逆転×2

 腕を突き出したゴリラヒールが落下してくる。

 上方から迫る巨体は隕石のようで、あれが直撃したらタダでは済まないだろうなあと思わせる重量を持っていた。


 これはまずい。


 ……当たったらだけど。


 空中で自由に動けないのは当然のこと。

 確かにスピードはあるが、ヒーロイドなら対応できないほどじゃない。


 避け……あ、大谷!?何してんの!?

 今撃ったらダメだ!!


 上空に向けて右腕を突き出していた大谷を押し倒すようにしてヒールの攻撃をかわす。

 間に合わないと判断したのか大谷も地面を蹴り、抱き着く形になっていた俺ごとその場から遠ざかる。


 それから数秒もたたないうちに轟音があたりに響いた。

 音の中心にはゴリラヒール三頭分程の小規模なクレーターが出来ていて、その威力を伺わせる。


「何すんだよ、チャンスだったのに!!」

「アホか!!光をぶつけた瞬間にヒールが消滅するわけじゃないんだぞ!!あのまま光をぶつけてたらヒールを消し飛ばす前に押しつぶされる、最悪その後に大爆発だ!!」

「……」

 怒ったら拗ねてしまった。

 子供か。

 てか今そんな場合じゃないんだけど……


「悪い」

 ……謝られるのも、それはそれで調子が狂う。


 こいつもこいつなりに連携取ろうとしてくれてんのかね。


「んじゃ、俺があいつの動き封じるから、上手くトドメ刺してくれよ?」

 俺がニヤリと笑いかければ、ニヤリと笑い返してくる。

 今度こそ、やってやる。


 クレーターの中心に鎮座する質量の塊は先程からずっと沈黙している。

 どういうつもりだ?

 落下の衝撃で動けないなんてことは無いはずだが……不気味だ。


 かと言って今ここで撃ち込もうとして直前で避けられたら困るし……


 うーん……


 ……


 ……



 時間だけが無駄に過ぎていく。


「もういいよ。撃っちゃおう」

「え?いいのか?」

 大谷もそろそろ痺れを切らしていたようで、俺の提案に嬉しそうに応じる。


「ソレ、維持するのも大変だろ。このまま待ち続けてたら時間経過でオーバーヒートしそうだし」

 大谷の右手の赤い光を指しながら言えば、納得したと見えて一歩前に出る。


 ゴリラヒールに向けてパンチをするように拳を突き出すと、球状の赤い光が真っ直ぐに飛んでいく。


 ふむ。沢渡さんはでかい光線、矢面は矢みたいな形だったけど、こいつは球状なんだな。

 光の色と同じように必殺技の形にも色々あるのか。


 光球がゴリラヒールの肩にぶつかり、全身に広がる。

 ゴリラヒールの岩のような体が赤い光に包まれた。


「作戦通り……か?」

「まあ、多分……」

 どうやら、俺達のリベンジは成功したらしい。

 いや、どうだろう。

 やけにあっさりしているような……。


 まあ、必殺技がきまったんだ、このままヒールが爆発して終わりだろう。


 ……。


 ……。


 …………ん?


 爆発しない?


 ヒールを倒した時の爆発が起こらないまま、ゴリラヒールの体を包んでいた赤い光が収束する。


 どうなってる?


 恐る恐る様子を窺っていると、いきなりヒールの分厚い装甲が砕け、中から一回り小さくなったヒールが飛び出してきた。



 --------------------



 ……これは困った。

 ひじょ~~~~~~~~~~に、困った。


 まさか必殺技を耐えきるなんてなあ。

 丸まって動かなくなったのはアストロンか。いや、多少はダメージ食らってるわけだし、だいぼうぎょか?


「よーし、そのまま動くなよ」

「だから動いてねえだろ」

「おい、平岩!もういいからこいつをぶっ倒せ!」

 ヒールの腕の中で大谷が吠える。


 今の状況を端的に言うと。

 必殺技を使ってオーバーヒートした大谷がヒールに捕まって人質になってる、だ。


「どこかの大魔王と違って石を飛ばして手足を封じたりはしないんだな。優しいな」

「は?」

 首をかしげるヒール。

 人間界では有名でもヒールには伝わらないらしい。


 待て、大谷。なんでお前までわかんない見たいな顔してるんだ。


 ……世代かなあ。


「ちょっと待てよ。今どうするか考えるから」

「いいからさっさとこいつを倒せよ!今なら弱ってるぞ!お前でもいけるだろ!?」

 気を取り直して考えを巡らせ出したところで水を差される。


「アホか、お前死ぬぞ」

「でもこのまんまやっててもっ……!!」

 いやはや、単純な奴だ。


 このまま時間を稼いで助けを待つとか色々あるだろ。

 向こうはこっちのこと見てるんだから。


 いや、来るかな?俺たちの汚名返上のための戦いだからって手を出さない方針かな?

 でもさすがに命かかってたら助けてくれるよな?

 まあ負けヒーロイドのレッテルがいよいよ払拭しがたくなるからできるだけ取りたくない手段ではあるだろうけど。


 ……とりあえず、助けを待つのとは別の方向性で考えるか。


「おい、何企んでる!今こいつを殺すぞ!」

「そしたらその瞬間俺がお前を殺す。お前はお前で生き延びる方法を考えた方がいいぞ」

「……!?」


 弱体化してはいるが、スピードだけ見れば装甲が破壊されたことでむしろ増している。

 正直仕留めきれる自信は無いが、それは言わないでおく。

 ハッタリが功を奏したのか、元ゴリラヒールは少し考え込むような素振りを見せる。


 少しは時間が稼げるか。

 この間にどうするか考えないとなあ。


「うわ!おま、やめろ!」

 突然ヒールが騒ぎ出したので何があったのかと思えば、大谷がヒールの拘束に対して必死に抵抗している。

 おいおい何してんの!?


「今のうちにこいつを倒せ!!」

 変身していない状態ではさすがにヒールの拘束から逃れられないようだが、手足を絡めて動きを封じている。

 今はうまくやっているが力が違いすぎる。

 振りほどかれるのも時間の問題か。


「お前いっつも諦め良いだろうが!この際俺のことなんか諦めろ!覚悟は出来てる!」

 ……。

 …………。


 ………………はあ。

 何を勘違いしてるんだこいつは。

 俺は別に諦めがいい訳じゃない。


「俺はな、諦めるべきかそうじゃないか、見極めてるだけだよ」

 余計なことをしてくれたが、これはチャンスでもある。

 これを生かせなくちゃこいつとこの先上手くやってはいけないだろう。


 それにな、そういうのは覚悟って言わないんだぞ、多分。


 仕方ない、考えてる途中だけどやっぱこの手段しかないか。

 最近あいつの言動が主人公っぽくてイラっと来てたんだ。


 俺もたまには主人公らしいことしてやる。



 --------------------



「こっちだ!!」

 叫びながら変身を解除する。

 ヒールは一瞬こちらを見たが、さすがに二度目は通じないらしく、すぐに顔をそむける。


 だがそれも計算通り。

 戦いの最中に相手から目を背けることがどれほど愚かな行為か教えてやろう。


 ヒールが目を背けた瞬間に、「変身!」と声を出しながら走って接近する。

 腕を頭上で交差させてから振り下ろす、という一連のモーションが無いため当然変身はできない。

 だがそんなこと知る由もない怪人は以前、顔をそむけたままだ。


 コンマ数秒の間を置いたところで、光が来ないことに気が付いたのか、こちらを向くがもう遅い。

 足元にスライディングして、足首に腕を絡める。

 そのまま思いきり力を籠めれば、大谷のせいでバランスを崩していたヒールは、変身前の力でもあっさり引き倒されてしまう。

 思ったとおり、向こうもだいぶダメージが蓄積してる。


 バランスを崩したヒールの首元にワイヤーを飛ばし、絡める。

 そしてそのまま背中側に引っ張れば

「ウウグゥッ……!?」

 当然、首絞め状態になる。


 苦しさで大谷をホールドしていた腕が緩む。

 大谷もそのチャンスを見逃さず、するりと拘束から逃れる。

 逃げ際に、渾身のボディブローを叩き込んでいたのを俺は見逃さなかった。


 さて、1.2倍の力でもないよりはあった方がマシだ。

 そもそもただの人間の力では首を絞めたところで、すぐに反撃されてしまう。

 不意打ちで怯ませるのが限界、猫だましみたいな感じだね。


「変身!!」

 今度こそ眩い光を放ちながら、体を起こして後ろへ飛び退く。

 この時、ワイヤーは伸ばしっぱなしにしとくのがポイントだ。


「このっ……!」

 元ゴリラヒールは一瞬逡巡したが、すぐに自分の首元のワイヤーを引き千切りにかかる。

 現時点でこれが一番厄介だと判断したのだろう。

 さっきからこいつに苦しめられ続けているし、首は生物の弱点だ。


 その判断は正しい。

 だがそれだけに思う壺だ。


 ワイヤーに手をかけたところで今度は前に向かってダッシュ。三歩目で思い切り地面を蹴りながらワイヤーを巻き取る。


 あとはまあ、ビルから脱出したときと同じ要領で。

 俺の体は高速で、ヒールへと吸い込まれていく。

 その動作に気が付いた元ゴリは驚いたように目を見開いて、そのまま動きが止まってしまった。


 これはチャンス。

 俺は空中で半回転し、足の裏をヒールに向けるとそのまま、


「うわっ!?うわわわっ!!??」


 顔面に高速の蹴りを叩き込んだ。


 崩れ落ちるヒール。

 その上に落ちていく俺。


 そのわずかな落下時間で、中二心をくすぐる腕の仕込みナイフを取り出す。

 ゼロフォーとの初対面時以来ほとんど出番がなかった新兵器だが、今こそその真価を発揮する時だ。


 落ちた瞬間こそ姿勢が崩れたが、すぐに馬乗りの形になると胸の装甲の隙間に刃を突き立てる。

 そのままナイフを通して、光を伝える。


 ヒールにダメージを与える光の力は通常、武器越しでは伝わりにくい。

 だからヒーロイドは拳で直接ヒールを殴るのだが。


 ヒールの素体に直接、ゆっくりを時間をかけてとなると話は違ってくる。

 内部から破壊する、という形であれば俺の弱い光の力でも必殺級のダメージを与えられる。

 それを見越して導入した新兵器だったのだが、ゼロフォーには看破されて逃げられてしまった。


 ともかく、今の状況は王手をかけたといえるものだ。

 ヒールの方ももう俺を弾き飛ばす力も残っていないのか、自分の中に流れ込む光を恐れるような目で見ている。


「なあ、やめてくれよ。俺は命令されてただけだ!そしたら戻れるからって!!」

 必死になって騒ぐヒール。

 その内容は命五位だが、少々引っかかる点もある。


「命令?誰かに命令されてビルを壊していたのか」

「そう!そうだ!そしたら元に戻してやると……」

「元に?」

「ああ、そうだ!そもそも俺は元々ヒールじゃなくて……!!」

 それ以上言葉が紡がれることは無かった。


「ヒールなんかの言うこと聞くんじゃねえよ」

 険しい顔をした大谷が、ヒールの口を押さえていた。

 矢面じゃあないが、般若面でもつけてるのかってくらいには鬼の形相だ。


 そこで時間切れだった。

 最後に目を見開いたヒールは、そのまま内側から小さく爆発し、絶命した。


 ヒールに手を触れていたために手から血を流す大谷はゆっくりと立ち上がり、そのまま空を見上げていた。

 つられて上を向くと、そこには戦闘開始前と変わらず、多くのドローンが飛び回っていた。

 いや、もしかしたら最初よりも増えたかもしれない。


 かくして、俺と大谷の汚名返上をかけたリベンジマッチは終結した。


 小さな、疑いの種を残して。

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