝撃が抜けきってフラフラと立ち上がると、すぐそばに倒れている怪人がチラリと視界に入る。


「色々言いたいことはあるけど、後でな!」

 反応が無い怪人に声を掛け、兜のような頭を軽く蹴り飛ばした。




 ---------------




「えっと、なんでここにいるんだ?」

「頑張ってここに来たからだよ」

 屋根へと跳んで行ったゼロサン達を追ってゼロロクが壁に開けた大穴から外へ出ると、そこにいないはずのない少年がちょこんと座っていた。


 戦闘に巻き込むわけにもいかないため、MACTに残してきたゼロイチである。


「待て待て、お前自分で動けないだろうが」

「頑張ったら動けるよ」

「いやいやいやいや……」

 普段はなんてことのない顔をしてはいるが、彼は少し動くたびに苦痛を感じているはずだと聞いている。


 どう頑張ったところで、MACTからそこそこ離れているこの場所に一人で来られるとは思えない。


「それに、車いすも無いじゃないか」

「そりゃそうだよ。手足を引っこ抜いて強化してきたんだから」

「…………」


 過剰回復。

 ゼロイチは体を損傷したとき、影のような物質で一時的にその傷を覆うことが出来る。


 親指を嚙みちぎったときには、影のような見た目の、大きな親指が生えてきた。

 あの状態になると力が強化され、耐久度も上がるらしい。


 そして時間の経過とともに元通りに戻る。


 なるほど、つまり手足を一時的に強化することでここまで移動してきたのか。

 手足を、引っこ抜いて…………


 いや、これ以上考えるのはやめておこう。


「でもその反動でもうヘロヘロなんだ。良かったら上に連れて行ってよ」

「良かったらも何も……ここに置いてく訳にもいかないし、さりとて激戦地帯に突っ込むのも危険だし」

「いやいや、戦ってるところに連れて行ってくれないと。ここに来た意味ないよ」


 どうやらそういうことらしい。

 気は進まないが、大人しく従っておくことにしようか。


 何か考えがあるみたいだし。


 俺は渋々ながら、ゼロイチを背負って屋根の上まで連れて行くことにした。

 上まで三十メートルはあるだろうか。


 彼らのように跳び上がるような芸当は出来ないので、地道に上っていくことにする。


 ゼロイチの小さな体をよっこらと背負い、おんぶの形になる。

 まるで子供のお守りだ。


 両腕を上方へ伸ばし、良い位置に飛び出していた謎の突起に引っ掛ける。


 このままモーターを巻いて上ることが出来れば楽だが、二人分の体重に、ゼロイチに背負わせた太刀の重量までかかっている。

 おまけに、ここまでの戦闘でそろそろモーターが限界臭い。


 仕方が無いので、再び遊具のようにワイヤーを引っ張りながら壁をよじ登ることにしよう。


 ゆっくりと、壁に向かって一歩一歩を踏み出す。


 そういえば、ヒーロイドになった直後は自分の体が機械になってしまったと落ち込んでいたっけ。

 よくもまあ追加でこんなものを取り付けたなと今更ながらしみじみと思う。


 何かが吹っ切れたのかもしれない。

 俺はそんなのばっかりだ。


 倉庫の中腹には窓や排気ダクトなどの突起があり、本来の意図から外れながらも壁登りを助けてくれた。

 背中に乗った少年はさっきから一言も発してはいない。


 こいつも最初はショックだっただろうに。

 今では自ら手足を引っこ抜いている。


 歪んでるなぁ、と思いながら。

 ワイヤーを引っ張り、縦にまた一歩踏み出した。

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