07

「……なんとかオーバーヒートせずに済んだか」

 目の前で細身の怪人が倒れるのを確認し、ひとまず安堵する。

 必殺技ことブラスト・レイを使うと、通常オーバーヒートして変身は解けてしまうが、今回は出力をセーブしたためなんとか変身解除は避けられた。

 まあ少々威力が足りず、直接殴ってトドメを刺す必要が出てしまったが。


 本当はゼロゴー相手にブラスト・レイまで使うつもりはなかった。

 後々に備えてスタミナを温存しておきたかったが、あのまま時間を稼がれていたら今以上に消耗していただろう。仕方が無い。


 残る一人は、ゼロゴー以上に厄介な相手だ。


 意識を失ったゼロゴーに駆け寄ってきた青年をチラリと見る。

 若く、まだまだ未熟なヒーロイド。

 単純な力だけならば先に倒した二人のヒールの足元にも及ばないが、その力不足を補って余りあるほどに頭が回る。自分の身を捨てて戦うメンタルがある。何より、ここぞという時に発揮される力。


 ある意味一番相手にしたくない。


 いや、今ならこのまま逃げてしまうことも可能だろう。

 頼みにしていたらしいゼロフォー、ゼロゴーは既にダウンしている。

 目の前で背を向ければ、どれだけ追いかけても距離が引き離されるだけで、追いついて来られないはずだ。自分と彼の間には、脚力だけでもそれだけの差がある。


 しかしそれはおそらく愚策だろう。

 自分はこれからもヒールと戦わなければならない。

 この青年は、その度に何度でも自分の前に姿を現すだろう。

 次は、他のヒーロイド達も連れてくるかもしれない。


 それならば、いっそ。

 今ここで一度痛い目に遭ってもらった方がいい、か?


 いや、どれだけあっさりと倒されたとしても、彼は何度でも立ち上がってくる。

 目的のためなら、決して諦めないだろう。


 それならば、物理的に動けなくなってもらうしかない。

 なに、ヒーロイドならば後遺症が残ることも無い。

 ただ補修が面倒な個所をいくつか壊すだけだ。


 ヒーロイドの被害者である彼を傷つけてしまうことは本意ではないが。


 すまん、平岩。

 批判は後でいくらでも受け付ける。

 ……生きて聞けないかもしれないが。


「……逃げないんですか?沢渡さん……」

「ああ、お互いに戦う理由があるからな」

 静かに、力強く互いに言葉を紡ぐ。

 目の前のちっぽけな青年が、さっき戦った二人のヒールよりも、一層大きく見えた。

 ハイレベルすぎて手が出せないなどと、先ほどまで横で騒いでいたのと同一人物だとは思えない。


 互いに、戦う理由は同じ。

 相手とその先に違いはあれど、結論はシンプル。


 殴ってでも言うことを聞かせる。


 ただ、それだけだ。


「変身!!」

 頭上で交差させた腕を素早く下ろし、体中から眩い光を放つ。

 平岩の常套手段だ。

 他のヒーロイドにも同様の機能があるが、こな光を目潰しに使っているのは平岩だけだろう。

 変身する直前の無防備な姿を相手に晒しながら、攻撃を受けないように、それでも相手の注意を自分に十分仕向けて。


 しかし所詮は初見殺し。

 手の内を知っていれば、目を逸らして対応ができる。

 だがここでもう一つ。


 改めて視線を正面に戻した時、そこに平岩の姿は無かった。

 やはりか。

 あいつが、手の内を知られた上でいつも通りの手段を使う訳が無い。

 そこにもうひとひねり加えてくるはずだ。


 例えば、上!


 見上げた先には、太陽を背にした黒い影。

 日光が網膜に突き刺さり、頭の奥がジンと痛くなる。

 なるほど、ここまで計算済みか。


 ならばここは、一旦下がって確実に攻撃を躱す。

 大きく後ろに飛び退くと、地面を蹴ったまま伸びた右足に、何かが絡みついた。

 これは、そうだ。平岩の腕に仕込まれたワイヤー。


 そんなところまで改造しているヒーロイドもいないが、彼なりに力不足を補おうとした結果らしい。

 しかし、そういうところも含めて、やはり平岩は被害者だ。

 これ以上MACTの勝手な因縁に巻き込むことはできない。


 尻から地面に落ちた瞬間、咄嗟に体を折って右足から伸びるワイヤーを掴み、左足で踏ん張りながら思い切り引っ張った。

 案外、あっさりとした手応え。

 いや、違う、これは。

 巻き取っているんだ。


 俺のワイヤーを引っ張る力と、あいつ自身がワイヤーを巻き取る力を合わせて、こちらに突っ込んでくる、つもり……

 悟った時には、目の前に膝が飛んできていた。


 激しい激突音の後、視界が真っ白になる。

 頭がふらつく。

 今俺は、どういう体制になっている?立っているのか?倒れているのか?


 頭をやられた。

 目から星が出るというのはこういうことだな、まったく。


 しばらくして感覚がはっきりしてくると、立ち上がった状態で無意識にファイティングポーズを取っていた自分に気が付く。

 どうやら体に染みついているらしい。

 そして目の前には膝を抱え込んで座り込むヒーロイド。


「まさか咄嗟に頭突きで切り返して来るとは……いつぅ……」

 反射的にそれくらいできなければ、ここまで生き残っていない。


 うーむ。

 この勝負、意外とあっさり決着がつくか?






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