因縁の対決

「お前のことは、もっと何回も殴らねえと気が済まねえよ」

 大谷が、今までになく静かに、しかし激しく言葉を発した。


「あー、すまねえとは思ってるよ。いいぜ、今はヒーローと怪人として戦ってんだ。遠慮なく殴ればいい」

 余裕ぶった声で大谷を煽るゼロサン。


 薄暗い倉庫の中の湿った空気が、ピリッとした緊張感に包まれる。


 ワイヤーに引っ張られ手元に戻ってきたゼロニーの刀を構えながら、隙さえあればいつでも飛び出せるよう臨戦態勢を整えておく。


 刃の切っ先はゼロサンの装甲に思いきり叩きつけられたというのに、刃こぼれ一つしていない。

 どんだけ頑丈なんだよこの刀は。


「最初から遠慮なんかするつもりはねぇよ」

 大谷にとっては、家族の敵討ちだ。


 茶々は入ったが、少しでも気が晴れるならある程度は戦いを任せておきたい気持ちもある。

 しかし、相手はゼロサンだ。一筋縄ではいかないだろう。


 そして懸念事項はもう一つ。

 ゼロサンのすぐ近くに倒れている怪人。


 今のままあそこに放置していては、脇坂も戦闘に巻き込まれてしまう。

 しかし、回収することもさせることも困難な状況だ。


 それに、ゼロロクの正体が脇坂だということを大谷はまだ知らない。


 どういうロジックでゼロロクに姿を変えているのかは分からないが、既に意識が無い状態であるならばいつ元の姿に戻ってもおかしくない。

 今はまだ装甲に身を包まれてはいるが、もし目の前で脇坂になってしまったら?


 ……あまり想像したくは無いな。

混乱から隙が生まれる。

そういう弱みを付いてくるのが上手い相手だからなぁ。


 まあ、とりあえず後ろからできることを探すか。


「本当はお前に任せてやりたいとこだけどな。相手が相手だ、手を貸すぜ」

 ゼロフォーが進み出てくる。


 家族の仇討ちを邪魔するのは野暮かもしれないが。

 しかし大谷一人に全てを任せてしまえる状況ではないことも確かだ。


「……いや、ありがたい、助かるよ」


 少し意外だった。

 こうもあっさりとゼロフォーの協力を受け入れるとは。


 いや、確かに当初の作戦からして共闘が前提ではあった。

 大谷もそのことは重々承知していた。


 しかしいざ戦いとなった時、あいつがどうなるかという懸念も少しあったのだ。

 とまれ、不安が一つ解消されたことに安堵する。


 何の迷いもなくそう言ってのけた大谷の瞳には、確固たる決意が宿っていた。


「ここで確実に、あいつを仕留めたい!!」

 全身に纏った赤い光が、爆発的に大きくなった気がした。


 そして次の瞬間、その光は消えた。

 いや、移動したのだ。


 赤い軌跡が細く伸びた先は、怪人の背後。


 地面、コンテナと順番に蹴って飛んだのだろう。

 その痕跡が一瞬「く」の字を描いた。


 ゼロサンは背後を取られたことに気が付いて振り返るが、その時にはもう遅かった。


 巨体の頭に届くほど高く跳ね上がって放たれた回し蹴りが、ゴツゴツとした頭にクリティカルに吸い込まれていく。


瞬間、二つの光がぶつかり合い、互いに激しく炸裂した。


 堅い装甲と、体を守る光がどの程度衝撃を阻んだかは分からないが、ゼロサンは確かにバランスを崩し、頭から重力に引っ張られていく。


 しかし、敵もさるもの。

 即座に足が動きリカバリーを図ろうとする。


 が、当然思い通りに行くはずもない。

 ゼロサンの立て直しは、下から突き出されたゼロフォーの拳に遮られ、怪人の頭は二度目の衝撃に揺られることになってしまった。


 振り子のように元に位置に戻ったその兜には、すでに着地していた大谷による、三度目の打撃が……


「タンマタンマ、これ以上はちょっとキツイぜ?」

 大谷の大振りの裏拳は、がっしりとした硬質な腕に阻まれ、その目的を果たせず止まった。


 すかさず放たれたゼロフォーの上段突きも、ゼロサンは最小限の動きで躱し、肘で腕を撃ち落とすと素早く手を怪人の首元に伸ばす。


 あっという間に戦況が膠着してしまった。

 拘束されていない大谷は次の攻撃に掛かろうと必死に動いているが、相手に隙が無く攻めあぐねているらしい。


 しっかし、ゼロサンとゼロフォーは組み合ってしまうとどっちがどっちだかわからなくなってしまいそうだな。

 なんせ二人とも見た目がそっくりだから。


「さて、あと一人……ん?アイツどこ行った?」

 ゼロサンは、俺がさっきまでいた場所に視点を向けてぽつりと呟いた。


 そう、俺はもうそこにはいない。

 戦闘の間に、少しずつ移動しておいたのだ。


 ゼロサンを見下ろしながら、逆さになって天井の梁を足で推す。


 俺は倉庫の上に張り巡らされている鉄骨にワイヤーを伸ばし、蝙蝠のように天井から逆さ吊りになっていた。


 上から奇襲を仕掛けて、とりあえず二人を解放させる。

 そんな作戦を立てながらワイヤーをほどき、刀を突き刺してやるように構えながら鉄骨を蹴り飛ばし、勢いよく飛び降りた。


 ばきっ!!

「うぐぉっ!?」


「馬鹿が、お前みたいなのから目を離すわけねえだろうが」


 まあそうかー。

 引っかかったのは俺の方だったかー。


 どうやら、俺はゼロサンに蹴り上げられたらしい。

 顔を。


 あまりの衝撃に、顔面が潰れてしまったんじゃないかと思う。


 高々と宙に舞った俺は、落下スタート地点に戻って来てしまった。

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