あちらもこちらも
目の前が真っ赤に染まる。
金属同士がぶつかり合う甲高い音と共に鉄臭い粒が飛び出し、熱と痛みが左肩から右脇腹にかけて一直線に駆けた。
どうやら変身した瞬間に切り掛かられたらしい。
長く戦っている経験から咄嗟に半歩退き、そのおかげで致命傷は避けられたが、どうやら肋骨を補助していた金属パーツがやられたらしい。
身体中に嫌な振動が響いている。
「光は身を守るもののはずだが。その赤いのは飾りか?」
お前が強すぎるだけだろ!と思いながら傷の様子を確かめる。
服ごとバッサリいかれた肌からは血がダラダラと流れ、肉の隙間から真っ赤になった金属が覗いていてかなりグロテスクなことになっていた。
ヒーロイドの性質上血はすぐに止まるだろうが、あまり時間をかけるとまずいだろう。
大きく息を吐き出し、改めて構える。
脚や腹をつたって落ちていく熱い液体を意に介さず至って冷静に。
筋肉を硬直させないように、しかし意識は張り詰めたままで。
じっと、何が来ても瞬時に対応できるように。
来た!
一瞬体を揺らした侍は次の瞬間には目の前に迫っていて、そのまま刀を振りおろす。
さっきは不意打ちのせいでまともに食らったが、今度はちゃんと見えている。
振り下ろされる刀身を左腕で横から思い切り弾くと、そのまま右の拳を思い切り顔面に叩き込む。
そのコンマ数秒がスローモーションのようにゆっくりと、何十分にも感じられるほどに引き伸ばされ、拳と、そこから放たれる光越しに視線がかち合う。
装甲の隙間から覗く目が一瞬驚きに丸まり、すぐに細められた。
まるで、笑うかのように。
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何か小さなものが空に浮かんでいるのが見えた。
ボールのような白い球体の一部が丸くくぼみ、その中にガラスが収まっているのが見える。
しばらくあれは何かと考え、MACTのドローンだと気が付く。
そうか、あんな感じの見た目なのか。意識して見ることなど無いので少しの間分からなかったが、聞くところによるとあれは変身する度に飛んできているらしい。
ヒーロイドの管理のために変身を感知して飛んでくるそれは、MACTにいるコマンダーにリアルタイムで映像を送っているはずなんだけど。
さっきからずっとドローンはあそこにいるのに、指示が来る訳でもなく救援が来る様子も無い。
緊急事態なんだから見てるんならなんとかしてください!という意思を込めてドローンのレンズに視線を送る。
しかし無機質な飛行物体はそれには答えてくれない。
それならせめて通信機でもくれたらいいのにと常々ぼやいていたけれど、実装される前に問題が起こってしまった。
ともあれ、組織の不備を嘆いていても仕方が無いので目下の課題に取り掛からなければならない。
目の前で不気味に笑っているゼロフォーをなんとかしなければ。
さっきから数回、接近しては数度打ち込み、また離れることを繰り返している。
サイズ、重量ともに圧倒的な差があるヒールが相手では受けに回っては不利なので、積極的に動いてヒットアンドアウェイ戦略を取るしかない。
今のところは一撃も貰わずに一方的に攻撃をしかけているが、素早く動き続けるのは体力の消耗が激しい。
すでに息は上がり、全身が軽く汗ばんでいる。
口元にピッタリと当てられたマスクは呼吸を阻害し、その息苦しさのために余計に息が上がる。
いつもの面ならばもう少し楽ではあるけれど、生憎今は持ち合わせていない。
いや、そもそもそんなもの無しで戦うことが出来ればいいのか。
それが出来ないから困っているのだけど。
『私は顔出しNGなんです』
いつか先輩に告げたお面をつける理由を思い出した。
まあ、それも嘘ではないんだけど。
「なるほどな、よくわかったよ」
「何かですか」
「お前、まともに戦う気なんか無いだろ」
目の前のヒールは、面白がるような調子でそんなことを言い出した。
「いや、それだと語弊があるな。なんて言うか、自分が痛い目見ないことが一番大事みたいな感じだ」
「私だって女の子ですから、痛いのは嫌いですよ」
「あー、まあそれならそれでいいけど」
私の回答が気に食わなかったのか、興が冷めたとでも言いたそうに気の抜けた様子のヒールは、次の瞬間何かに気がついたように「あっ」と声を上げた。
「もしかして、そのマスクや面をつけてるのも、それ関連か?」
ゼロフォーの顔面の歪んだ装甲が、まるで気味の悪い微笑を浮かべているかのように見える。
口の中が、乾いていくような気がした。
「まあいいや。それじゃ、散々殴ってくれたことだしそろそろちゃんとやろうか」
そう言った途端、ゼロフォーの纏う気配が変わった。
薄暗い眼に悪意がともり、拳を握る。
つまるところ、今まで一方的に殴られていたのは本気ではなかったからだと。
つくづく悪役じみたことをしてくれる。
四肢の力が、少しづつ抜けていく。
心を見透かされるような気味の悪さと、怪人から伝わる明確な害意に半歩後退する。
「遊ぶのが好きなんですね」
「まあ、こんなになっちゃうとゆっくり遊べる相手もなかなかいないんでね」
「じゃあ次は俺と遊ぼうか」
突如、背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
今の今まで話していた相手よりも、記憶の中にある声に近いそれは……
「久しぶりだな」
前方にいる同型の怪人よりも一回り大きい、トゲトゲの怪人。
私が知る限りおそらく最強のヒール。
「あ、これ二人共に言ってるからな」
ふざけた調子で告げたのは、いつの間にか姿を現した二人目のゼロフォーだった。
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「これは……非常にまずい状況ですね」
左手でキーボードを叩き、右手でペンを走らせながら背後の技術者に告げる。
目の前のモニターには苦戦する様子のヒーロイドが三名、対峙するヒール四体。
「いざとなれば、私もあの場へ行くべきだろうな」
「……脇坂さん、あなた私にまで何を隠してるんです」
「いずれ話す。今は状況の把握と対応に当たってくれ」
ヒーロイドを統括する司令官という立場の割に、私はヒーロイドについて、そしてこの男の作ったMACTという組織について知らなすぎる。
ゴーヨンの襲撃に平岩くんが対応を始めた頃、脇坂はこの司令室へと足を運んできた。
普段は技術者として、そしてヒーロイド達のお目付け役として柔和な態度をとっている彼は、私を始めMACTの職員にのみ冷静で冷酷な部分を見せる。
長い付き合いから、おそらくこちらの方が素なのだろうと思う。
相手と状況によって態度を使い分けられるというのは非常に好感が持てる。仕事をする相手として、ではあるが。
「目も手も脳も全て、対応に向けてフル稼働していますよ」
「まだ口が残っているね」
余計なことは言うな、と。
しかし残念ながら今のところ口の出番は無さそうなのだ。役に立たないなら会話の中で少しでも情報を引き出すのに使ってやった方が効率的というものだ。
「平岩くんには、どこまで話したんですか」
「ヒールとヒーロイドのルーツが同じ、という所までだ」
「それじゃ大事なことは何も話してないのと同じじゃないですか」
脳の機能を状況の処理に当てがっているせいで感情が綺麗に出てこない。驚くように発した言葉も、とても平坦なものになってしまっただろう。
「いずれ話す。だが今はそれを言うべきではない」
いずれいずれ、そればかりだ。
だが彼らの心情を思えばこそ、今は言うべきではないという判断にも納得ができる。
「いつになりますかね、1.2倍の理由を話すことになるのは」
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