ゼロサン・ゼロヨン・ゼロゴー

「えーっと、なんで増えてるんですか?」

「増えてねえよ!久しぶりに会ったのに失礼だな小娘!」

 背後に現れた二人目のゼロフォーが乱暴に言い返してくる。

 この口振りは……と思ったところで、今まで対峙していた前のゼロフォーが口を開いた。


「おい、ゼロヨン。互いに邪魔はしない約束だったろ」

「お前が先に邪魔したんだろうが、ゼロサン。ゼロイチのこともこの小娘のことも、全部先に仕掛けてきたのはそっちだぞ!」

 ゼロヨン?ゼロサン?どちらもゼロフォーではない?というか、ヒール同士で言い争っているこの状況はなんだ。

 状況の整理をしようと頭を抱えたところで、はたと気が付く。

 ゼロヨン、ゼロフォー、つまり……


「それからな、ゼロヨンって言うな。ゼロフォーって言え。お前がゼロスリーって呼ばれるの嫌ってのを尊重してるんだからお前も俺を尊重しろ!」

「なんなんだよお前のそのこだわりは」

「ゼロは英語でヨンは日本語なんだからおかしいだろうが」

 なんなんだろう。

 恐ろしく強い怪人達が自分を挟んで繰り広げる会話のあまりのレベルの低さに帰りたくなってくる。


「ガキみたいなこと言ってんじゃねえよ」

 戦っていた方、ゼロサンと呼ばれたヒールが呆れたように呟く。

 さっきまで悪意をぶつけられていたのに、今は少し共感してしまう。


「とにかく、これ以上こいつと戦うなら俺を倒してからにしろってやつだ」

 後から来た方、多分本物のゼロフォーがそう言いながら構える。

 瞬時に纏っていた気配が変わり、さっきまでの頼りなさが嘘のように霧散した。


「あー、わかったわかった、今日はやめとく。時間稼ぎで終わる自信無いわ」

 ゼロサンはまるで子供のように、面白くなさそうな様子で両手をヒラヒラとさせた。



「時間稼ぎ?」

「そうだった、時間が無いんだ。早くMACTに向かうぞ」

「え?MACT!?」

 聞き返した時にはゼロフォーはもう走り始めていた。

 ヒールが一体MACTに何の用だというのだろう。

 まさか殴り込みをかける訳でもないだろうに。


 道端に置いておいたカバンを取るために振り返ると、もうそこにはゼロサンの姿は無かった。



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 おかしい。

 殴ったのは俺のはずだ。

 なのにどうして。


 どうして俺の拳から血が出てるんだ。


「痛いな。お前、力が強すぎるだろ」

「お前のそれは力じゃないな。刃物かなんか」

「分かるか。しかし光が赤いと、どこからが血かわからんな」

 内容自体はふざけているが、淡々とした声の調子のせいでどこまで冗談なのか分からない。

 ダラダラと血を流す真新しい傷ができた右拳と、血が止まり出した胴体を順に眺めてまた侍ヒールへと視線を戻す。


「顔面だけじゃない、俺の装甲は細かく尖っている。包丁や、ヤスリを殴るようなものだ」

「教えていいのかよ、そういうの」

「差し支えない。いずれ分かる、無駄な怪我をする必要は無いだろう」

 いや、ずっと戦っててもわからなかった気がするんだけど。


「あれか、武士道か。見た目通りの」

 どこかの誰かとは違って正々堂々としている。

 それがヒールだってのがなんだか腹立たしいが。


「戦うことを生業とする武士なら、むしろ卑怯で汚い。俺は、別にお前に害を成したい訳では無い」

 見た目通り難しい言葉を使う上になにやら説教臭い内容で、段々と話を聞くのが面倒になってきた。


 いや、そもそも俺はなんでこんなにゆっくりとヒールの話を聞いているんだ?

 平岩の影響か?

 ヒールを庇って、その言葉に耳を傾けようとしたあいつに怒りさえ覚えていたのに?


「そもそも、脇坂以外を殺しても意味が無い」

「は?」

「ああ、そういえば。そのために1.2倍の彼を巻き込んでしまったんだった。一命は取り留めたようだが、申し訳ないことをしたと伝えてくれないか」


 脇坂を、殺す?

 1.2倍の彼?

 巻き込んだ?


 これは、どうやら。


「やっぱお前らヒールだよ。クソ野郎」

「……何か悪いことを言ったかな」

「やっぱりお前はぶっ殺す!!」

 ありったけの光を右足に集中させ、飛び蹴りを食らわせる。

 スニーカーが破け、靴下が真っ赤に染まるのが分かる。


 仰け反るヒールの右側で光っていた刀身が、動かない的に向かって一直線に動いて、


 降ってきた拳に叩き落とされた。


「ごめんねェ、まさかこんなにMACTの近くにいると思わなくってさぁ」

「お前、ヒール……!?」

「君は……初めましてだよねぇ。警戒しないで、助けに来たんだ」

 スラッと背が高く、細身で軽薄な態度の。

 それでも人間とは全く異なる装甲に身を包んだ怪人が、ヒールがそこに立っていた。


「ゼロゴー、か。邪魔をするなら、それなりの理由があるんだろうな」

「あるからここに来てるんだよ。分かるでしょ、お利口さんなんだからさぁ」

「そうだな。大義も、利もそちらにある。わかった、ここは退くので、見逃してはくれないか?」

 俺を挟み、ごく至近距離で進む交渉。

 だが。


「逃がすか!!」

 俺はそれに乗っかる訳には行かない。

 顔面にある最も大きい装甲の隙間、暗い眼が覗いている穴へと貫手を繰り出す。

 暗闇の中へ赤く光る手が吸い込まれ、指先に確かな手応えを感じると、侍が唸った。


「これは、迷惑料として受けておこう」

 囁くような声が聞こえ、次の瞬間怪人が爆発する。

 何度も見てきた怪人を倒した瞬間の爆発だが、何故か今回は倒したという感じがしない。


「さあ、MACTに行こうか」

「は!?お前もヒールだろ!!何の用だ!!」

「君が僕達を嫌っているのは分かってる。君にはその権利があるし僕らには責任がある」

 目の前のヒールを殴り飛ばすために動き始めていた拳が、その言葉を受けてピタリと止まる。


 ダメだ、ヒールなんかの言葉を聞くな。

 たった今それで後悔したところじゃないか。

 動け、動けといくら念じてもそれ以上拳は前に進まず、やがて力の抜けた腕はだらりと垂れ下がった。


「君の友人たちを、助けに行こう」


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