ゼロナナの真実
『ヒールは元々人間だった。再生力を高めるシステムは少しずつ形を変えて被験者の七人に実験的に埋め込まれ……そのどれもが失敗に終わった』
MACT施設内の職員駐車場。大規模な施設のためか田舎のショッピングモールばりに広いアスファルトの平野は、八割ほどが色とりどりの車で埋まっている。
そしてその上に飛来する、その場に似つかわしくない姿の怪物。
目の上を僅かに焦がした体長四十メートルほどの巨大な蚊男が、大きな羽音を立てながらゆっくりとこちらに向かってきていた。
ゼロゴーが言っていたことが本当ならあれはゼロフォーが作り出したもののはずだ。
人間を傷つけるのは本意ではないと言っていたが、MACTの被害者たる怪人が作った怪物が今まさにMACTを襲っているのを見ると、壮絶な復讐劇のようでもある。
もしもあいつが復讐のためにあの怪物を送り込んでいたのなら、果たして俺はあの怪物に立ち向かって行けただろうか。
……いや、戦わなければならない。
どんな理由があれ、人を守らなければならない。
俺が俺自身に定めた自分ルールだから。
大切な約束だから。
『最初の七人の内五人は怪人の姿となり、異常な能力を身に付け……そして私の元から去った。その後の行方は知れないけど……』
「よし!!来い!!」
再びスプレー缶を投げるために振りかぶり、狙いを定める。
そうそう何度も使える手じゃないから取っておきたいのはおきたいんだけど。
『どうも、出現しているヒールを作っているのはその五人みたいだね。どんな手段を使っているのかは知らないけれど』
……あいつも被害者ってことになるのかな。
ゆっくりとこちらに近づいてきた巨大蚊を迎撃すべく投擲の構えを取るが、一瞬停止した怪物はそのまま角度を変えて急降下してくる。
「うぇ!?」
対応が追いつかず咄嗟に後ろへ退くと、さっきまで俺がいた場所に巨大な拳が落ちてくる。
忘れてたなぁ。
こいつ一見蚊だけど人間みたいな部分もあるんだった。
人間みたいな、か。
いやー、あんまそういう想像はしたくないけど。
手元にはスプレー缶が一本。
あとの二本はそのまま拳で潰されてしまったらしい。
見上げれば二発目の拳が落ちてくるところで、再び後ろへ飛び退く。
アスファルトが砕け、砂埃が舞い上がる。
地面が揺れたせいで着地が危うくなるが、剣を杖に使って何とか持ちこたえる。
しかしそこに次の一撃が降ってきた。
バランスを崩した状態では踏ん張りが効かずに避けきれず、咄嗟に剣で受け止めたもののとんでもない重量にあっさり押し負け、剣ごと体が押しつぶされる。
アスファルトと拳に挟まれ身動きが取れないが、何とか生きている。
そうか、一応金属パーツで体が補強されてるもんな。
とはいえ大ピンチには変わりなく。
歯を食いしばって拳を持ち上げようとしてもビクともしない。
普段人間が叩き潰している蚊に叩き潰されようとは、いやはやなんとも……。
ダメだ、これはダメなやつだ。
情けないことだがこれは無理だ。
もっと情けないことに今の俺にはこう叫ぶことしか出来ない。
「誰でもいいから助けに来てくれーーー!!!!」
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どうしてこんなことになっているのか。
私はただ、学校から帰っていただけなのに。
「よう、お前いっつも面つけてるヒーロイドだろ?」
「普通に街中にいたら目立つからってゼロゴーをよこしたんじゃなかったんですか?」
ゼロフォーと名乗るヒールが、目の前に立っている。
「今はただの矢面成海です。ていうか、なんで私の通学路知ってるんですか」
「敵の情報を集めるのは常識だろ」
「つまりストーカーですか」
「人聞きの悪いこと言うなよ」
周りには誰もいないというのに、何を気にしているのか。
ヒールは笑いながら道を塞ぐようにその場にどっしりと構える。
「で?何か私に用ですか」
「おいおい、ヒールからヒーロイドへの用なんかわざわざ聞く必要あるか?」
「今私ヒーロイドじゃないんですけど」
「変身出来ないわけじゃないんだろ?」
「……どういうつもりですか」
ゼロフォーはヒールでありながら、ずっと友好的な態度を取っていたはずだ。
真偽はともかく自分から人間を襲ったことも無いと言っていた。
それがいきなりこちらに襲いかかってくるなんてどういうつもりなんだろう。
ともあれ、あちらがそういう態度で来るなら仕方ない。
この前は先輩がいてくれたおかげで勝てたけど、一人では果たして勝てるかどうか。
カバンから不織布のマスクを取り出し、ゴムを耳にかける。
学校にお面を持っていく訳にはいかないので、いつも数枚持ち歩いているものだ。こんなものでもあるのと無いのとでは全然違う。
「変身!」
頭上で交差させた腕を振り下ろすと、体が見慣れた桃色の光に包まれる。
変身せずにヒールに向き合ってギリギリで目潰しを食らわせるなんて、先輩みたいな度胸のいることはは出来ないけど。
道路の端にカバンをそっと置いて、静かに構える。
「準備は出来たか?」
「待っててくれるなんて、随分紳士的なんですね」
「一応お約束は守らないとな」
MACTはこの状況を察知してくれているだろうか。
誰か助けに来てと思いながら、地面を思い切り蹴った。
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「ここがどこかわかってんのかお前?」
「MACTの最寄り駅だな、懐かしい」
普段は人通りの多い昼過ぎの駅前広場だが、今は通行人を一人も見かけない。
目の前に立っている、大胆にもMACTのすぐ近くにやってきた怪人を見て、みんな逃げていったのだ。
「君は確か大谷とか言ったな、赤い光のヒーロイドだ」
「なんでヒールがそんなこと知ってんだよゴーヨン」
そういえば、ヒール同士は多分繋がりがあるとかって平岩が言ってたっけ。
こっちの情報を調べて来てるってことか。
「さっきからでかい音が聞こえてくるし、もしかしてお前らが何かやってんのか」
「そうだ、MACTにはゴーヨンが向かっている」
「ゴーヨンって、たしか……」
たしか、最近「蚊のヒールが強化されて市街地に出現する可能性があるから注意しろ」って言われてたやつだよな。
未知の性質がなんたらかんたらとか言われてよくわかんなかったやつだ。
「という訳で、俺は君の足止めをしなきゃならないんだ」
目の前のヒールは、腰に差していた刀をさやから抜き、中断に構える。
よくよく見ると、おかしな格好をしたヒールだった。
ヒールにしては小柄で細身な上に、装甲の形もシンプルだ。顔の装甲だけは他のヒールよりもしっかりしていて、片目だけが覗いている。
何より他と違うのは武器を持っているところで、武器と体が一体化しているヒールならまだしも、腰に刀を差すといった完全に外付けの武器を使うヒールは見たことが無かった。
「足止めなんかさせねえよ」
「そうだな、足止めで終わらずに殺してしまうかも」
上から目線でムカつく奴だ。
それなら思い知らせてやる。
「変身!」
最低限の動作とともに叫び、体が赤い光に包まれる。
一瞬視界が赤一色になって、光が収束した時。
冷たく光る金属が、高速で目の前に迫ってきていた。
一瞬で、目の前が赤色に塗り潰される。
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