お面への挑戦
「先輩、遅かったじゃないですか。もう終わりに近いですよ?」
ようやく追いついた俺に気が付き、そう話しかけてくるお面のヒーロー……もとい高校の後輩こと矢面は、桃色の光をその身に纏いながら余裕といった感じでヒールと対峙していた。
一方のヒールはというと、元の姿を知らない俺が見てもわかるほど、明らかにボロボロにされていた。
折れたツノ、片方なくなった腕、変な方向に曲がった脚。うーむ、いくら相手が異形の怪物とはいえ、ベースが人型だと少し残酷な気持ちになるな。
いや、これも人類のため、か。
などと、俺が自分でやった訳でもない残虐行為に対して葛藤している間に、ヒールがくるりと後ろを向いて逃げ出した。さすが怪人だけあって、脚がおかしな方向に曲がっていることをものともせず結構な初速で走り出したが、
「逃がすか!」
お面の飛び蹴りを食らい、その場に倒れ込んだ。
ヒールは隙を見て逃げようとしたようだが、うちの後輩には隙など無かったらしい。
いやはや、これは完全に勝負ありだな。
「どうしたんですか先輩?随分ゆっくりでしたけど」
矢面がお面越しのくぐもった声で話しかけてくる。脚力の差で置いて行かれたんだけどなぁ。
もしかしてこいつは俺の力がたったの1.2倍ってことを知らないのか。
そういう事ならもう暫く知らないままでいてもらう事にしよう。
ちらっとヒールの方を一瞥すると、動いてはいないが完全に死んでいるのかは判別出来ない。なんせ爆発してないし。
矢面に近付くには必然的に近くにいるヒールにも近付かなければならない。用心のために転がっていた鉄パイプの様な物を拾ってから矢面の方に歩いていく。いきなり動き出しても嫌だからな。
「お前に置いて行かれたからな」
「あ、そ、それはすみません」
「ていうか、なんでお面付けてんだよ」
「ああ、これは……」
矢面が言いかけた所で、先程まで沈黙していたヒールが突如飛び起き……
「馬鹿め!!油断したな!!」
雑魚のようなセリフを叫びながら、矢面に背後から飛びかかった!
咄嗟に反応出来ず、固まっている矢面。
片方だけ残った異形の腕が小柄な体に届きかけた瞬間。
俺は反射的に、持っていた鉄パイプの様な物でヒールを思い切りぶっ叩いた。
「げあっ!?」
「うわ折れたぁ!!」
鉄パイプの様な物はヒールに当たった部分から折れ、先が飛んでいく。
一方のヒールはというと、それでも鉄パイプの様な物が効いたらしく、後ろに大きく仰け反る。
いやはや、やはりというかなんというか、硬すぎる。鉄パイプの様な物が真っ二つに折れるとは。
しかもこれでも致命傷には至らなかったらしく、体勢を立て直そうとしている。
と、不意を突かれて反応が遅れていた矢面が、黒髪を揺らしながら前に出る。
面で隠れて顔は見えないが、なんと言うか、すごく、怒っている様なオーラがある。
「まだ生きていたんですか。いや、まあ仕方の無いことです。私が甘かっただけの話」
なんだか怖い。
ヒールではないがこのまま逃げ出してしまいたい気持ちになる。
「次こそきっちり息の根を止めます」
そう宣言すると、矢面はその場に深く踏み込み、次の瞬間にはヒールの目の前に迫っていた。
大きく振りかぶった拳を思い切り振り抜く矢面。
気のせいか、ヒールを殴る瞬間、矢面の体を包む桃色の光が一瞬だけ強くなった気がした。
ゴッ、と言う効果音と共に向こうへと吹っ飛ばされてたヒールは、やはりというかなんというか……
着地と同時にその場で爆発した。
---------------
ヒールを倒した後の諸々の処理を終え、MACTに帰る道すがら、矢面と話しながら歩く。矢面も、ヒールを倒した後はお面を外しているので、顔を見て話すことが出来る。
今度は急ぐ必要も無いので変身もせず、夕焼け空を眺めながらゆっくり歩いて帰っている。
「なあ、矢面。さっきも言いかけたんだけどさ」
俺は矢面の方を向きながら先程からの疑問を口にする。
「なんですか?」
「なんでお面を被って戦ってるんだ?」
矢面はどう説明しようかと考えるかのような顔をして、少し間を置いて口を開いた。
「私は顔出しNGなんです」
……は?
「顔出しNG?って……なんの?」
「先輩、ヒーロイドがテレビに出てるのを見た事は?」
なんの話だろう。
「ああ、まあニュースとかで少し……」
「それに顔が映らないようにしてるんです」
「なんでまた……」
「色々面倒ですし……そもそもSNSとかでも顔写った写真とかは上げないですね」
いやはやなんと言うか、現代っ子なんだなぁ……
俺が子供の時見てたテレビのヒーローとは全然違うな。あいつら正体隠す気ゼロだったし。
「じゃあ、今日入って来た時のお面は……?」
そうだ、正体バレ防止ならあの時般若の面を被っている必要は無かったはずだ。
尋ねると矢面は少し微妙な……何か迷う様な様子を見せ、やがて意を決した様に頷いた。
「先輩、私の部屋に来ませんか?」
---------------
女の子の部屋に誘われるという魅惑的な誘いを受け、俺達は何故かMACTに戻って来ていた。
「あの、部屋ってのは……」
「MACTにはヒーロイド一人一人に宛てがわれた部屋があるんです」
あ、なるほど。そういう事でしたか。
って、ちょっと待ってくれ。そんなの初耳だぞ。俺はまだ部屋を貰っていない。
後で脇坂に要求することを心に誓いつつ矢面について行くと、やがて左右にドアが並ぶ長い廊下に着いた。
規則的にいくつも並ぶドアの中の一つ、掛けられたプレートに「矢面」と書いてあるドアの前に辿り着くと、矢面が鍵を開け部屋の中に入れてくれた。生活空間では無いとはいえ、何気に初めて入った女子の部屋は……
なんと言うか、すごくお面だった。
「えっと、これは……?」
部屋中の壁という壁、どころか棚にまで飾られたお面の数々。民芸品の様な木製の能面から、お祭りの屋台に置いてあるようなセルロイドのお面まで。どこの国のものだか分からないが民族的なお面にガスマスク、仮面、果てには怪獣の首から上のパーツまで。
おおよそ思いつくお面の類は、いや、そうでない物まで、多くのお面類が揃っている。
「これが私がお面を付けるもう一つの理由です」
んー、ん、ん、ん……つまり、つまりそういう事か。
あまり聞きたくはないが、確認の意味も込めて尋ねる。
「つまり、矢面は……」
「私、お面が大好きで……観賞用としてはもちろん、自分で付けるのにも……」
あ、顔がちょっとうっとりしてる。何故か頬をほんのりと赤く染めている矢面から目線をそらし、失礼だとは思いながらも部屋の中を改めてしげしげと見渡す。
そして無理矢理納得することにした。
矢面は、面類が大好きなんだなぁ。
「私とお面の馴れ初めをお話ししましょう」
いや、いいよ。あんまり聞きたくないし。
拒否しようとするものの、そんな気力も湧いてこず、言葉として紡がれないまま。
「あれは私が小学二年生の時……」
結局話を聞かされるハメになっていた。
「父親と一緒にお祭りに行った私は色とりどりの屋台に夢中でした。あちこちの屋台を見ていると私の目に飛び込んで来たのが、そう、お面の屋台でした。そこに並んでいた当時人気だったキャラクターや能面風の物など、数々のお面は私を魅了し……」
あ、これはアレだ。オタクが好きな物について語ってる時のアレだ。うん。俺も経験あるもん。
「と、言うわけで先輩、どうです?この際ですし、仮面系ヒーロー目指してみません?」
「断る」
大体は聞き流していたが、これだけはきちんと返事をさせてもらった。
「そんなぁ……」
そんな残念そうにされてもダメだ。ここで乗ってしまうと後々がとても面倒くさそうだ。
俺は黙って回れ右すると、来た道を引き返す事にした。
---------------
「という訳で、武器が欲しい」
「いや、そうは言っても……」
もうすっかり日も暮れた頃。矢面の部屋を後にした俺は、脇坂の所に来ていた。目的はもちろん、自室をせびる為である。
部屋についてはおいおい話を進めて行くつもりだったらしいのでまたの機会ということになったのだが。
今日の戦いを思い出した俺は、ついでに武器もせびる事にしたのだった。
「そもそも俺の力は弱すぎて、武器でも無いと話にならないんだよ」
「でもねえ、ヒールに武器は相性悪いから……」
「相性が悪い?」
どういう事だ。
「ほら、沢渡くんも矢面くんも、それから多分君がテレビでみたヒーロイドも、ヒールと戦ってる時に武器を持っていたことがあったかい?」
そう言われてみれば、無かったような……
「ちなみに、その理由ってのは……」
「ヒーロイドが変身時に身に纏う光、あれはなんだと思う?」
おっと、いきなり話が変わった。もしかしてその光の正体が武器を持たない理由になるんだろうか。
とりあえずここは素直に話を聞くことにする。
「いや、わからない」
昨日ヒーロイドが光ることを知ったばかりなんだ。わかる訳が無い。
今の俺にわかっているのは、人によって光の色が違うことくらいか。
俺は白、確か沢渡さんは青で矢面はピンクだった。
「改造人間は変身でその人並み外れたパワーを引き出すスイッチを入れる。そしてそのパワーを発揮する時、体の中のエネルギーが光として外に発現する!」
ふむ。バトル漫画のオーラ的なやつか。よく分からないのでそういう風に解釈しておくことにする。そこまで見当違いな見立てでも無いはずだ。
「しかも、そのエネルギーの光はヒールの攻撃から自身を守る鎧となり、ヒールを倒す武器になる!」
「武器に」
「そう、武器だ!ヒールの装甲は分厚く、硬い。銃弾も全く歯が立たないほどに」
「銃弾が」
中々の情報に思わずオウム返しをしてしまう。
「鉄パイプで殴ってもあまり効いてなかったでしょう?」
と、横から矢面が口を挟む。
なんだ居たのか。てっきりもう帰ったんだと思っていた。
「鉄パイプの様な物、だ。二度と間違えるな」
「いや、あれどう見ても鉄パイプ……」
「二度と間違えるな」
「……ごめんなさい」
「……もういいかな?」
矢面を謝らせていると、脇坂が恐る恐るといった感じで話しかけてきた。
おっと、そういえばこの人の話を聞いてるんだった。
「それで?銃弾が効かないヒール相手にエネルギーの光がどう武器になるんだ?」
「さっきから流してたけど平岩くん敬語使わなくなったね...まあいいけど。で、だ。そんなヒールの装甲を突き抜けて素体ともいえる部分に直接ダメージを与えられるのがあの光な訳だ」
なるほど、そういうメカニズムだったのか。鎧になるということは、銃弾を食らってもそこまでダメージが無かったのも、体が金属になっていただけじゃなくて、光に守られていたからとういのもあったのかもしれない。
矢面の時も鉄パイプの様な物じゃなくて直接殴ってたらもう少しヒールにダメージを与えられてたかもしれないな。
なんだ、あの光最強の武器じゃないか。それなら武器もいらないな。
よし、これからは肉弾戦をしていくことにしよう。
「まあ、君の場合はその光も、光の攻撃力も他のヒーロイド達より弱いんだけどね。武器を使うより多少威力が上がるだろうけど、そこまで劇的には変化しないかも」
俺は武器を制作させることを決意した。
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