ヒーロイドメロディ・ヒールメモリー
白い毛に覆われたウサギの腹に、俺の渾身の飛び蹴りが命中する。ヒールは少しよろめくものの、大して効いてはいない様だ。
だが関係ない。
そのままの勢いで腰の剣を抜き、剣先を下に向け思い切り振り下ろす。
狙いは、ヒールの爪先。
爪先は装甲に覆われておらず、また剣の重量もそれなりにあるからか、大した抵抗もなく爪先に剣が通る。
「ウギャガァ!?」
ヒールが今までの比にならない悲鳴を上げる。間違いなく今日一番の有効打だろう。
ざまあみろ。一矢報いてやったぞ。
爪先をその場につなぎ止められた事で、ヒールは動けないでいる。
俺はヒールから距離を取ると一度変身を解除する。体から放たれていた光が消えると同時に銃を構えると、動けないでいるヒールに一方的に銃弾を撃ち込んでやる。
「ウグゥ……」
火花と煙で様子はあまり見えないが、呻いているしそこそこ効いているんだろう。
一応普通の拳銃より威力はある訳だしな。
ヒーロー的にはアウトな戦法だが、俺はヒーローでは無いので問題ない……はずだ。
「早く逃げろ!」
先程の女性がまだ動けずにいたようなので声をかける。女性はハッとしたように顔をこちらに向けると、お礼を言って慌てて出口に向かっていった。
申し訳ないが、全身ボロボロで運んで行ってあげることも出来ない。自力で頑張って逃げてくれ。
しかし変身無しで銃を撃つのも結構しんどい。反動が大きすぎる。乱射なんかしているが、そろそろ腕の感覚が無くなって来たぞ。
ただでさえ全身が痛むのに反動でボロボロだ。そろそろ痛みで頭がクラクラしそう。
と、その時。煙の中でゆらりと何かが動いた。そろそろか。
銃を撃つのをやめ、感覚の無い腕を頭上に持ってくると、その何かことヒールは爪先に刺さっていた剣を投げ捨てた。
まあ、ここまでは想定内だ。あんな事で倒せるとは思っていない。
ヒールは姿勢を低くすると、こちらに突っ込んで来る。
こいつは行動が読みやすい。こちらを見るとすぐに真っ直ぐ突進をしてくる。
それを確認した瞬間、頭上で構えていた腕を振り下ろし、叫ぶ。
「変身!!!」
途端、俺の体が強烈な光に包まれる。
「ギィッ!?」
俺を真っ直ぐに見詰めていた赤い目が細められ、閉じられる。
変身時の光で目潰しをしてやった。
体が光に包まれるとなんとも言えない安心感がある。まあ、鎧代わりになってる訳だからな。
一時的に視力を奪われたであろうウサギは、そのまま進行方向に頭から突っ込んでいく。が、目が見えていないので簡単に避けられる。
目を抑えながら立ち上がるヒールに後ろから飛び蹴りを食らわせる。
次は不意を突かれたからかウサギは前に倒れ込む。そのまま俺も倒れ込むが、ふらつく脚で素早く立ち上がり、そのままヒールの上に飛び乗って背中を踏み付ける。
さっきのお返しだ。
しかし目潰しの効果は一時的な物だ。すぐに離れ、先程投げ捨てられた剣を拾いに行く。
視力が戻ったらしいヒールは再び赤い目でこちらを睨んでいる。
銃を構えたが、威力がそこまで高くないことはわかっているらしく、気にせずに突進してくる。
だが銃の威力は学んでもこちらは学ばないらしい。
俺は近くの椅子をとり、ヒールの足元に向けて投げつける。
下手にスピードがあるだけに咄嗟には避けられなかったようで、ヒールは椅子に足を取られすっ転んだ。その様子をしり目に俺もその場から離れることにする。
出口から辺りを見回すと、あの女性は見当たらなかった。よし、ちゃんと逃げられたらしいな。
振り返ってみると、ヒールがこちらに赤い目を向けている。
よーし、それでいい、俺は階段に向かって走り出す。ヒールも着いてきているようで、足音が聞こえる。
ヒールから逃げるように階段を駆け上がる。あと三階分。
下から階段を駆け上がってくる足音が聞こえる。俺の足音を追っているのだろう。しっかり追いかけてきている。
二階分ほど上がったところで、ウサギが後ろからジャンプしてきて、一気に距離を詰められる。
俺のすぐ後ろに着地すると同時にヒールは腕を突き出して来るが、それよりも一瞬早く飛び上がった俺は、顔を思い切り蹴り飛ばして距離を取る。
着地に失敗し倒れ込んだが、ヒールの方もバランスを崩したらしく、階段を転がり落ちて行った。ここまで割と一方的に攻撃出来ているが、あまり効いているような感じがしない。いつまで攻撃されずにいられるかも問題だし。
ヒールが踊り場に突っ込む様子を見届け立ち上がろうとするが、そろそろ体が限界に近く、足に力が入らない。
それでも腰から剣を引き抜き、杖代わりにして立ち上がる。
今の俺の姿ははたから見れば情けなく、おおよそヒーローと呼べるようなものでは無いだろう。
しかしそれでも立ち上がらなければならない。
このままここで倒れる訳には行かない。
俺が倒れたら、次はあの女性が狙われるだろう。どこまで逃げたのかは分からないが、この短時間ではそこまで遠くにも逃げられてはいないだろう。
ヒールをあの人から引き離す為にも、立ち上がらなければならない。
剣の先を床につきながらもう一階分階段を登っていく。
ヒールが追いかけて来る足音がする。しかし俺は追いつかれる訳には行かない。
最後の力を振り絞り、走る。
目の前に扉が見える。足音がすぐ後ろに迫る。
ドアノブを捻る。扉を、開く。
扉の先から光が差し込んで来る。俺はその光の中に、全身で飛び込んだ。
屋上に飛び出し、振り返る。
さっき開けた扉からヒールが飛び出してくると、ヒールの上半身に掴みかかるべく、一気に間合いを詰める。
驚いた様子のウサギは隙だらけで、腕を出す余裕もなさそうだ。
そのままガッシリとした首に左腕を絡め、抱き合うように密着すると、ウサギの顔がすぐ近くに迫る。獣の臭いが鼻をつくが気にしている余裕は無い。
空いた方の右手で銃を引き抜き、相手の赤い目に銃口を向けると、躊躇なく何度も引き金を引いた。
「ウガギアギャァァァァ!!!」
ウサギが今までで一番の悲鳴を上げる。
当たり前だ。こいつがどんな生物でも目に装甲はないだろう。
顔のすぐ側で火花が散り銃声が響くが、俺はごく冷静に引き金を引き続ける。
ウサギの太い腕が俺の背中をつかみ、引き剥がそうともがく。
しかし俺も左腕を緩めずにしがみつく。しかしそろそろ限界が近く、左腕がさっきからブルブルと震えている。痛くて痛くてどうしようもない。
「暴れんなこの野郎!!もう片方の目も潰してやる!」
俺はキレ気味に叫びながらさっきと逆の方の目に銃口を向ける。必死に歯を食いしばっていると自然と眉間にシワが寄り、ヒールをキッと睨みつけるようになる。
ウサギは咄嗟に目を瞑るが、瞼程度で銃弾が防げるものか。
容赦なく何度も銃弾を叩き込んでやる。
「ウギッ!!グギィッ!!」
悲鳴を上げ、とうとう俺から手を離して両手で目を覆い出した。
そろそろこっちも限界だ。ウサギの白い腹を蹴り、飛び退く。着地と同時にウサギと反対の方向に走り出し、剣を拾うと屋上の端のフェンスに体を預ける。
正直、何かにもたれかかっていないと立って居られない。脚が笑っている。
しかし、これならどうにかなりそうだ。
俺は剣でフェンスを何度も叩きながら、振り返ってヒールの様子を伺う。
ヒールはまだ目を抑えてうずくまっているが、こちらに向かってくるのも時間の問題か。
フェンスを叩き続けていると、金網が破け、間が出来る。
破壊したフェンスのすぐ前に剣をついて立ち上がる。剣はここまでの戦いで刃こぼれし、先端が欠け、ボロボロになっている。
ヒールの方を伺うと、ヒールが長い耳を立ててこちらを向いていた。
どうやら視力を失ったために音で俺を探し出したらしい。目を閉じているがしっかりとこちらの方を向いている。
また銃を構え、何発か撃ってやる。
当たりはしなかったが、挑発には丁度良いだろう。
「グガァ!!」
相変わらずのワンパターンでウサギがこちらに突進してくる。
ここで避けても音で気が付かれる。そうしたら軌道が逸れる。タイミングが肝心だ。
まだ、まだだ。もう少し。
今だ!
銃を撃つ。火花が散るがヒールは全く気にせずに突っ込んでくる。大きな腕が迫って来る。
それを直前で躱し、思い切り右に飛び退く。
ウサギはさっきまで俺がいた場所に飛び込み、そこを超え、さっき破壊しておいたフェンスの隙間も抜け、その脚はやがて空を蹴る。
思い切り空中に飛び出したヒールは、周りが見えないため一瞬何が起こったのか分からないと言った様子で止まっている。
勢い良く突っ込んできたヒールは、俺が破壊しておいたフェンスの隙間に飛び込み、そのまま外に飛び出して行ったのだ。
やがてヒールは落下を始め、しばらく後、下から轟音が響いてくる。
地面に四つん這いになりながら破壊したフェンスの間をぬけ、縁からビルの下を覗き込む。
疲労で目が霞むが、アスファルトの道路に出来た小さなクレーターと、その真ん中に真っ白なウサギの姿が見えた。
これは……倒した……のだろうか。
爆発してないからなんとも言えないが、この高さから落ちて生きているとも思えない。
安心して気が抜けると身体中から力が抜けていくようだった。しかし緊張が解けると忘れていた痛みがどっと押し寄せてくる。全身が痛くて仕方ない。
安堵からその場に倒れこもうとした時……
下から白い大きな物体が飛び上がってきた。
その白い物体……いや、ウサギのヒールは俺の頭上を飛び越し、後ろに立つ。
胸の装甲がひび割れ白い毛は砂埃で汚れ、腕はグシャグシャに曲がっているが、その上で尚、俺の前にどっしりと立っている。
あれでまだ死んでいないとは、ヒール恐るべしと言ったところか。
しかし、ヒールは着地からほぼ動かずにいる。
俺が剣を支えに最後の力を振り絞って立ち上がると、ピクッと僅かにだけヒールが反応し、腕を持ち上げる。
どうやらまだ攻撃して来るつもりらしい。
俺は呼吸を整えると、ウサギに向かって剣を投げつける。剣が重いせいで腕がひん曲がりそうになったしスピードも乗らなかったが、それでもなんとかヒールの所まで届く。
それに反応したヒールは腕を振り下ろし、剣を叩き落とした。 既にボロボロになった剣は次使えるかどうかも怪しい状態だ。
剣を叩き落とした一瞬の隙を狙ってヒールの元に駆け寄り、腕を踏み付ける。それに合わせて腕が押さえつけられ、ウサギはそのまま前のめりになる。
マッチョウサギの腕は太く、頼りないながらも足場となり、腕を蹴った勢いのまま鼻先に膝蹴りを叩き込む。その瞬間、俺の体を包んでいた光が全て、脚を通してヒールに乗り移った。
何が起こったのかわからず一瞬戸惑うが、ウサギはそのまま後ろ向きに倒れる。
体中を微量の光に包まれたヒールからポンッと小さな音がする。やがてヒールを包んでいた光が消えると、ヒールはそのまま動かなくなった。
今度こそ、決着が着いたらしい。
「終わ……」
そのまま俺も後ろ向きに倒れると、もう僅かな力が残っておらず、そのまま動けなくなった。声も途中で途切れ、浅い呼吸を繰り返すのが精一杯になる。
穏やかな風が優しく頬を撫で、今度こそ安堵した俺は、そのまま静かに目を閉じた。
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