鉛の嵐

「変身!!」


 目も眩むような強烈な光を放ち、体中が熱くなる。光が収まり、ようやく目が開けるようになると、自分の体に起こった変化を確認する。


「......?」

「どうした?平岩くん」

 脇坂が話しかけてくるが無視して、鏡を探す。いくつも並んだ大型モニターの向こうに何も映っていない1つを見つけ、その暗い液晶で自分の姿を確認する。


「なんだこれ...」

 そこに映った俺は大きめのシャツにパンツ姿。裸足で、愕然とした表情を浮かべており、

「何も変わってないじゃないか」

 変身前とまったく同じ姿をしていた。たった一つ、身体中から淡い光を放っていること以外は。



 ---------------



「変身といってもね、ほら、さっきも言った通り力を出すためのスイッチをオンにするだけなんだよ。だからね、パワーは出てる状態なんだけど、別に何か変わったりとかはしなくてね。ともかく、君は今日から改造人間のヒーロー、『ヒーロイド』になったんだよ」

「ヒーロイド……ですか……」


 なんだよ、それ。カッコ悪いな。もう少しマシな名前に出来なかったのか。

 そういえば改造人間のヒーローだとか言ってたっけ。

 じゃあヒーローとアンドロイドの合体ってところか?


「そうだ、とりあえず能力の計測をしようか」

「計測?」

「体力テストみたいなものだよ。君の戦闘適性を測るんだ」


 なるほど。戦うことが仕事になるんだから、確かに適性を測ることは大切なことかもしれない。


「さあ、こっちの部屋においで」


 とりあえず、このモニターだらけの物々しい部屋から出られるのは嬉しいことだ。開かれた扉を嬉々としてくぐる。


 扉の先は先程のモニター部屋よりも明るい廊下だった。あの部屋もモニターの明かりでかなり明るかったが、やはりちゃんとした蛍光灯の方が明るい事は明るい。

 何より嬉しいのは窓がある事だ。まあ窓から見える景色もコンクリートの建物ばかりで息が詰まりそうだが。窓無しより余程マシだ。


 外の光の前では体から出る淡い光も霞んでしまう。

 そういえば、テレビで見るヒーロー……いや、ヒーロイドも体が光っているイメージは無かった。ほんとに微かな光なのだろう。


 長い廊下を進んでいく。いくつかの角を曲がった所で、大きな扉の前に着いた。

 なんというか、ゴツい扉だ。


「この部屋はヒーロイドが能力を存分に発揮するために特別頑丈に作られているんだ」


 なるほど、扉が妙にゴツいのもそういうことか。

 脇坂に促されて部屋に入ると、いかにもなトレーニング器具や謎の機械

 が並んでいた。

 その中の1つ、ゲーセンにあるパンチングマシンの様な機械の前に着くと、脇坂は振り返り言った。


「じゃあまずは、筋力から測っていこうか」


 未だに信じられないし信じたくもないが、俺は改造人間になった。

 人を助ける力が欲しいとは思っていたが、こんな形で手にしたかった訳ではない。


 俺が拳を握りしめると、体から零れる光が少し強くなる。歯を食いしばり、全身に力を込めると、思いっきりマシンの的を殴った。




 ---------------




 トレーニング器具と謎の機械がずらっと並ぶエリア、その隅に置いてある金属製のベンチの上で項垂れていると、脇坂が声をかけてきた。


「まあそう落ち込まないでくれ。改造人間には体の適性があるんだ。本来なら適性を見極めてからヒーロイドになってもらうんだけど、君の場合は事が事だったから、ね。ちょっと体に合わなかったんだね」

「ちょっとなんてレベルじゃないって……」


 パンチングマシンが示した俺のパンチ力は十段階中の、たったの三だった。その後、何度やり直してもそれ以上には上がらず、むしろ下がる有様だった。

 仕方なく他の能力も計測してみたが……まあ結果は言わずもがなだ。腕力、脚力、跳躍力、反射速度、エトセトラ、エトセトラ。


 どれをとっても常人の少し上くらい。とても悪の怪人と戦うスーパーヒーローとは思えない数値のオンパレード。その結果に萎えきってしまって、変身直後には身体中から放たれていた光も、萎んで消えた。


 変身解除とも言う。誠に不本意ではあるが。


 おかしい。おかしいぞ。俺は改造されたんじゃなかったのか。ヒーローになったんじゃないのか?

 何かの間違いだったのか。いや、それならそれでいいのだけれど。


「まあ、あれだね。君の能力は大体常人の1.2倍くらいだね」

「改めて言わなくても……」


 そう。そうだ。そうなのだ。改造人間になった上で俺のあらゆる能力は常人の約1.2倍。たったの1.2倍だ。

 全く気が滅入る。改造人間にされて、しかも能力は人並み?

 改造だけされて普通の人間に戻れと?

 大体なんだ、1.2倍って。それ格闘家とかスポーツ選手の方が強いくらいなんじゃないか?そんなのでヒールと戦える訳が無い。


「まあ、ヒーロイドにはなってもらうけどね」


 ……?

 ………………??????

 今、なんて言った?


「えっと、それは……」

「当たり前だろう。改造だってタダじゃないんだ。新型ヒーロイドを生み出すための予算を君を助けるために注ぎ込んだんだ。このまま君をヒーロイドにせずに返したら上に叱られる。というか責任問題だ。私も組織の人間だ。上には逆らえない。私も無理だとは思うが、分かってくれ。少しでいいから!」


 いや、少しとか言われても……。

 大体俺はあんたの命の恩人なんじゃなかったのかよ。


 いや、しかしだ。今は確かにまるで弱いが、これから強くなったりする事は可能なんじゃないか?


「ちなみに、トレーニングとかしたら強くなったりってのは……」

「ああ、もちろんあるよ。君はまだ改造から時間が経ってないからね。徐々に体の使い方に慣れていったりとか。あと機械になっていない部分、筋肉もしっかり鍛えてやればいくらでも強くなれる余地は十分にあるよ」


 それならなんとかならないでもないのか。……覚悟を決める必要がありそうだ。

 息を一度大きく吸って、吐く。


「わかりました。やります、ヒーロイド」

「そうか! そうかそうか! いやありがとう! 危うく私の首が飛ぶところだった。君に助けられても野垂れ死んでしまう所だった」


 さらっと嫌なことを言う人だ。まあいい。元々そのつもりではあったんだ。誰かを助けるために生きられたら。それならいつ死んだって大丈夫だ。きっと。


「おっと。すまない、連絡が入った」


 脇坂が携帯端末を取り出し、なにやら話し出してしまった。こうなると俺はもう一人で落ち込んでいるしかない。


「平岩くん! 早速ヒールが出た! 青町三丁目の交差点だ!」


 ヒール、怪人だ。今の俺はヒーロイド。となれば戦わねばならないだろう。勢いよく立ち上がった俺を、しかし、脇坂は制止した。


「まあ待つんだ。君はまだ改造から時間が経っていない。他のヒーロイドのバックアップに回り見学させてもらうんだ。いきなり実戦なんて命に関わるからね。今君の先輩のヒーロイドが向かっている。彼はウチのエースだから……あれ? 平岩くん!? どこ行った!?」


 ゆっくり話なんか聞いていられない。脇坂の言葉が終わる前に、既に体が動き出していた。



 ---------------



「そこ……かいじっ……やめっ……やめろォ!!」


 そこまでだ! 怪人! と、言いたかった、はずだ。

 息が切れる。大粒の汗が身体中から吹き出す。夏の都心部はまだまだ暑い。


 目が覚めてからずっとエアコンの効いた建物の中にいたからすっかり忘れていたが、世間は夏真っ盛りなのだ。


 暑い。建物から出た瞬間に汗が吹き出し、改造人間でも汗かくんだなとか思いながら倒れそうになった。改造人間も暑さには弱いらしい。


 しかも敷地内で迷子になるし。施設の出口をなんとか見つけ出し外に出ると、幸いにして俺の住んでいるところからそう離れた場所ではない様だった。


 現在地さえ分かれば青町三丁目は通学路の途中だ。急いでポーズを決めて変身し、走る。身体中が暑くなる感覚に猛暑が相まってまた倒れそうになったが、そこは弱いし新人ながらもヒーローの意地、なんとか踏ん張って耐えきった。


 1.2倍とはいえ俺の脚力は強化されている。陸上選手くらいの走力はあったろう。しかし悲しいかな。体力もたったの1.2倍。おかげで怪人を見つける頃にはすっかり疲れ果て、息が上がり、情けない声を出しながら怪人……ヒールに挑むことになってしまった。


「なんだぁ? お前は」


 尻持ちを着いたスーツ姿のサラリーマンを見下ろしていたそれは、人型ながらも、人とは思えない外見をしていた。灰色の皮膚、ゴツゴツとした外装、鋭い目。極めつけは銃のようになっている両手。ライフルの様な大きな銃口が腕の半ばから生えている。


「ん? なんか光ってんなぁ。てことはアレか。お前がヒーロイドか」


 驚いたことにこの怪人はヒーロイドを知っているらしい。しかしどうも知ってはいたが初めて見た様な口振りだ。

 怪人同士のコミュニティでもあるのかもしれないな。というか、


 この微妙な光が認識できるとは。

 思考を巡らせると同時に呼吸を整える。ヒーロイドだとバレてしまうと先程のセリフが余計にカッコ悪くなってしまう。


 サラリーマンも呆気に取られた様子で俺を見ている。

 願わくばさっさと逃げて、ここまでのことは綺麗さっぱり忘れて欲しい。

 しかし彼が無事ここから離脱するためには俺が戦わないといけない。勢いで飛び出して来たものの、はっきり言って勝てる自信は無い。


「邪魔だなぁ!」

 ヒールがその手の大きな銃口をこちらに向ける。


 まずい。動体視力も反射神経も瞬発力も常人の1.2倍ぽっちでは銃弾などとても避けられない。慌てて右に向かって猛ダッシュする。


 が、その動きも読まれていた様で、ヒールは素早く反応すると何発も銃弾を撃ちかけてきた。


 ものすごい勢いで幾つも飛来する銃弾はさながら鉛の嵐の様で、身体中を叩きつける。その衝撃で吹き飛び、タイルの地面に尻持ちをついてしまったが、思ったほどの痛みは感じなかった。


 銃弾の当たった箇所を確認する。血は出ていない。しかし、その部分の皮膚は破け、中から金属が露出し、そこに銃弾がめり込んでいた。


「うわ……ほんとに改造されてんだな……」


 持ちたくなかった実感が改めて湧いてくる。その金属を見つめていると、銃弾が俺を嘲笑うようにギラリと光った。

 ダメだ、立ち上がることが出来ない。俺の体は、本当に俺のものでは無くなっていたんだ。


 ヒールがこちらににじりよってくる。それをただ見つめていると、両手の先が分離し、人間の様な手が出てくる。分離した銃口は大きな拳銃となる。


「どうした? そんな物か?」


 ヒールが愉快そうに笑う。


「ヒーローなんて言っても、所詮はこんなものか。」


 ああ、そうだよ。こんなものだよ。体を包む光が徐々に弱まるのを感じながら毒づく。


「俺の力は……常人のたった1.2倍なんだぞ……」

 そうだ。1.2倍なんだ。でも俺は、この力で……


 ふと気づくと、先程のサラリーマンの姿はもう見当たらなかった。良かった、無事に逃げられたみたいだ。


 一日に二度も死ぬのか。いや、そもそも日付を確認していなかった。二日くらい寝ていたのかもなんて、どうでもいい事が頭を駆け巡る。まあ、もういい。あの人が助かっただけでも。それだけでも俺は、俺の人生は。


「ヒーロイドってのはもっと強いもんだと思ってたんだがなぁ。そろそろ死んでもらおうかぁ」


 無駄じゃなかった。

 ヒールが銃口を向ける。

 引き金に指が掛かる。どうやら頭に標準が定められているらしい。


 機械の体でも、頭を撃ち抜かれたらさすがに死にそうだ。

 ヒールはゆっくりと引き金に力を込め……

「うぐぁ!?」

 よろめいた。誰かがヒールの頭を蹴り飛ばしたからだ。その姿は、まるで青い風の様だった。

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