ゼロナナの苦言
「……ヒーロイドって、なんでヒーロイドなんて名前してると思う?」
その言葉は脳裏にこびりつき、何度も繰り返し思い出す。
反復してはその意味を考える。
ヒーロイドの名前が一体何を示しているというのか。
改造人間だからヒーローのアンドロイド、くらいに思っていたのだが。
ゼロゴーと名乗った細身のヒールは詳しいことは脇坂に聞けと言った。
何故あいつらは脇坂のことを知っているのか。
敵対組織の事だから調査把握している?という様にも見えなかったし、いやはや……。
そして、沢渡さんのことをまるであいつらの仲間のように「ゼロナナ」と呼んでいた。
ゼロフォー、ゼロゴーと来てゼロナナって名前の関連は強そうだが、どこで繋がるのかが微妙だ。
ヒールにはヒール同士のコミュニティがあることはなんとなく分かっている。
MACTはヒーロイドを統括する組織。
相反するこの二つには何か繋がりがあると考えるのが妥当か。
ダメだ。
考えてもさっぱり分からない。
ぼんやりとした全体像は見えるが、詳細を掴みきれない。
その正体をハッキリさせるには、どうもあと少し情報が足りない。
こうなった以上はやはり直接脇坂に答え合わせをするしかないと思いつつ、つつ、はや一週間が経過。
俺は、未だに何一つ行動を起こせていなかった。
「以前倒した蚊のヒールが成長し、出現するかもしれないから注意をしなければならない」という警告だけは、情報の出処を隠したまま報告してある。
だがしかしゼロゴーのこと、脇坂や沢渡さんのこと、そして俺の疑念についてはMACTへは何も言わずにいる。
言えるわけが無い。
なんとなくの答えも見えているが、その正誤に関わらず易々と口に出すのはどうにもはばかられる内容で。
ゼロゴーから聞いたことは矢面にも口止めをしておいたが……いやはや。
一人でうだうだと考えていてもキリがないと思い、MACTの廊下を歩いていく。脇坂はどこにいるだろうか。
「あっ」
……あっ。
……視線を逸らすなら立ち止まるなよ。
「よう」
「お、おう」
挨拶に対してどもりながら返す相棒。
この間の放火魔ヒールの一件からずっとよそよそしい態度でなんとなくやりづらい。
別にお前が気にすることは何も無いだろと思うが、こいつはこいつで思うところがあるのかもしれない。
しばらく何かを言いたそうに口をパクパクさせていたが、そのまま走って逃げてしまった。
なんなんだよ。
大谷が出てきた方に進んで行くと、いつもの溜まり場の前に差し掛かる。
見慣れた重々しい金属の扉に手をかけると、中からとんでもない声量の怒鳴り声が聞こえて来た。
「そういうことなら俺はMACTを離れる!」
「そんなことは許されないぞ!」
聞き慣れた声の聞き慣れない声色に、何となく部屋に入るのがはばかられてしまう。
後で出直そうかどうしようかと逡巡してドアノブから手を離した途端に、勢いよく扉が開かれた。
長身に青い上着。
まだまだ暑さが残る季節に不似合いなその格好は、大先輩の最大の特徴だ。
「なんだ、いたのか」
「いや、今来たとこで……」
「そうか、悪いな」
苦笑いを浮かべながら、颯爽と去っていく初代ヒーロイド。
扉をくぐると取り残された脇坂が、机に突っ伏してぐったりとしていた。
気苦労が多そうだとは思っていたが、ここまで落ち込んでいるのは初めて見た。
沢渡さんがMACTを抜ける、か。
何があったのかは知らないが、最初のヒーロイドとしてずっと戦い続けていた沢渡さんがそれをやめるとなると一大事だ。
なんとなくもう見えない背中の方に視線をやり、考えてしまう。
沢渡さんがあんなことを言い出したのには、ゼロゴーも関係があるのだろうか。
ゴーヨンの件といい、色々一斉に動きすぎだ。
俺もヒーロイドを辞めようかという気になってくる。
まだ数ヶ月しかやってないけど。
「ああ、平岩くん。どうしたの?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあったんだけど……大丈夫か?」
「いいよ。何かな?」
弱々しい笑みを浮かべながら応じる脇坂は、少しやつれたようにも見える。
こんな状況で追い打ちをかけるような質問をするのは些か申し訳ないが、こちらもこちらで放置はしておけない問題だ。
俺は脇坂の向かいに座りながら、先日会ったヒールについて話を切り出す。
「ゼロゴーって知ってるか?」
「……どこかで会ったのかい?」
質問を質問で返すんじゃねえ。
と思ったが、その質問は俺の質問を暗に肯定している。
「ゴーヨンの話。隠してたけど情報源はゼロゴーなんだよ」
「……なるほど」
「あいつはあんたのことを知っていたし、その上沢渡さんのことをゼロナナとか呼んでいた。MACTとヒールには何かしらの繋がりがあるんじゃないのか?」
ため息を一つ、脇坂の顔はまた一段と暗いものになる。
「君たちにこの話はしたくなかったが。それで納得もしてくれないんだろうね?」
「当たり前だろ」
不遜な態度で、研究者と向かい合う。
自然、体に力が入る。
「最初に言っておこう、ヒールとヒーロイドは同一の存在だ。そしてそのどちらも人間の……私の手によって生み出されたものだ」
容易には飲み込めない話はMACT、そして自分自身を疑うに十分であり、俺の疑心を肯定するものだった。
ある程度覚悟はしていたが、どうにも受け入れ難い。
淡々と語っていた脇坂の声もどんどん暗くなっていき、後悔が滲むのを感じる。
そうして心にどんよりとモヤがかかった頃に、それはやって来た。
あまりにも巨大すぎる驚異が、文字通り頭上に降り掛かってくる。
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