ゼロナナ

 暗い、暗い廊下を歩いていく。

 MACTの無機質で明るい廊下とは違い、古い洋館といった作りの建物は、所々にある切れかけの豆電球しか明かりがなく足元がおぼつかない。


 事前にメールで寄越された案内通りに来たはずなのだが、はてもしかしてどこかで道を間違えたかなという気がしてくる。

 複数の人間が住んでいると聞いていたが、とてもそうは思えない。

 電気が通っていること自体何かのバグのように感じる。


 もしも建物を間違っていたとしたら、もしかして俺は犯罪者だろうか。

 館内の不気味さよりも、そういった社会的な不安に駆られている自分に苦笑し足を止める。


 今自分が歩いてきた方を振り返ると、丁度扉から出てくる人影が見えた。


 背中から生えた巨大なトゲ。

 二メートルを優に超す身の丈。

 そして、硬質な装甲。

 見覚えのある容姿に軽い安堵を覚え、そちらにゆっくりと歩み寄る。


「ああ、来てたのか。呼んでくれたら良かったのに」

 ゼロフォーを自称する知り合いは、相変わらず軽い調子で声をかけてくる。

 どれだけ大声で叫ばせるつもりだと苦笑しながら、ゆっくりと先導する巨体を追いかける。


「メール送ったんだから、あれに返信するとかさ」

 ああなるほどと思いかけたが、すぐさま思い直す。

 まさかメールアドレスを持っているとは思っていなかったし、お前からメールが来るとも思ってなかったんだよ。


 正直ここで会うまでは本人かどうかも半信半疑だったんだ。

 そんな得体の知れないアドレスにそうホイホイと返信するものか。


「いや、『ゼロフォーだ』なんて名乗ってくる詐欺は無いだろ」

 まあそれもそうか。


 久しぶりに会った知り合いと話している内に目的の部屋の前に着く。


 重々しい木製の扉を開け室内に入ると、またしても見覚えのある顔が出迎えた。

 えー、確かこいつは……


「お久しぶりぃ、僕のこと覚えてるぅ?ゼロゴーだよぉ」

 ああ、そうだった。

 前とは格好が違うから分からなかった。


 ゼロゴーはその細長い体をくねらせながらにこやかに話し続ける。


「冷たいよねぇ。まあ怪人とヒーローだもんねぇ」

 ……そういう言い方をされると反応に困る。

 こいつの場合、わかってて言っているので余計にタチが悪い。


「ふふ。ほんっと真面目で、不器用だねぇ……」

 ニコニコと笑いながら、それでも後半は声の調子を下げながら部屋を出て行く。


 ゼロゴーがさっきまでいた場所の後ろには中学生ほどの少年がいて、ソファに深々と身を沈めながら寛いでいた。

 虚ろな目でこちらに視線をやった少年は、今俺の存在に気付いたと言わんばかりの反応をしながらこちらに笑いかける。


「やあ、お久しぶり……だっけ?」

「ああ、2年ぶりくらいかな」

 消え入りそうなか細い声は相変わらず。

 その弱々しい姿を見続けるのは苦しいが、目を逸らす訳にはいかない。


「ゼロナナ……じゃない。本名が……サワタリ……?」

 俺は後悔を噛み締めながら青の上着を脱ぎ、少年……ゼロイチのそばにあった椅子に腰を下ろした。

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