ヒーロー新登場
これはかなりまずいんじゃないか。
走りながらそんなことを考える。
走るのに邪魔な重い武器は投げ捨ててしまいたくなるが、そうするといざ追いつかれた時の対抗手段が無い。
どうしてこんなことになってしまったんだ。いや、自業自得なんだけれど。
いやはや、調子に乗っちゃダメだな。
俺は今、マッチョウサギの怪人に追いかけられている。
人々はとっくに避難してしまったのだろう、街中だと言うのに人っ子一人見当たらない。
アスファルトの上にゴミや乗り捨てられた自転車が落ちているだけだ。
おかげで逃げやすいのだが、いい加減このままという訳にもいかない。他のヒーロイドの到着を待つにしてもいつ来るかもわからないしなぁ。それまで逃げ切れるかどうか。
いやはやどうしたものか...。
と、足音が段々大きくなってきた。常人のたった1.2倍じゃウサギの脚力には勝てないか。
俺は腰から銃を引き抜き、後ろを見ずに何発か撃つ。辺りに人はいないので外れても問題は無い、はずだ。
「ギキィッ!?」
着弾時の爆発音とともに聞こえて来る悲鳴。よしよし、ちゃんと当たったらしいな。
それでも火花と音で驚かせるだけみたいなもんだからな。牽制にしたって効果が薄い。
このまま逃げていてもジリ貧だろう。
仕方がない、気は進まないが闘うことにするか。
銃をしまうと腰から剣を引き抜き、振り返る。
相手がいるであろう方向に剣を構えるとそこにはマッチョウサギが……いなかった。
肩透かしを喰らったように一瞬、ほんの一瞬固まってしまったのがまずかった。頭上から何かの影が差す。
しまった、上か!
慌てて頭上に目線を向けた時にはもう手遅れだった。
ウサギの筋肉質な太い腕が、その先にある大きな爪が、俺を捉える。
必死になってかわそうともがくが……
……間に合わない!
衝撃とともに体が吹き飛ばされた。
かろうじて頭への直撃は避けたものの、胴体にモロだ。
地面に叩きつけられ 、全身に激痛が走る。
「くっそ……いてぇ……」
恐らく脇坂が言っていたように、光と、それから金属の体のおかげで耐えられたのだろう。
改造人間でなければ死んでたかもしれない。
銃も効かない、動きが速くて力も強い。
軍隊や警察ではなく、改造人間がヒールと戦っている理由がよくわかった。
武装してたって普通の人間じゃ何人束になっても勝ち目が無い。それこそミサイルや核兵器で対抗しなきゃならないレベルだ。
しかしそれも現実的ではないし、こう何度も出現されてたんじゃ国が滅んでしまう。
だからこその、改造人間か。
「すげえな……ヒーロイド……」
仰向けに寝転がったまま、そんなことを呟く。
やっぱり無理だ、これは。
俺じゃ足りない。
たったの1.2倍じゃあ、守れるものも守れない。
マッチョウサギが上から俺を覗き込んでくる。死んだかどうか確認って感じか?
死ぬ事なんか怖くないが、こんな所で死ぬのもなんだか不本意だ。
俺は他のヒーロイド達みたいにヒーローにはなれないが、しかし……
「ギャウ!?」
不意を突かれて思い切り仰け反るヒール。その隙に俺は素早く立ち上がり、今撃った銃を構え直す。全身が痛くて仕方がないが、ここで崩れるわけにはいかない。
ヒーローにはなれなくても、せめて意地は通させて貰うことにしよう。
最後まで粘る、それで死ぬ前にヒーロイドが来てくれれば万々歳だ。
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えーと、平日の昼だから矢面は学校だろうし、沢渡さんは多分強いけど普段何してる人か分からないし、他のヒーロイドにはそもそも会った事がないし……
えーっと……ヒーローはいつ来るのかなぁ?
ヒーローは遅れてやってくる、にしても遅すぎるだろう。
「ウガギィ!!」
「うおお、怒ってる怒ってる」
現在、ヒーロイドを待つ俺は、全身の痛みに耐えながらヒールとのかくれんぼに励んでいる。
「グガァ!」
叫びながら、俺が隠れている建物の壁に近い場所を壊すマッチョウサギ。
そろそろか……
銃を握り直し、足に力を込める。さっきのダメージが残っているが、問題ない。
素早く飛び出し……
「グギャッ!?」
撃つ。撃つ。撃つ。
火花がウサギの頭を包み込む。
「ギャアアアア!!」
叫ぶウサギをしり目にその場から逃げ、次の隠れ場所を探す。
先程粘る事を決心した俺は、少し剣を振り回し弾かれたことによって、正攻法での攻略をあっさりと諦めていた。
人生、諦め所を見誤ってはいけない。
正攻法でヒールを倒すことを諦めた俺は戦略的撤退とともに、作戦を変えることにした。建物に隠れて敵を待ち、敵が近づいてきたら撃つという所謂ゲリラ戦法で現在戦っている。
これなら逃げている間で時間を稼げるし、隙を見て倒すことも出来るだろう。
この辺り一帯は人々の避難も済んでいるようなので、逃げるエリアさえ考えれば人的被害も出ないはずだ。
建物や物の損壊は激しいが、そこは大目に見てもらいたい。命には代えられないからな。
さて、そんな事より次の隠れ場所だ。道の上にある遮蔽物は粗方使って壊されてしまったので、建物の中にでも入った方がいいかもしれない。
と、そんな事を思っていたところで、周りの建物より高めの、一際目立つビルの前に出た。
飲食店街のど真ん中に建っているこのビルは、複数の飲食店が入っているタイプの建物らしい。
俺はそのビルの中に足を踏み入れ、隠れる場所を探す。
エレベーターを見つけて乗り込み、七階のボタンを押す。
人が多い時のエレベーターは大嫌いだが、一人だと中々に快適でいいな。心地よい振動を感じていると、全身の痛みと逃げ回った疲労からその場に座り込んでしまいたくなる。ダメだ、これは危ない。一箇所に留まってしまうのは危険だ。
七階に着くと手近な窓を探し、飛びつく。
窓ガラスを開けて下を見れば、丁度ヒールが俺を探して道を歩いているところだった。
イラついたように歩く様子は嫌に人間的だが、あれはマッチョなウサギの化け物だ。
当たるかどうかは微妙だが、 俺は銃を構えるとヒールの方に向けて何度も引き金を引いた。
ヒールの周りに大きく火花が飛び散るが、命中はしない。やはり少し難しかったか。
ウサギがこちらに顔を向ける。その真っ赤な目は七階からでもハッキリと認識できた。
これはまずいと思い、素早く窓から離れる。
さて、次はどこに隠れるか。
別の建物に移るかそれともこの中で逃げ回るか……
と、考えた所でフロア中を揺るがす大きな音が響いた。
後ろから轟音と共に飛んでくる瓦礫やガラスの破片。
嫌な予感しかしないが、そっと後ろを振り返ってみると……
そこにはかなり気が立っているのであろうマッチョウサギが立っていた。
理解が追いつかないが、恐らく下から跳んで来たのだろう。ウサギだし。
いやいや、ここ七階だぞ。いやでもヒールだから有り得るのか?とんでもないな。
これは……もしかしなくてもかなりヤバい。改めて認識するがちょっと策を巡らせただけで勝てる相手ではない。
俺はウサギの方を向いていた顔を半回転させ、そのままダッシュした。
もちろんヒールは俺のことを追いかけて来るが、俺だって当然銃を乱射する。
「グウゥ!!!」
ノールックだが呻き声が聞こえるので恐らく何発かは当たっているのだろう。
フロアの中にいくつかの店があるので、その中の一つに駆け込む。
マッチョに見つからないように店の奥のテーブルに隠れる。
そのまま息を殺してテーブルの陰から入口を見ていると、白い毛皮が見えてくる。
よし、見つかっては無さそうだ。
念の為剣を抜いておき、そのまま白い毛皮の様子を見守る。
ウサギはどんどんと店の奥に入っていく。それに合わせて俺はテーブルに隠れながら、徐々に店の入口側に向かう。
よーし、これなら上手く逃げられそうだ。逃げて時間を稼いで……
「ひっ!?」
その時聞こえてきたのは、明らかにヒールのものでは無い、人間の声。
もちろん俺の声でもない。というか、女の声だ。
テーブルの横から覗き見ると、俺がさっきいたのとは反対側のテーブルに向かって腕を振り上げるヒールがいた。
その下には……恐らく店の制服を着た女性。
一体なんでこんな所に人がいるんだ。逃げ遅れたにしても……いや、今はそんな場合じゃない。というか、俺のせいじゃないか。俺がここに逃げ込んだから……
咄嗟に向かおうとして、ふと思う。
俺が行って助けることが出来るのか、と。
俺はヒーローではない。
力はたったの1.2倍だし、武器も大して役立たない。正面から向かえば間違いなく、今度こそ死ぬだろう。
そうなればあの人を助けるどころじゃない。
確実に二人揃ってお陀仏だ。
それなら他のヒーロイドを待った方がいいか?いや、しかしそんな余裕は無い。
ヒールは本能的に人を襲うらしい。俺を追いかけている最中なら分からないが、今俺は完全にヒールの視界から逃れている。
そんな状態ならヒールは間違いなく目の前の女性を手にかけるだろう。 それにこれは俺の責任だ。
俺は、思わず走り出していた。
耳が長いだけに物音には敏感なのか、ヒールがこちらを向く。
「逃げろ!!」
女性に叫びながら剣を構えた瞬間、ヒールの太い腕が迫り……
今度こそ顔に強烈な一撃を食らった。
吹っ飛んで床にたたきつけられた俺の上にヒールの体重がかかる。身体中が軋むような感覚。よくは見えないが俺の上に飛び乗って来たらしい。
そのまま俺の上で何度もジャンプを繰り返す。
クソ、ゲリラ戦法が裏目に出たな。完全に怒ってる。こいつ、俺をさんざん苦しませて殺す気らしい。
だが、それでいい。このまま俺に夢中になっていてくれれば、その間にあの人が逃げることも出来るだろう。
そう思いながら、なんとかヒールの体の下からすり抜け、さっきの人の方を見ると、怯えながらもなんとか逃げようとしているようで、四つん這いで入口に向かうのが見えた。
よかった。これなら大丈夫だ。
顔に生温かいものを感じ、拭うと結構な量の血がついていた。かなり強烈にやられたらしい。きっと今鏡で顔を見たら真っ赤だろうな。
俺に攻撃から逃れられたヒールが怒り、俺の腹を思い切り蹴り飛ばす。
「ぐあっ!?」
俺は寝転がった姿勢のまま壁に叩きつけられ、全身に痛みと衝撃が走る。
いや、もう痛みもあまり感じなくなってきた。
この感覚はなんとなく覚えがある。そうだ、一度死んだあの時だ。
あの時も体が痛いはずなのに、痛みをあんまり感じなかった。
まさか生き返ってから一週間経たずに死ぬ事になるとは。
脇坂や矢面に怒られそうだな……。
だが、最後に誰かを守って死ぬなら、それでも……
「ギキィッ!!」
「ひっ……!?」
ヒールが逃げようとしていた女性に気付いたようで、不気味に声を上げる。
まずい!ヒールがターゲットを変えた。
いつでも殺せる俺は後回しにして、あの人から狙うつもりか。
クソ、このままじゃ無駄死にだ。何とかしなければと思うものの、体を動かすことが出来ない。
このまま何も出来ずにみすみすあの人を死なせてしまえば。
そうなればほんとの犬死だ。
それだけはダメだ。絶対に。
決めたはずだ。
ヒーローにはなれなくても、意地を通してやると。
死んでも守る、助ける。
あの人を助けるために、粘ってやる。
そのためのヒーロイドだ。そのための武器だ。
そのための、1.2倍。
そうだ、改造人間だ。ヒーロイドだ。
まだ動ける。まだ戦える。
まだ立てる。
「おおおおおおおっ!!!」
叫びながら立ち上がる、走る。
俺は思い切り地面を蹴り、ウサギに渾身の飛び蹴りを放った。
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