守ります・倒します

 前回のあらすじ。

 俺が悪者です。


 終。


 いやはや、ちょっと話が聞きたいから待ってくれってだけなのに。

 話を聞いて俺の予想が間違ってたら倒しても構わないんだけど。


「どけ!じゃないとお前ごと倒す!!」

「それは勘弁してほしいんだけど……」

 しかし、このままどく訳にもいかないジレンマ。


 さーて、どうしようか。


「あ、あ、あの……?」

「あー、ちょっと待ってくれない?」

「あ、ああ、はい……」

 素直に待つのか。

 自分で言っといてだが、それでいいのか?


「大体、お前の家燃やしたのだってそいつだろうが!!」

 あー、そういえばそうだった。

 放火魔だったこいつ。


「いいよ別に、大したもん無かったし」

「は?」

「大体こいつ倒しても家が元通りになるわけじゃないんだから」

 それよりも大事なことがある。


 俺の返答が意外だったのか、大谷は唖然としている。

 しばらくなんとも言えないような顔をしていたが、とうとう観念したのか改めて構え直す。


「……行くぞ!!」

「あー、もー、いいよ!わかった!」

 諦めと共に対峙する。

 試合では勝てたが、今回は状況も何もかも違うからなぁ。


 何より、圧がとんでもない。

 だってすごい怒ってるもんなぁ。

 こういうのって強くなるパターンじゃん。


 力の差が大きすぎると小細工だけじゃどうにもならないし。

 いやはや、どうしようか。

 どうしようしか言ってないのもどうしよう。


 何かしら策を考えなければならないが……そんな暇は無さそうだな。

 構えた大谷は今にも飛びかかって来そうだ。

 心做しか、大谷の体を包んでいる赤い光がいつもより大きく、強く輝いているように見える。


 しばらく睨み合い、こちらもワイヤーくらいはいつでも出せるように構えておく。

 引きちぎられそうだなぁ。


 そもそも、ヒーロイド同士での戦いってどうなるんだ?

 ヒール相手だと光が有効打になるんだけど……。

 光を纏っているヒーロイドに光でのダメージは無いだろうから、単純な物理ダメージのみ。

 しかも、あいつには俺の手の内は大体知られてるわけだから……。


 あれ?考えれば考えるほど勝てる気がしないぞ。

 なんなら今までで一番のピンチかもしれない。


 ……先に仕掛けた方が賢いか。

 右手に体中のエネルギーを集めるイメージで集中する。

 うん、悪くない。

 右手を覆う光だけが、少し大きくなる。

 その変化はとても微細で、少し距離のある大谷からはほとんど確認できなかっただろうが。


 ある程度光が膨らんだら、そのまま左手を突き出す。

 そのままいつものように、いつものワイヤーを、前へ。


 モーターが急激に回転を始める。

 その振動を感じながら角度を微調整。発射!


 弾丸のように空気を切り裂くワイヤーの先端が、赤い光の頭部へと伸びる。


 だが、もう既に手の内は割れている。

 最近ずっと共に戦ってきた相棒……赤のヒーロイドは当然これを持ち前の反射神経で左に避ける。

 常人ならこれがわかってても避けるのは無理だろうが、バトル馬鹿には造作もないことだろう。


 先制攻撃をいとも容易く躱した大谷はそのまま真っ直ぐにこちらへと走ってくる。


 俺はもう既に変身している。

 一度変身解除してもう一度変身……なんて暇は無いから目潰しは不可能。

 ワイヤーは右手の分しか残っていない。


 あーわかってるなぁ、こいつ。

 まあ、だから思うツボなんだけど。


 突っ込んでくる赤い光に向けて、こちらも光を纏った右手を構える。

 そしてその間に左手を後ろに引っ込めて、ワイヤーの巻き取りを始める。


 二発目のワイヤーを避けるため、しっかりとこちらを見ながら突っ込んでくる大谷。

 彼我の距離、残り二メートルと迫ったところで、右手の光を炸裂させる。


 漫画ならば「カッ」というオノマトペが入るような。

 或いは画面が極端な白と黒に分けられるような。


 変身時以上の強烈な閃光が辺り一体を包む。

 直視すれば自分も危ういので視線を逸らすが、同時に大谷の様子を見ることも出来なくなる。

 だが、多分これなら……


「うっ……おぉっ!?」

 聞き慣れた声が聞こえる。

 大当たりだ。


 恐らく今は視界が奪われ、動きが取れずにいるのだろう。

 だが、物理的なダメージはほとんど無い筈だ。

 光の収束と共に視線を戻すと、顔を抑えて悶えるヒーロイドが目の前にいた。


 ……もう少し遅かったらぶん殴られてただろうな。


 どうやら流石の相棒でもこれは予測していなかったらしい。

 当たり前だ。

 秘密で練習してたんだから。


「これが俺の、ブラスト・レイだ」

 ブラスト・レイ。

 ヒーロイドの必殺技。

 俺のそれはヒールを爆発させるようなものではなく、ただの強烈な光だ。


 俺は身体能力が常人の1.2倍しかなく、ヒーロイドとしてはまあ弱い方だ。

 それは光の力も同様だ。

 唯一体を守る光だけは他のヒーロイドと同等らしいが、攻撃用はかなり弱いらしい。

 必殺技の威力もお察しなので……目潰し特化にしてみた。


 このアレンジにはちょっとしたメリットもあった。

 必殺技はすべての光の力を使うために、基本使った後に変身が解ける。

 もしも外してしまった場合、ヒール相手に光の防御が無い状態だと死ぬしかない。


 その点、強烈な光を出すだけなら光の消費も少なく使用後すぐに変身が解けることも無い。


 いやー、最高。

 しかもこのブラスト・レイ、使いようによっては色々とアレンジが出来そうだ。


「そんなモンッ……何がァ……」

 どこが必殺技だ、とツッコミたいのだろうが、動揺で言葉が出て来ないらしい。

 まあ、変身の時の光よりかなり強い光だしなぁ。


「……なあ、俺は少し話を聞こうってだけだ。なんでお前はそこまで、ヒールを……」

 ……またやってしまったかもしれない。

 なんとなく、聞いてはいけなかったような……。


 悶えていた大谷の動きが止まる。

 纏っていた空気も変わったような、そんな気がした。


「家族が……たんだ……」

「いや、やっぱいい」

「ヒールに!家族が殺された!」

「もういい!!」

「だから俺は!ヒールを殺す!!これ以上犠牲を出さないために!!」

 ヒーロイドが、顔を上げる。


 こちらを睨む双眸は依然鋭い光を放ち続けているが、その質は先程までとは少し異なる。

 ああ、そうか。こいつがヒールを恨んでいた理由は……


「……すまん」

「……いい。どけよ」

 良くないだろ。


「どけよ」

 そりゃ恨むよな。

 俺のことだって憎いだろうよ。


「どけって!!」

「どかない!!」

 でも。

 それでもだ。


「……は?」

 ここを退く訳にはいかない。


「なんでそうなるんだよ」

「俺は人間を恨んでない……」

「……は?」

「お前の気持ちや悔しさを否定はしない!!だが、俺も俺で譲れないことがある!!」

 どうしても、確かめなければならないことがある。


「なんだよそれ!!」

 赤い光がわなわなと震える。

 ああ、これは殴られるよな。


 それでもいい。殴られても仕方ないもんな。

 でも、素直に殴られるのは一発だけだからな。


 ヒーロイドが、拳を構える。

 そして、思いっきり……


「ドンッ」と大きな音が響き、背中が震える。

 目の前の赤い光は、拳を構えたままで固まってしまっている。

 まるで、信じられないものを見たような顔を浮かべながら……。


 恐る恐る振り向くと、青い光が視界に入る。

 ああ、これは……


「沢渡さん……」

 先程までそこにいたはずの怪人の姿はなく、最強のヒーロイドがそこに立っていた。


「どうして、ここに……?」

 思わず、言葉が口をついて出てきた。


「時間が来たからな」

 静かに答える声が返ってきたので時計を見れば、午後四時七分。

 俺と大谷のシフトが午後四時までで、そこからは沢渡さんの担当だったので不思議では無いようだが……。


「でも、こうやって救援に来ることってほとんどないですよね」

「あー……」

 いつも通りの青い上着を羽織った沢渡さんは、俺の疑問に答えづらそうにしながら視線を逸らす。

 大抵の場合、ヒールとの戦闘で担当の時間を超過しても同じヒーロイドが引き続き戦闘を行う。


 時間を跨いだからと言って救援に来るというのは中々無い、とコマンダーから聞いていた。


「お前達が苦戦しているみたいだったからな」

 ……苦戦?

 俺と大谷が争っていたことか?


「それで、ヒールを倒したんですか?」

「ああ、奇襲が一番早いと思ったからな」

 さっきまでヒールがいた場所には、爆発の跡が残っている。


 あの怪人の姿は、もうどこにも無い。

 俺と大谷がここで争う理由も。


 同時に、一つの希望が潰えたことをも悟る。

 潰れた。いや、潰された?

 意図的か、偶然か。


 だって、さあ。

 偶然にしちゃ、出来過ぎちゃいないか?


「さあ、今日はもう上がっていいぞ」

 ヒーロイド三人で、歩いてMACTへと戻る道すがら。

 大谷は一言も発さず、目も合わせず。

 俺も俺でそれ以上沢渡さんへと質問をする気も起こらずに。


 ただ、モヤモヤとした疑念を更に強めることになった。

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