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「んじゃ、軽ーくやってくか」

「おう!いつでもいいぞ!」

目の前に立つ大谷は、身にまとった赤い光のせいか体が燃えているようだった。

多分、心はもっと燃えてる。


……すごいやる気だな。

よっぽど悔しかったのか。

それとも期待に応えたい気持ちか。

素直で純粋だからな、色々。


ここはMACT施設内の訓練場。


床をコンクリートにした道場といった感じの内装だが、これでいてかなり丈夫な素材でできているのでヒーロイドが大暴れしても大丈夫なんだとか。


いやー、MACTの施設って広いし色々あるね。

前脇坂に聞いたらテーマパーク並みに土地広いって言ってたし。

こんな街中にそんな土地を持って大きな施設作ってるんだから、MACTってのは得体の知れない企業だな。


さて、なぜ俺たちはこんなところにいるのか。

理由は当然、前回のリベンジのためである。


先日、俺達はゴリラヒールに完敗してしまった。

敗因は連携が取れなかったこと。

それから、個人の資質も少し。


この一週間、ゴリラヒールどころかヒールは一体も出現していない。

しかし、近いうちに再出現する可能性が高いのでリベンジを果たすためにこうして鍛錬に励んでいるのだ。



「おおっ!!」

とんでもない瞬発力で走って突っ込んでくる大谷。

おお。ちゃんとしたヒーロイドとまともに向き合うのは初めてだが、すごいスピードだ。

常人じゃあまず対応できないな。


とんでもなくパワフルだし、この勢いで殴られたら痛いだろうなあ。


まあ、


「おおおっ!?」


殴られたらの話だけどな。



「お前……ズルいぞそれ……」

「なんだと?」

ワイヤーで手足を縛られた大谷がブーブーと文句を言ってくる。


「ワイヤーとか目くらましとかやり方が陰湿なんだよ!!試合くらい正々堂々とやれ!!」

「そんぐらいのこともせずに1.2倍でどう戦えって言うんだよ!?強い力で一方的に捻り潰すのが正々堂々か!?」

大体、実践のための訓練でやってるんだから、ルール無用でしかるべきだろう。


今日は沢渡さんと実践訓練をする予定だが、まだ開始まではまだ時間があるので二人で試合をしている。

個人レベルでの戦い方も身に着けるためだ。


「お前は動きが単純すぎるんだよなあ」

「なんでそんな達人みたいな感じ出してんだ!俺のが先輩だぞ!」



--------------------



リベンジの日は意外と早くやってきた。

訓練を初めて三日後、その日は一日中曇っていた。


昼飯を食った後、沢渡さんも交えた三人で試合をしていると、急に警報が鳴りだした。

すぐにコマンダーから出撃要請が飛んできたので、俺と大谷は急いでジャージを着替える。


「よし、行って来い!」

沢渡さんの言葉に背中を押されながら、俺達は走り出した。


「勝ってきます!」



指定された場所まで駆けつけてると、あのゴリラヒールの大きな背中が見えた。

まだこちらには気づいていないようで、壁に大穴の開いた三階建てのビルを眺めている。

穴の中から見た感じ、ビルの中には壁を破壊されてできた瓦礫以外に何もなさそうなので、またしても廃ビルの破壊を試みているのだろう。


「よし、じゃあ行ってくる」

俺が一歩前に出ると、大谷が心配そうに声をかける。


「なあ、やっぱり俺が行った方がいいんじゃねえか?」

「言ったろ。お前に先に出られると邪魔なんだよ」


前回の反省を生かし、今回は作戦を立ててきた。

そういえば、他のヒーロイドとちゃんと連携をとって戦うとか初めてかもな。


「おい、ゴリラ野郎!!」

「ん?」

大声で呼びかけるとヒールは破壊の手を止め、ゆっくりとこちらを振り向いた。

大穴が開いて内部が丸見えになったビルを背にするゴリラヒール。強そう。

実際に強かったけど。

ビルに大穴開けるような攻撃を受けてよく無事だったなと、前回の戦闘を思い出してゾッとする。


なんとなく人間臭いその動きを慎重に見守っていると、しばらく俺達をじっと見ていたヒールが口を開いた。


「なんだ、またお前らか」

「覚えてくれてるなんて、嬉しいね」

前回も思ったけど、語尾にウホとかつけないのか?

ヒールってやつはこういうとこがどうも怪人らしさに欠ける。


と、そんなしょうもないことを考えながら何気なく上を見ると、灰色の空に幾つかのドローンが飛んでいた。

しかも数が多い。七台くらいか?


ああ、そういえば脇坂が言ってたな。

負けヒーロイドのイメージを払拭するためのリベンジだと。

ということはあれはテレビ局のカメラかな?


……手を振ったりしたら怒られるかな?


まあいいや。今は目の前の敵に集中しよう。


「うおおおおおお!!」

大声で叫びながらゴリラヒールに向かって走っていく。


大声を上げながら突進してくるやつをどうするか。

もちろん、そいつの方を凝視して攻撃を避けるなり、逆に先制攻撃を仕掛けるなりしようとするよな?

人間もヒールも、そこに差は無い。


いいぞ、そのまま目線を外すなよ。


「変身!!」

「うぐう!?」

いやー、毎回毎回みんなきれいに引っかかってくれるよな。


しかし、これでヒールに勝ったとしてだ。

負けヒーロイドのイメージは払拭できても、今度は卑怯ヒーロイドにならないかな?

大丈夫?まあいいか。


怪人を倒す事優先。

あれもこれもと欲張るのはよろしくないよな。

あきらめよう。


さーて、お次はワイヤー発射!

ここまでテンプレ。


最近ワンパターンになりがちだけど仕方ないよな。

これ以外にやりようがないもんな。


ヒールの体はワイヤーに絡めとられ、身動きが封じられている。

さあ、このまま……と思ったが、毎回同じ手段でどうにかなるほど甘くもないらしい。


ゴリラヒールはさすがパワータイプらしく、腕を広げてワイヤーを引き千切って拘束を解いてしまう。

くそ、ゼロフォーといいこいつといい、ヒールはワイヤーを簡単に引き千切りすぎだ。


そろそろ視力が戻るころか?

俺は、穴の開いた廃ビルがあるヒールの後方に回り込み、「こっちだ!」と声をかける。


声の方を向いたヒールは既にうっすらと目を開けていた。

だがまだきちんとは見えていないはずだ。


「こっちだこっち!」

俺はあたりに散らばった二十センチほどの瓦礫をいくつか、ゴリラヒールに向かって投げつける。

そうさっきまでこいつが壊していたビルの破片だ。


瓦礫を投げつけながら後退。

ヒールの開けた穴から建物の中へと入っていく。

内部には外よりも多くの瓦礫が転がっていた。


ここまで見た限りではアイツは遠距離攻撃手段を持っていない。

だから俺に反撃をしようと思ったら当然。


「舐めるな!!」

俺に近づいて来るしかないわけだ。


「おいおい、お前まだちゃんと目が見えてないんだろ?大丈夫かよ」

「ふん!声と瓦礫の方向でお前のいる位置くらいはわかる!」

わー、すごい。


ゴリラヒールに向かってもう一度ワイヤーを発射。

しかし、次はすんでのところで躱され、ワイヤーはゴリラヒールの横をすり抜けはるか後方へと伸びていった。

音で察知したか?

あれかな、視力が封じられたら聴力とか第六感とかが研ぎ澄まされるやつ。


「残念だったな!」

「かもな」

どうせ当たっても効かねえだろ。


ゴリラヒールが近づいて来たところで跳び上がる。

「上だ!」

声を発した瞬間、ワイヤーを巻き取る。


ワイヤーの伸びている腕から順に体が引っ張られ、ワイヤーの巻き付いていたビル外の街頭に勢いよく引き寄せられる。

さっきのワイヤーはヒールを狙ったものではなかったんですねこれが。

残念だったなと言い返してやりたい気分だ。


ワイヤーにひかれながら後ろを振り向くと、一番後ろになっていた足のすぐそばをかすめて、ゴリラヒールが豪快なアッパーを繰り出していた。


ほんとに声で方向察知してるんだな。

上手くいったとはいえ、少しでもタイミングがズレてたら今度こそ死んでたかも。


さて、ビルの外壁を壊せる力で天井を殴ったらどうなるか。

もちろん普通の人間ならば手が届かないが、巨体且つ腕のデカいゴリラヒールは届いてしまう。


ドオン、と大きな音がしたかと思うと、次の瞬間には天井がガラガラと崩れだし、ビルの内部は砂ぼこりに隠れてしまった。


「そろそろ行けるか?」

無事脱出を果たした俺はそのまま大谷の方に行き、声をかける。


「おう、十分だ」

赤い光を身にまとう大谷の右手に、ひときわ強い光が集まっているのを見て思わず感心する。


「いいな、俺もソレやりたい」

「そのうちできるだろ」

軽口もそこそこに、俺達が来た時よりもさらにひどく壊れたビルの方に目をやる。

大谷も鋭い視線をそちらに向け、赤く光る右手を構える。


ヒールがあのくらいで死ぬわけが無い。

あの砂ぼこりの向こうで反撃の機会を狙っているだろう。


今回立ててきた作戦は、以前沢渡さんとともにカマキリヒールを倒した時とほとんど同じだ。

大谷が必殺技を撃つために力を溜め、俺が時間を稼ぐ。

またしてもワンパターンだが、相手にとっては初見なのだから構わないだろう。


姿を現したところを大谷の必殺技……ブラスト・レイでトドメを刺す。

まあ、俺にもまだ必殺技が外れないようサポートするって役目が残ってるんだけど。

なんせ一回使うと充電切れになってしまう大技だ、絶対に外せない。


絶対に失敗できない状況で、大谷の緊張が伝わってくる。

ピリピリとした静寂の中で、ドローンのプロペラが立てる音だけが嫌に大きく聞こえる。

一瞬たりとも力が抜けず、かなり動いた後なのに疲れも息苦しさも感じている暇が無い。


口の中が乾いてきた。

だからこういうの苦手なんだって。


しばらくそのまま待ち続けていたが、どうもおかしい。

ゴリラヒールが一切姿を現さない。

大きな穴の中でもうもうと立ち込めていた砂埃が落ち着き目を凝らすが、ヒールはどこにも見つからない。


「おい、ヒールはどこだよ!?」

「今探してる!」

大谷が騒ぎ出すより早く周囲に目線を巡らせるが、どこにも姿が見えない。

あんな巨体が動き回ったらすぐに見つけられるはずなんだが。


もう一度穴の中を見るが、やはり何もいない。

どういうことかと思いながらコンクリートの壁をを見つめていたその時。

視界の上で、かすかに暗い影が動いた気がした。


「上!!」

俺は叫ぶと同時に空へと視線を動かす。

隣の大谷が首を上に向けた気配と同時に、空から迫るゴリラヒールを視認する。


砂埃に隠れて屋上に登っていたのか。


空中で目があったヒールはニヤリと笑い、両腕を突き出した姿勢でこちらへと落ちてきた。

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