纏う初陣

「先輩、弱かったんですか?」


 その一言で俺は凍り付く。

 ここはMACTの一室。ロビーからすぐの溜まり場のようになっている部屋。

 脇坂と話していた俺は武器の制作を決意した……までは良かったのだが。


 話の流れで横にいた矢面が、俺に他の改造人間ほどの力がないことを察したらしい。

 正直、学校の後輩というのもあって一番バレたくない相手ではあったのだが。


「ああ、そういえば矢面くんはまだ知らなかったんだね。平岩くんは改造が体質に合わなくてね、変身しても常人の1.2倍の力しかないんだよ」


 脇坂が無駄に丁寧に説明する。こいつ、許さん。

 そういえば脇坂を庇ったことで改造人間にされた訳だし、案外俺の最大の敵は脇坂なのかもしれない。


「え、でも改造手術を施すには適性検査をパスしないといけませんよね?私も半年くらいかけてやりましたし。体質が合わないなら検査で引っかかるんじゃ……」


 ほう、それは初耳だ。改造人間ってのは本来目覚めたらいきなり改造されてるものじゃないんだな。まあ、当たり前だが……。


「ああ、それはね……」


 さらに余計なことを言おうとする脇坂を止めると、俺はヒソヒソ声で口止めをする。


「それについては、矢面には内緒の方向で」

「え、な、なんで?」

「怒られるから」


 そう、いくら他人を助けるためとはいえ、命を粗末にするような事をしたと言えば、確実に矢面は怒るだろう。昔からそういう奴だった。

 なんて言うか、お節介なんだよなあ。


「なんですか、先輩。コソコソ話して……」

「いや、なんでもない。なんでもないんだ」


 そう、なんでもない。


「まあ、そういう訳だから平岩くんには基本的にみんなのサポートに回ってもらおうと思ってるから」


 脇坂がそんなことを言い出した。いや、そう言えば前もそんなことを言っていたような……

 と、矢面が何やら嬉しそうな表情で近づいてくる。いやはやこれは……


「でしたら先輩、明日からは私と行動しましょう!」

「え、嫌だけど」

「ええっ!?」


 断られた事が意外だったのか、いやに大袈裟に驚いている。

 当たり前だろう。後輩に情けない所を見せられるか。命は捨ててもプライドはそう簡単に捨てるつもりは無い。見栄を張ることは生きていく上でとても大切なことだ。


「とりあえず、すぐに使える武器とかないのか?」

 武器の話をしていた事を思い出し、話を戻す。出来るだけ一人でもヒールに対処できるようになっておきたい。自分に合った武器は後々開発していくにしても、即戦力になる物が欲しい。


「前に試験的に導入した剣と銃ならあるけど……あまりオススメは出来ないよ?」

「大丈夫だ、武器を開発するまでの間に合わせだからな」


 俺の答えに、脇坂は渋々といった風に立ち上がると部屋を出ていき、少ししてからいくつかの物を抱えて戻ってきた。

 その手にはゴツイ印象の片手剣と、ハンドガン。ちょっとした装飾は施してあるものの、無機質な黒色をしていて、軍事用といった印象を受ける。まあミリタリーにそこまで詳しい訳では無いが。


 まず渡された剣を持ってみると、金属的な冷たい感触と、ズシッとした重たい感覚。

 その重量たるや金属バットの比ではなく、実戦でちゃんと振り回せるのか不安になるものだ。

 重量の元になっているのか刃も分厚いような……


「ヒールの装甲を切断するとかは基本無理だから、切れ味よりも当たった時の衝撃の大きさとか刃こぼれのしにくさが優先されてるんだよね。剣の形を取ってるけど実際は打撃武器みたいなもんだよ」

 俺は黙って剣を床に転がした。


「何やってるんですか先輩!?」

「悪い、非力な俺にはその剣は重すぎた」


 少しガッカリだがまあいい。次の銃に期待しよう。

 これまた真っ黒でゴツイ感じの拳銃を持つ。うん、こっちも結構な重量だ。下手にさっきの剣を振り回すよりもこれでぶん殴った方が、案外きちんと当たって威力も乗るかもしれないな。


「その銃も特別仕様でね。ヒールの体はライフル弾でも貫通しないほど硬いのがほとんどだから着弾時に弾が炸裂するようになってるんだ。まあそれでも装甲を通す程の威力はないから主に牽制用なんだけど」


 俺は思いっきり銃を床に投げつけた。


「先輩!?」



 ---------------



「じゃあまあ、その武器使うなら銃刀法あれこれのための届出が必要になるから。それにサインして」

「こんなので許可が降りるのか」


 俺は結局、あの二つの武器を使うことにした。というか、使わざるを得ないのだ。

 武器を使うにはあれこれの書類やら届出やらが必要で、家に帰るのはもう少し先になりそうなので、矢面は先に帰らせた。

 それでこうして脇坂と部屋の中で二人、書類を書いているのだが……


「MACTは民間企業だが国ともある程度連携している。だから武器の使用も届け出れば許可が降りる。まあ流石にミサイルとかは無理だけどね」

「さすがにそこまで期待してないよ」

「ちなみに、これから新しい武器を作ったら一々これ届けないとダメだからね」

「武器……もう諦めようかな……」


 ちょっと挫けそうになっていた。

 氏名だの住所だの生年月日だの目的だの、書き込むことが多くてたった二つでも中々に骨が折れる。


「まあまあ、そう言わずに。戦うためには必要だと思ったんだろう?」

「まあそうだけど……」


 武器を使った所で勝てるかどうかは微妙だ。それならいっそ、横で応援したり避難誘導したり坂を降りてくる自転車を止めたりしてるくらいが丁度いいような気がしてくる。


「どんなのがいい?どういう武器があれば勝てる?」

「さあ、どうだろう。色々模索していくしか無いと思うよ」


 そう、俺はまだ肝心のヒールについても、ヒーロイドについても何も知らなすぎる。

 きっとこれからだと思いながら、今は……


「でも武器を作っても勝てないような気がするしさ。なんで俺の武器が欲しいなんて要望をそんなにホイホイと飲み込んでくれるんだよ」


 新入りのこんな戯言を、よく聞いてくれるものだなと思う。

「まあ、確かに君は弱いけどね」

 おっと、いきなり失礼だな。


「それはあくまで力だけで見た時の話だ。君は昨日と今日だけで何度も人を救う姿勢を見せている。そんな君の心は弱くなどないさ。私も、それに助けられた」

 こうも手放しで褒められると、なんだか照れてしまう。


「君の心は、なによりも大切なヒーローとしての素質だ。検査なんかでは測れない、一番大切な適正だ。それを生かすためなら、苦労は惜しまないよ」


 ああ、そうか。この人はちょっと軽いような、考え無しなような所があるけど、そうじゃなくて、本当は……


「平岩蒼汰くん、改めて頼む。どうか、ヒーロイドとして人々を守るために戦ってほしい」


 なんというか、ズルいと思う。こんなふうに言われて断れるわけが無い。まあ元々断るつもりもないのだが。

 俺はしばらく間を置くと、ゆっくりと話し始めた。


「もちろん、任せてくれ。あと、少し気になったんだが……」

「どうした?」

 話が変わったことで少し驚いたような、拍子抜けしたような顔をし、目を丸くする脇坂にさっきから抱いていた疑問をぶつける。


「昨日今日で何度も人を助ける姿勢をって言ってたけど……」


 たしかに思い当たることはあるにはある。脇坂を助けた以外にも、銃怪人のときのサラリーマンや自転車の男の子、矢面を襲おうとした怪人もぶん殴ったし。

 しかし、しかしだ。


「あんた、一体どこから見ていたんだ?」

 それらはいずれも、脇坂がいない所での出来事のはずなのだが。


「あー、あ、あー……」

 脇坂は少し口篭ると

「君、意外と頭が回るね」

 と言い、苦笑いを浮かべた。



 ---------------



 数日後、無事届出を終えた俺は、武器たちの初陣のためヒールの元へと向かっていた。


 変身して光を放ちながら街中を走るのは俺一人。しかし今回は置いていかれた訳ではない。

 他のヒーロイドを待ってサポートに回れとうるさい脇坂を振り切ってきたのだ。

 人間、言われたことに従っているだけではダメになってしまうからな。


 大丈夫、今回はこの前のように死にかける様なことにはならない、はずだ。

 何せ俺にはこいつらがいるのだから。

 俺は腰から下げた剣と銃をチラッと見ると走りながら考える。

 走るのにはちょっと邪魔だな、と。


 街中のちょっとした飲食店街にその怪人はいた。

 そいつはまさに怪物といった姿をしており……


「……うさぎ?マッチョ?」


 筋骨隆々のマッチョ体型のウサギが、二足歩行でそこに立っていた。

 ちょっと何言ってるか分からないが俺もわかってない。

 金属の様な質感の胸当てと篭手、脛当てらしきもの以外は全て毛皮で包まれているそれは、毛皮では隠せないほど盛り上がった筋肉を持っていた。

 これはちょっと予想外だ。ヒールにも色々な奴がいるもんなんだなぁ。


「ヒー……ロイ……?」

 赤く光る目がこちらに向く。変身して光っている俺を見て、俺がヒーロイドだと悟ったのだろう。口を開き、頑強な前歯を見せながら途切れ途切れに呟く。

 うん、何か怖い。

 俺はホルスターから引き抜いたズッシリと重たい銃を肩の高さまで引き上げると、無表情に銃口を向け、何の躊躇いもなく発砲した。


「ウゥ……グウウ……」

 手に確かな反動を感じながらウサギの方を見る。もっと反動が大きいかと思っていたのだが、大した衝撃ではなかった。改造人間にはこれくらいなんてもないのかもしれない。


 派手に火花を上げて爆発する銃弾を浴び、呻くマッチョウサギ。その様子がとんでもなく不気味で、ホラー作品から飛び出して来たモンスターか何かじゃないかと……


「フンッ!!」

 と、モンスターがいきなり飛びかかってくる。


 どうやら俺の放った銃弾はあまり効き目が無かったようで、ウサギの毛を少し焦がすに留まっている様だった。クソ、やっぱり大して効果は無いか。牽制用にもなってないぞ。

 腰から剣を引き抜き飛びかかってきたマッチョに応戦する。


「おりゃあっ!!」

 あの重たくて振り回せそうになかった剣も、両手で扱えば上段から振り下ろすくらいはできる。


 思い切り振り下ろし、ウサギの頭に吸い込まれて行った剣は火花を散らしながらガツンと大きな音を立て……

 ウサギを地面に叩きつけていた。


 刃は少し頭に沈んでいるものの、切れたという感じでは全く無く、脇坂の打撃武器という表現が正しかった事を思い知った。

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