ゴーヨンの襲撃

突如、地震のような大きな揺れと轟音が響き体のバランスを崩してしまった。

それまで聞いていた話の衝撃に思わず呆然として咄嗟に受身が取れず、頭蓋骨が床のタイルでいい音を鳴らす。


「大丈夫か!?平岩くん」

頭が回らずに処理が遅れ一瞬何がどうなったのか分からなかったが、テーブルの向こうから聞こえて来た声ではたと我に返った。


どうやら椅子から落ちて地面に倒れていたらしい。

こちらを覗き込んでいた脇坂に腕を引っ張って起こされ、二重に痛む頭を抑えながら現状把握に務める。


地震か?いや、それにしてはなんというか……衝撃が上からやって来たような……。

いやまさか、隕石でも落ちてきたわけじゃあるまいし。


「まずいことになった、あれを見てくれ」

脇坂が示した方には大きなモニターがあり、そこには俺達が今いるこの建物の外観が映し出されていた。

いや、建物だけではない。その上には……


「あれは……蚊?にしては妙に大きいけど……」

「ゼロゴーが言ってただろ、ゴーヨンだ……」

俺が以前倒した蚊男ヒールが、MACT施設の屋根に張り付いていた。

まあ俺が倒したのは人間くらいの大きさだったはずなんだけど。


「三十……四十メートルくらい?いや、もっとか?」

「なんにせよ、今の揺れはアレが降りてきたからだろうね」

またしてもヒールに住処を壊される訳には行かないので出動に向けて準備をする。

剣と銃も持っていった方が良いか。


全く、最悪のタイミングで降りてきてくれたものだ。

こんな精神状態でまともに戦えるものか。


「大谷くんはさっき外出の許可取って出てったとこだし、沢渡くんもああだから……しばらく一人で頑張って貰わないとかもだけど……」

矢面は……今日は休みか。状況を知れば飛んでくるだろうけが、果たしていつになるやら。


ああ、何から何まで最悪じゃないか。

俺も外出したくなってきた。


大体、脇坂の話が本当ならヒールはむしろ被害者じゃないか。



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砂埃の混じる生ぬるい風が頬を撫でる。

見慣れたコンクリートの建物の上には見慣れない巨大生物が張り付いていて、ああ今からアレと戦わなくちゃいけないんだなぁと実感する度に気が滅入る。

今は壁にとまった蚊のようにじっとしているが、いつ暴れ回って施設を破壊されるか分からないので早々に対処をしなければならない。

しかしアレを一発で倒すような決定打も無し。下手に手を出して暴れられても困る。


ゴーヨン……だと思われる怪物は、ゼロゴーが言っていた通り俺が以前倒したものなのだろう。

市街地に降ってこなかった事だけは幸いだが……ゴタゴタし過ぎててMACT側の対処も追い付いていない。


『ヒールとヒーロイドは同一の存在だ。そしてそのどちらも人間の……私の手によって生み出されたものだ』

思い出したくもない脇坂の言葉を思い出しながら、ゆっくりと銃を構える。


『ヒーロイドの傷の治りが早いのは知っているだろう?ヒーロイドの技術で一番最初に開発されたのはそこだったんだ』

伏し目がちに話す脇坂の声が脳裏をよぎる。


『元々医療系の研究をしていた私は、ある難病を治すためのシステムを開発した。簡単に言えば、人間が本来持つ再生力を最大限に高めるものだ』


一応持ってきた殺虫剤のスプレー缶が三缶。前回はこれでなんとかなったが、相手がこう大きいと普通に噴霧しただけじゃ効果無しだろうなぁ。


仕方ない、投げるか。


『システムの開発は成功したかに思われた。だが、いよいよ人体に使用された時問題が起こった』

ああ、クソ黙れよ。

一旦忘れて戦いに集中させてくれ。


殺虫剤のパッケージにある火気厳禁、高音を避けろとの警告を確認。

缶を持ったまま腕を後ろに引き、思い切り投擲する。

1.2倍の力で押し出された「簡易の手榴弾」は、二階建ての施設の屋根に張り付いた巨大生物の顔の側まで真っ直ぐに飛んでいく。


丸い目に衝突する手前で銃を撃てば、狙いたがわず缶に命中し小爆発を引き起こす。


「~~~ッッッ!?!?!?」

声にならない叫びを上げながら顔を背け暴れ出す巨大な蚊。

その顔に小さな炎が上がるが、怪物は足元の建物に顔を擦り付けてすぐに火を消してしまう。


こちらに気が付いたらしいゴーヨンは、焦げ臭さとともに目の上からプスプスと煙を上げている。

等身大の時には言葉を話していたが、今回は声を発することも出来ないらしい。そこは本来の蚊に近いんだな。


ところで殺虫剤って爆発させてしまっても本来の作用は維持しているんだろうか。

パッケージの警告にきちんと従った使い方しかしたことがないので分からないが、まあ効いているようなのでよしとしよう。


『再生力を高めすぎたんだ。被験者は病に侵された部分、傷ついた部分から過剰な再生を始め、システムは人間の劇的な進化をもたらした』


無意識に再生される声を無視して、目の前のヒールを見据える。

こちらを見ている虫の目から感情を読み取ることは出来ないが、どうやらヘイトを向けることには成功したようで、ゴーヨンは建物から飛び上がる。

思い通り単純に動いてくれて助かるなと思いつつ、回れ右して一目散。


MACT施設の広い駐車場になら、あのバカでかい昆虫も収まるだろう。

とりあえず被害を最小限に抑えることを優先。

職員の車はほとんどパーだろうが人の命には変えられないということで納得してもらおう。


まんまとおびき寄せられこちらへ飛んでくる怪物を見上げ、銃を構え直す。

残りの缶は二本。

武器は銃と剣、ワイヤー、ナイフ、それにまだまだ手探り状態の必殺技か。


こんなもんで大谷と沢渡さんが戻ってくるまで持ちこたえられるか……。

いや、持ちこたえなければならないか。

いやはや、あんな話を聞かされた後だとどうしても身が入らない。


『ヒールは、元々人間だったんだ』


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