ゼロゴーの予言

 今日も今日とて元気に出勤。いや出動。

 長かった夏もそろそろ終わり、走ってもすぐには汗をかかなくなってきたころ。


 ヒール出現の知らせを受け、俺と矢面はMACT施設からほど近い住宅街へと向かっていた。

 ヒーロイドの先輩であり学校では後輩だった女の子は、いつも通りに顔を隠して走っているが、この前までよりはしんどくなさそうだ。


 今日のお面はがサバゲ仕様のガスマスクっぽい奴だ。

 まあ木とかセルロイドのお面よりは防御力高そうだけどさぁ。


 MACTからそう遠くない、街中のオフィス街。ヒールの出現情報があったのはここからもう少し先に行ったところだ。

 現場に到着してみると、奇妙な光景が広がっていた。いや、普通の光景だ。普通なんだけど、それが奇妙な……。

 多くの通行人が、避難もせずにいつも通りの日常を過ごしてる。


「これは、どうなってるんですかね?」

 怪人の出現が感知された時点で近隣の住民や近くを通る人には避難勧告が出されているはずだ。

 ヒールは出現するとすぐに暴れだすので、大抵の場合人々はすぐにその場から離れるし近づく人もいない。

 だからいつも俺たちが現場に駆け付けるころには一般人なんかいないんだけど……。


「レーダーの故障か?」

 避難勧告が正常に作動していたかも不明だが、たとえきちんと勧告が出ていても、ヒールがいない以上無視されてしまっていても仕方がないだろう。

 その場を通る人たちのなんでもない顔、行動を見る限り怪人が出現しているような気配も無い。


「故障じゃなーいよっ」

 不意に、後ろから声をかけられて前方に飛びのく。

 怪人か!?

 面越しに矢面と視線を交わし、対抗するために振り返って構える。

 するとそこには、まだまだ暑いのにコートを着込み帽子にサングラスにマスクという不審者スタイルで立つ大男がいた。


「ごめんねぇえ~。ちょっと話を聞いてもらいたいんだよねえ」

 サングラスをズラして、俺達にだけ顔を見せるように、グイっと上半身を突き出してくる。


「ゼロフォーからの伝言、って言ったら攻撃しないでもらえるぅ~?」

 そこには、明らかに人間の物ではない、鈍く光る双眸があった。

 なるほど、確かにレーダーの故障ではなかったらしい。


 あ、待って矢面手を下ろして。

 ほら、一般の方々が見てるじゃないか。あの人たちの目が潰れるぞ。



 --------------------



「いや~、ごめんねぇ。大事にしたくなかったからぁ……ね?比較的見た目がマシな僕が来たんだよ」

 目の前の不審者ヒールは自己紹介をしながらストローに口をつける。

 怪人はメロンソーダを飲むらしい。

 なるほど、ゼロフォーは馬鹿でかいし、コートじゃあのトゲトゲは隠せないよなぁ。


 あれからとりあえず場所を変えることになり、近くの喫茶店にヒーロー二人と怪人一人で入店した。

 俺と矢面が横に並んで座り、テーブルを挟んでヒールが席に着く。

 比較的小さいとはいえヒールには違いなく、近くに座ると身長差を感じる。横幅も大きくよく椅子に納まっているなと思う。


「改めて、僕はゼロゴー。んでこっちは手土産で~すっ」

 お饅頭ですね。

 これもこの不審者ルックで買ってきたんだろうか。

 爆弾とかじゃないだろうな。


「ゼロフォーとゼロゴーか」

 手土産が入った紙袋を引き寄せ、倒れないように椅子にもたれさせて床に置く。


「まあ名前なんて記号みたいなもんなので、お気になさらず~」

 ゼロゴーはマスク越しでもわかるほどにこやかで、おかしな話し方に反して穏やかな口調をしている。

 悪い奴ではない……のだろうか。こんなこと言ったら大谷が黙っちゃいないだろうが。。


「で?ゼロフォーからの伝言ってなんなんですか?」

「ああ、そうそう。それでお二人に来てもらったんですよ」

「来てもらったって。別に呼び出されたわけじゃないけどな」

 始めは警戒していた矢面も、ヒールの軽い態度に毒を抜かれたのか口を開く。

 それでもマスクをかぶったまま臨戦態勢を維持している辺りは抜け目がない。

 ストローは咥えにくそうだけど。


「いや~、火曜日のこの時間帯ならぁ、まあ二人が来ることがわかってたから~?なんで二人がこっち来るくらいの時間だけ感知させたんだよねぇ」

 ヒーローのシフトが怪人に把握されてるってどうなんだよ。

 てかこいつ今サラッと重要なこと言わなかったか?


「レーダーに、狙って感知されたということですか?」

「ああ、うん~、そうだねえ。まあその辺の技術については多分君たちより僕らの方が詳しいと思うよ~」

 ……これは驚いたな。


「まあその感知に引っかからない技術とか、わざと引っかかるとか~?色々実験してるからねぇ」

「引っかからない……あの放火魔か」

「ゴーナナだねぇ。アレはゼロロクの自信作だったんだけど」

 また何やら番号みたいなのが出てきた。

 それは新しいヒールの存在を示していることでもあって……

 ああ、隣の人の殺気が凄い。


「そう、でこれが本題なんだけどさぁ、ゼロフォーから伝言があるんだよぉ~」

 すっかり話が脱線してしまっていた。

 そこが肝心なので身を乗り出して聞く姿勢をとる。


「ゴーヨン、あーえっと、モストブーン?君たちが前に倒したでっかい蚊みたいなのがいたでしょ」

「ていうかアレは先輩が一人で倒しました」

 なんでそこちょっと食い気味?矢面さん?


 言われてなんとなく思い出した蚊のヒール。

 たしかあの時にゼロフォーと再会したんだったか。

 初めて俺が単独で倒した喋るタイプのヒールで……ああ、そうそう。

 その後初対面の大谷に殴りかかられたんだった。


「あのヒールがどうかしたのか?」

「君、ゴーヨンを倒す時に周りにいた蚊を逃がしたでしょー?」

「ああ、そういえば」

 モストブーンの周りには大量の蚊がいて、統率を取るヒールを守っていた。

 怪人を倒した後には塊のままどこかへ飛んで行ったが、あれがどうかしたのだろうか。


「アレってゴーヨンの分身みたいなもんでさぁ〜、飛んでった先で再生してたみたいなんだよねぇ。ゼロフォーもそれ把握してなくて知らないところでどんどん成長しちゃって?ちょ〜っとヤバいことになっててねぇ」

 再生?成長?ヒールがか?


「ほら〜、ゴーヨンも感知されないように作られてたからさぁ。だ〜れも気が付かなくてね?ゼロフォーもさすがにどうにかしようと動いてるんだけど〜、ちょ〜っとまだ見つからなくってさぁ。まあ結構な驚異になり得るから注意ね」

「なんで俺たちにそんなこと言いに来たんだよ」

 敵じゃないのか、一応。


「いや〜、他の人達は知らないけど?僕とゼロフォー別に人殺したりしたくないワケよ。でもいきなり成長したゴーヨンが街に出てきたらどうなると思う〜?」

 そういえばゼロフォーは人を殺したことは無いと言っていた。ヒールの中にも平和主義者がいるということなんだろうか。


「……ゴーヨンはレーダーで感知出来ないんだろ?だとしたらMACTが避難勧告を出すのも遅れる……」

「私達も迅速な対応が出来ないでしょうね」

「ゼロフォーもさ、命令したわけじゃないとはいえ自分が育てたヒールが人殺すとかは嫌なのよ」

 テーブルの上に重い緊張が降りる。

 ゼロゴーの喋り方からもおちゃらけた調子が減り、声が固くなっていた。


「それで、ゴーヨンへの対応に協力しろってことか」

「そういうことー、お願いしていい?」

「さぁ?ヒールの言うことのためにMACTが動くかどうか」

「脇坂サンに言ってくれれば大丈夫だと思うよ〜」

 感触は悪くないと見て取ったのか、声が少し緩んだのが分かる。


 ……ん?待てよ?


「なんでお前が脇坂を知ってるんだよ」

「はえ!?」

 ヒール同士のコミュニティがあることは何となくわかっていたが。

 現場に出て来ない脇坂のことまで何故知っている?


「それと、ずっと気になってたんだがヒールを作るってどういうことなんだ?もしかしてヒールってのは……」

 捲し立てる俺の目の前に、手の平が突き出される。

 人間味のない、硬質で大きな手だった。

 その手の先にはゼロゴーが輪郭を歪めて、恐らくは笑みを浮かべている。


「それは脇坂サンに聞いた方が早いと思うよ〜?」

 一言だけ発して立ち上がったゼロゴーが、腕を引き戻しそのまま懐に突っ込んだ。


 ずっと警戒していた矢面も立ち上がり腕を構えると、ゼロゴーがコートの中から腕を出す。

 その手には二枚の千円札が握られていた。


「今日は来てくれてありがとね〜。ここは僕が出すけど、支払いはお願いねぇ。店員さん怖がっちゃうと行けないから」

 こんな所で帰るつもりか。


「あ、ゼロナナにもよろしくね〜」

「ゼロナナ?」

「あ、そっかそっか。君ら知らないもんね。確か……サワタリ?だったっけな」

 ……沢渡さん?

 ゼロナナって、それはつまり……


「待てよ!ヒールとMACTには、一体どんな繋がりがあるんだよ!?」

 そのまま店の扉へと去っていくゼロゴーに向かって怒鳴るように疑問を投げる。

 他の客の視線が集まるがそんなことは関係ない。

 ハッキリさせなければならない、そうしなければ……。


「脇坂サンに直接聞きなよ〜。まあでも、そうだなぁ。じゃあヒントあげるねっ!」

 焦らすように。そして、何故か少し言い辛いように。


「……ヒーロイドって、なんでヒーロイドなんて名前してると思う?」

 何を言ってる?

 何がヒントだと言うのか。


「君は頭がいいみたいだから、きっと分かるよね」

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