先輩と会談

 異形の頭を豪快に蹴り飛ばし、俺とヒールの間に颯爽と割って入ったのは、この暑いのに長袖の青い上着を身にまとった長身の男だった。


「なんだぁ……てめぇ……」


 怪人は頭を抑えながらよろめいている。その顔は険しく、怒りの程が見て取れた。


「MACTだ」


 青い上着の男は静かな声で答えた。服が青いので分かりづらいが、よく見ると全身が淡く、青く発光している。

 MACTはヒーロイドの拠点になる企業なので、それを名乗ることと合わせて考えても間違いない。

 この男は……


「そうかぁ、お前もヒーロイドだなぁ!」


 俺と同じ結論に至ったらしいヒールが、銃口を向けながら叫ぶ。しかし、ヒーロイドの方はまるで関心が無いとでも言うように黙っていた。


「まあ、ヒーロイドなんざ雑魚みたいだしなぁ。一匹が二匹に増えたところで……」

 

 二つの銃口が狙いを定め、


「なんてこたねぇなぁ!!」


 今度こそ火を吹いた。その刹那。

 甲高い金属音が上がり、足元のアスファルトが砕け散る。その場所からはシュウウ...と音を立てながら煙が立ち上った。

 その煙を追うようにそっと視線を上げてみると、男が、腕を胸の高さに構えていた。まるで、なにかを払ったかのように。


「馬鹿な.……弾丸を……手で払いのけたのか?」


 信じられないことだが、自分に向けて放たれた弾丸を、その場から一歩も動かずに手だけでいなし、払ってのけたということらしい。


 これがヒーロイドか。

 尻もちを着いたまま、まだ動けずにいた俺はただただ感心することしか出来なかった。


 おもむろに動き出した青色は、走り出したかと思うと一瞬でヒールの目の前に現れ、次の瞬間、ヒールの一回り大きい体が吹っ飛んだ。


 巨体がすぐ後ろの建物にものすごい勢いで突き刺さり、轟音が辺りに響く。窓ガラスが割れ、看板が落ちてくるとともに、コンクリートの破片や砂埃が視界を遮る。


 砂埃が落ち着き、建物の内部が見えるようになると、ヒールがそこに膝をついていた。

 コンクリートをぶち抜いておきながら平気な顔で立ち上がるヒールの姿を見て、ああ、あれはやっぱり人間とは全然違う存在なんだなんて当たり前のことに思い至る。


 コンクリートの壁に空いた穴から出てきながら口を開くヒール。


「なるほどなぁ、こっちがホンモノのヒーロイドってことかぁ...聞いてた通りの強さだ」


 ホンモノ、という言葉が心に刺さる。

 しかし最早ニセモノの姿などヒールの眼中にはなく、ヒーロイドから距離を取って体勢を立て直した二つの銃口はホンモノを確実に捉えていた。


 が、次の瞬間、またしてもヒールの体がその場から消える。慌てて周りを見ると、上にいる。音が聞こえた気がして上を向くと、大きな影が空中高くに舞い上がっている!


 これにはさしものヒールも戸惑い、空中でわたわたと手足を動かして、何も出来ずにただ上昇している。

 どんどんと青空に近づいて行き、夏の眩しい太陽と重なった所で落下を始めた。その影の下で待ち構えているのは、やはり青色。


 やや姿勢を低くし、次の瞬間には鷹のようなスピードで飛び上がり、思い切り


「う、うあああああ!!!!!???」


 怪人に下から突撃していた。

 上空でぶつかり合ったそれらの内、青い方が地上に落下し、足から綺麗に着地する。

 そしてもう一方は、凄まじい爆音と爆煙を発しながら、爆ぜた。空中から襲いかかる風と熱に目を瞑りながら、考えても仕方の無いことに考えが至る。


(どうして物理攻撃だけでこんな爆発が……)




 ---------------




 清潔な白い壁がほとんど見えないほどに並んだ機械やモニター類の数々。それらに囲まれながら俺達3人は金属製の丸テーブルを囲んで座っている。

 さっきの戦闘で弾丸が当たった箇所を、治療……ではなく修復してもらうと、この部屋に連れてこられた。


 ここはMACTの研究施設。俺がさっきまでいたあの施設だ。

 俺が寝かされていた部屋とも、隅のベンチで項垂れたあの部屋でもなく、今治療を受けてきた医務室のような部屋の隣。


 どこの部屋にも共通しているのは機械類が大量に置いてあることだ。

 流石と言うかなんと言うか、いやはや...


「今後こういう事が無いように! 頼むからね!」


 脇坂は眉間に皺を寄せ、顎が外れんばかりに口を開けて怒鳴り散らしている。

 出会って一日だがこの人は本当に色々な表情を見せるなぁ、と説教を右から左へ聞き流す。


「わかった!? いいね!?」


 確かに話を碌に聞かずに飛び出して行った上に、自分の力量を考えずにヒールに挑んだのは無謀だったと思っている。出来ればあんな危険なことは二度と御免こうむりたい。


 しかし一方で、人命救助が優先だとも思っているので後悔はしていない。

 反省はしているんだから今後気を付けますで終了だ。それ以上にくどくど言われる理由は無い。


「命を捨ててまで私を助けてくれた事には本当に感謝している。しかしね、せっかく九死に一生を得た命なんだ。もう少し自分を大切にした方がいい」


 まあ確かに最もな言い分だが、と思いつつ目を逸らす。命を捨てたい訳では無いのはその通りなのだ。問題は命を捨ててでもとすぐに考えてしまうところだが……


「頼もしいな、ヒーロイド向いてるぞ」


 と、説教をずっと横で聞いていた男が俺をフォローしてくれた。


 長めの茶髪を揺らしながら微笑む20代前半くらいの若い男は、先程ヒールを倒した青い男こと沢渡恵介。さっきまでの青い上着は椅子にかけ、今は黒い半袖シャツ姿なので黒い男だ。


「沢渡くん、今回は君がいたから助かったけどね、いつでもついてられる訳じゃないんだから。ちゃんと反省を促して!甘やかしたらダメだよ!」


 怪人を倒した後、沢渡さんは動けなくなっていた俺を新米ヒーロイドだと知って、ここまで担いで帰って来てくれた。いやはやありがたい事だ。俺は沢渡さんを一生尊敬するだろう。


「これ以上ここにいたら俺まで説教されそうだな。そろそろ俺は行くよ」

 沢渡さんは上着を取って立ち上がる。


「説教はしないけど……ありがとうね」

「ありがとうございました。本当に」


 俺達がお礼を言うと、何も言わずに微笑んで沢渡さんは行ってしまった。

 背が高く、颯爽と歩いて行く後ろ姿もキマっている。顔も良いし。


「さて、今日は色々あったし、もう疲れたろう。一度家に帰るといい。それから、ヒーロイドとして活動して貰うために契約書とか色々いるから、また印鑑とか持ってきて」


 あぁ、そうか。色々ありすぎて家に帰るという当たり前の事すら忘れてしまうとは、いやはや……

 というか、契約とかあるんだな。いや、当たり前といえば当たり前なんだろうけど。


「あ、それから平岩くんは未成年だから保護者の方の許可も必要だね。許可証貰えばいいんだけど内容が内容だから親御さんに一度きちんと会って話を……って、どうしたの?」


 俺の様子に気付いたらしく、脇坂は怪訝そうにメガネの奥の目を細めた。


 流石はMACTで改造人間を作っていただけの事はある。いや、それはあまり関係ないかもしれないけれど。この脇坂という年配の男は、存外人の事をよく見ているらしい。


 俺は、一瞬顔に出してしまった微妙な感情を無理矢理に押し込めて、慌てて笑顔を作ってみせた。

 あ、やばい、怪しんでる。不信感丸出しの目をしてる。

 作り笑いで視線を逸らし、懐疑の目から逃げていると、背中側の奥にあった扉が開いて甲高い声が部屋中に響いた。


「おはようございます」


 もう夕方なのにおはようございますって、バイトか。

 脇坂の視線を振り切って声のした方、つまり完全に後ろを向く。そして今入ってきた制服姿の女の子を見た瞬間……バッと体を反対側に向けた。


 一瞬脇坂と目が合うが、脇坂は脇坂ですぐに女の子の方に声をかけたので、俺への追求は終わったようだ。


「お疲れ様。今日は早いね?」

「いえ、今日は部活が早めに終わったもので。じっとしてても暇なので来てしまいました」


 丁寧な言葉遣いの少女。制服姿のその女子高生に気が付かれないよう俺は気配を……


「あれ? そちらの方は?」


 さすがに無理か。まああの子からすれば俺は脇坂より手前にいるんだから、気が付かない方がどうかしている。


 ああ、まずい。一刻も早くこの場から逃げ出してしまいたい。というか、聞いてないぞ。


「今日からヒーロイドとして活動することになった平岩くんだよ。あ、せっかくだから自己紹介しておこうか。平岩くん。……平岩くん!?」


 おのれ脇坂め余計な事を。無視を決め込んでみたが、そっとしておいてはくれなそうだ。


 ちょ、痛い、やめて! 一応怪我人だから! しかも今日一回死んでるんだから! 頭揺らされたら脳みそがあばばばばば……


「えっと……今日からヒーロイドになりました。平岩蒼汰です……」


 観念して振り向くと、女子高生に向かって自己紹介をする。


「……あれ? 先輩? 先輩じゃないですか!!」

「はは……久しぶりー……」


 目を丸くして驚く後輩に、苦笑いで答える先輩こと俺。


 感動の再会……なのか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る