ヒーロイド1.2
甘木 銭
誕生
なぜか、下半身が目の前にある。
今まで見たこともないような量の血。
下腹部からドクドクと流れる温かい液体を体いっぱいで浴びているのに、体はどんどんと冷えていく。
意識が遠のく。目が霞む。体が動かなくなる。
俺が最後に見たものは...
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体に違和感を感じて、重い瞼をこじ開けた。
眩しい。朝は苦手だ。貧血気味なので寝起きはいつも体が重く、ダルい。
鉛のように重い体を無理やりに起こすと、自分の体にかかっている布団がいつも使っている物と違う事に気が付いた。
状況が飲み込めず周りを見回すと漫画や映画で見るような怪しい機械類が、俺を囲むように並んでいた。
周りを確認したことで、自分はベッドに寝かされていた事に気付く。周囲に窓は見当たらず、ただ白い壁と金属製の重厚な扉が四方に聳え立っている。
にも関わらず部屋中が眩しいほど明るいのは、周囲にいくつも置いてある大きなモニターのせいだろう。
そんなモニター類を取り囲むように、怪しげなメーター、怪しげな薬品棚、その奥に見える怪しい薬ビンの数々。
なんだろう、俺は悪の秘密結社のアジトにでも連れてこられてしまったんだろうか。
とりあえず時間が知りたくて携帯を探すが、手元には見当たらない。
というか、周りの様子にあっけに取られて気が付かなかったが、俺は何も身につけていなかった。携帯どころではない。何故パンツまで脱がされているんだ。改造手術でもするつもりだろうか。
いや、それは流石に無いか、と思ったところで自分の左胸から右脇腹にかけて、大きな縫合跡を見つけた。
辿ってみるとどうやら背中の方まで続いている様だった。何だこの大きな傷は。まるで体を真っ二つにでもされたみたいだ。
先程思い浮かべた改造手術、という言葉が頭をよぎる。
……まさかな。
というか、どうして自分はこんな所にいるんだろう。直前までの記憶を辿る。しかし、何故か何も思い浮かんでこない。テストの時に限って答えが思い出せないような、或いは何かをやりかけた瞬間に目的を忘れてしまった時のような。
思い出せそうで思い出せない、スッキリしないモヤモヤ。
頭を巡らせる過程で視線を下に落とす。もう一度あの大きな傷跡が目に入り、ふと何かを思い出しそうになった。
頭に浮かぶ映像。
そう、あれは、大量の血液と、それと……
剣を持った……怪人……
「目が覚めたようだね、いや、元気そうでなによりだ」
そこまで思い出したところで、俺の思考は突然かけられた低い声によって遮られる。
「まずは挨拶、いや、それよりもお礼を言うのが遅れてしまったね。ありがとう、本当にありがとう、君のお陰で命拾いをした。そしてすまない。平岩蒼汰くん、私は君を、殺してしまった……」
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何だこのおっさん、何を言っている?
訳が分からない。だが、一つ言いたいことは。
「待て、なんで俺の名前を知っている?」
「ああ、すまないが勝手にカバンの中を見させてもらってね、学生証があったからそれを見たんだ」
「なんで俺のカバンの中を見るんだ、ていうか、あんた誰だ。なんで俺はこんなことになってる」
「記憶が混同しているのかもしれないな。いや、それも仕方の無いことだ。何せ一度死んだのだから。では順を追って説明しよう」
訳がわからないという顔をする俺に対して、いきなり現れた初老の男性は気遣うように声をかける。モニターの明かりがメガネのレンズに反射しているため、目元が見えず、その表情は伺いしれない。
俺が一度死んだ?この男に殺された?それでなんで俺がこんな所にいるんだ。なんでこんな事になっているんだ。さっきから空気に晒されっぱなしの肌には鳥肌が立っている。少し冷房が強いのかもしれない。
分からないことしかないし、このおっさんの言葉を脳内で咀嚼すればするほど頭がこんがらがって来るが、説明をしてくれると言うならとりあえず大人しく聞いているしかないだろう。
信用できるかどうかは別として、だ。
「まず自己紹介をしよう。私は『MACT』の研究開発部門の責任者で、脇坂という」
MACT……?
たしか対怪人を専門に行う民間企業だったか。最近怪人の出現でどんどん大きくなってきてテレビで取り上げられてるのをよく見かける。CMもよく見かける。
「君も知っての通り、ここ数年日本では怪人...我々は『ヒール』と呼んでいるが、度々奴らが出没し人々を襲っている。我々MACTはその怪人に対処するため活動している訳だが……」
「はい、MACTの人が怪人と戦っているのをよくネットで見ます」
「それは良かった。では、その戦っている人間……我々はヒーロイドと呼んでいるが、彼らは一体どうやって、人間より遥かに強いヒールと戦い、そして倒していると思う?」
「さあ……」
段々話が見えなくなってきた。それとさっきの発言にどんな関係があるって言うんだ。俺が殺されたってどういう事なんだ。ふと、彼が俯いた顔に悲痛な表情を浮かべていることに気付いた。
俺の疑念などお構い無しに、脇坂と名乗った男はその学者然とした顔を険しくしながら続ける。
「人体改造だよ」
人体改造?
今人体改造と言ったのか?まさか、さっきの想像通りだった、なんてことは無いよな?現代日本でそんな事が行われていると言うのか?
「彼らは人体改造により生まれた改造人間なんだ。そして、私の仕事はその改造人間を作ること」
思わぬ形で知ったヒーローの事実。テレビの向こうの話ではない。しかも、目の前の人間がその改造をしている?
いや、常識的に考えて有り得ない。でも、これは...
待て、それが本当ならもしかして……
「すまない、前置きが長くなったね。さっきの続きを話そう。私はこんな仕事をしているからね。昨日、突然現れたヒールに街で襲われてね。剣を持った大柄な奴だ。そのヒールに斬り掛かられて死んだかと思った。だが、私は無事だった」
やめろ、それ以上は聞きたくない。思い出したくない。
「君が間に入って私を庇ってくれたんだ。すぐにヒーローが駆け付けてくれたのでそのヒールは逃げて行ったが、君は……」
知りたくない!
「現代の医療技術ではとても助からないと思った。何せ上半身と下半身が完全に分離していたし、とんでもない量の出血だった。だが、君のような勇敢な青年をそのまま死なせてはならないと思った。助けて貰った恩もある。だから、私は自分の判断で……」
やめろ、それ以上は言わないでくれ。
「君の体を改造した。その縫合跡はその痕跡だ。平岩くん、君は一度死んで、改造人間として生まれ変わったんだ」
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どれくらいそうしていたのだろう。気が付くと、俺はベッドから落ちて項垂れていた。
どうやら頭が真っ白になって気が付かなかったみたいだ。
そうか、そうか、これでやっと全てが繋がった。
体の縫合後も、この謎の空間も、体の違和感も、ここに至る記憶が無かったことも。
いや、思い出さないようにしていたのか。この際どっちでもいいか。
ベッドから落ちたことに気が付かなかったのも、機械の体になったからかもしれないな、なんて。
改造人間?
ふざけるな。これからどうやって生きていけって言うんだ。俺はどうなってるんだ。
自分がもう既に普通の人間では無いという恐怖、不安、そして疑心。
体中から血の気が引いていく。
いや、もうまともな血液が流れているかすらも怪しいのだ。俺は一体どのくらい俺でなくなってしまったのだろう。
「平岩くん、君は実に勇敢な青年だ。他人のために命を投げ出せる勇気は中々手に入らない物だ」
だからどうしたって言うんだ、クソ。人の気持ちも知らないで。
「その勇気を見込んで頼みたい。どうか、ヒールと戦うヒーローになってくれないか?」
……は?
一瞬、時が止まったような気がした。
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「さあ、まずは変身してみよう」
脇坂氏がいきなり謎の構えをする。右腕と左腕を交差させて上に伸ばす。渡された少し大きめのTシャツを着ながら、少し楽しそうな彼を観察する。
なんでちょっと楽しそうなんだ。こっちは被害者だと言うのに。本当に感謝しているんだろうか。
まあうじうじと悩んでいても仕方ない。俺にばどうしようもない。
恐怖も不安も、無理矢理抑え込む。臭い物には蓋だ。根本的な解決にはならないが、今を乗り切るには必要な手段だ。
「こうしてポーズを取りながら『変身!』と叫び一気に腕を下ろすんだ。」
……なんだろう、ダサい。ダサいぞこれは。
「さあ、早速やってみてくれ」
「はあ……」
やるのか、あれを。
「絶対そのポーズで叫ばなきゃいけないんですか」
「うん、改造人間のパワーは普段抑えられてるからね。変身でパワーを起動させなくちゃいけない。ポーズと発声はそのスイッチになってるんだよ。」
「なら他の動作をスイッチにしたら……」
「プログラムを変更しなくちゃならないから時間がかかる。そんなに待ってられないよ。それに、君はヒーローなんだから」
やるしかないのか。どうやらこの人はよっぽどのヒーローオタクらしい。
俺は渋々腕を上げる。おもむろに右腕と左腕を交差させ、高く掲げる。手の先っぽはどうしてたっけ。まっすぐ伸ばしてたかな。
こんな事までして失敗して不発なんて恥ずかしすぎる。できるだけさっきのを正確に再現しないと。
こんな物かとポーズに納得がいったところで叫ぶ。いや、こんなダサいポーズに納得なんて出来ないな。
「変身!」
一瞬、体が強烈な光に包まれる。
自分から出ている光なのに眩しくて思わず目を瞑る。
体が、熱くなる。
自分が自分でなくなる瞬間。
一瞬の高揚感に体の全てを任せると、体中から力が湧いてくるようだった。
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「どうした? そんなものか?」
両手に大型の拳銃を持ったヒールは愉快そうに口を開く。 その姿は怪人と言うに相応しく、人間の様な体型をしているのに顔も肌も人間とは遠くかけ離れている。
銃口をこちらに向けることもせずただその緑色の目を細めているところから見ても、相当舐められているらしい。まあ無理も無い。俺は尻もちをついた状態から立ち上がれないほどの醜態を晒してしまっているのだから。
みっともないと分かっていても、直前に食らったダメージが大き過ぎて足に力が入らない。それを見て、怪人はさらに愉快そうに笑い声を上げた。
「ヒーロイドなんて言っても、所詮はこんなものか」
ああ、そうだよ。こんなものだよ。仕方ないだろ。体を包む光が徐々に弱まるのを感じながら心の中で毒づく。
「俺の力は……常人のたった1.2倍なんだぞ……」
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