光を超越した男
前回までのあらすじ。
すっごい高さから落下してヒールを足蹴にしつつ今来ました感を出した。
全身が痛い。
特に手足。
ヒールの装甲は金属のようなものでできている。
上手くトゲトゲの間に着地出来たとはいえ、アスファルトよりも硬い地面、もとい背中にあの高さから落ちて来た訳だからその衝撃は尋常じゃない。
しかし、ヒールが膝をついてくれたおかげで落下の衝撃がいくらか吸収された気がする。
だから普通に地面に落ちるよりはマシ……な筈。
そうだと思いたい。
「先輩、何してたんですか!?」
今まで全く姿を見ていなかった仲間がいきなり上から現れたんだから、そんな反応になるのは当然だ。
だが俺だって言わせてもらいたい。
落下の衝撃でジンジンと痺れる腕で体を起こしながら答える。
「それはこっちのセリフだ。俺はさっきこのヒールと戦ってたのに、お前は何してたんだよ」
「ええ!?先輩ヒールと接触してたんですか?それなら連絡してくださいよ」
お面で表情は見えないが、おそらく驚いたような顔をしてるんだろうな。
仮面の下の顔を想像しつつ、ヒールの背中から落ちないようにトゲに手足を絡ませる。
これなら立ち上がっても落ちないだろう。
「そりゃお前、戦闘中に電話なんかできないだろ」
「え、じゃあ先輩ほんとに戦ってたんですか?」
さっきからそう言ってるのに。信用無いな。
「このヒール、さっきは私を見た瞬間に逃げ出したんですよ?」
あ、なるほどそれでか。
「俺が弱いからここで倒しとこうと思ったんじゃないか?」
「ああ、なるほど」
納得してんじゃねえ。
「弱い?むしろお前が一番怖いぜ」
不意に、下から声が聞こえたかと思うと、足元にいたヒールが勢いよく立ち上がった。
しっかり背中のトゲに掴まっていたので落ちるはしなかったが、ヒールは体がでかいので背中に乗っていると結構な高さがあって怖い
いや、そりゃマンションの屋上に比べたら全然マシだけどさあ。
「そんなに俺が怖いなら矢面なんか無視してさっさと逃げればよかったじゃねえか」
「あの小娘を放置すればまたお前を呼ぶだろう?」
あー、確かに。呼ぶだろうな。
俺が来る前に矢面を始末して逃げるつもりだったが、俺が思ったよりも早く来てしまった訳だ。
……いや、違うか。
今回は矢面の粘り勝ちだな。
頑張って持ちこたえてくれていたのに中々助けに出られなかったのが申し訳なくなってきた。
いや、違うんだ。こっちにもやむにやまれぬ事情があってだな……。
「矢面、離れろ」
ヒールの背中越しに、矢面に声をかける。
「え?何言ってるんですか、先輩」
姿は見えないが、戸惑ってるみたいだな。
まあ、見えてても表情はお面の下なんだけど。
「ここは俺に任せろ」
「でも……」
「いいから、お前はお前のやるべきことをやれ!」
あれ?これ死亡フラグみたいじゃない?
まあ死ぬ気なんてないけど。
「……はい!」
いい返事だ。ちゃんと意図が伝わてくれてればいいんだけど。
ヒールの分厚い装甲越しに、走り去っていく足音が聞こえる。
まあ、表情は見えないが声でわかる。
任せたぞ、矢面。
「何がしたいんだ、お前は」
「さあ、察しの言いお前なら少し考えたらわかるんじゃねえか?これにも気がついてたみたいだし」
俺は新兵器を取り出しながら不敵に笑う。
そんなことをしても背中に張り付いている以上ヒールには見えないのだが。
「やっぱり持ってやがったか。だがそれを使うならますますあの小娘を離れさせた理由がわからねえ。二人掛かりで俺を抑えといたほうが良い筈だろう」
「さあな、別に必要なかったんじゃないの」
なんとなくだが、ヒールの緊張が伝わってくる。
怪人も、こういう所は意外と人間らしい。
「そうだ、そういうところだ。俺はお前の、そういう得体の知れねえところが恐ろしい」
「……最高の誉め言葉だよ」
俺はヒールの背中に向けてナイフを構える。
このナイフはただのナイフではない。
まさにヒールが逃げ出すような新兵器だ。
俺の腕に収納して隠せるようになっているナイフは、特定の操作を加えることで腕から飛び出してくる。
アサシン感溢れるなんともかっこいい仕様だが、もちろんこいつはただかっこいいだけじゃない。
このナイフの刃は細く、長く、鋭い。
対ヒール用に作られた、太くて分厚いほぼ打撃武器な剣とは全く逆で、包丁なんかよりよく切れる。
対ヒール用の剣がほぼ打撃武器なのはなぜか。
それはヒールの装甲が硬すぎて普通の刃物では文字通り歯が、もとい刃が立たず、切断が困難だからだ。
では、その装甲の下はどうか。
鋼よりも硬い装甲の下、つまりヒール自身の素体ならば切断できるのではないか、という発想の元俺と脇坂が開発したのがこのナイフだ。
まあ、俺はアイデアを出しただけで、作ったのはほぼ脇坂と部下の開発チームだが。
とまれ細く、長く、そして鋭く作られたこのナイフは見事に俺の要望通りになっている。
ヒールの装甲の細い隙間から差し込み、その素体を直接切り裂く。そのための機能に特化している。
使い方までアサシンぽくてかっこいいことこの上ないが、さらにちょっとしたおまけまでついている。
以上のことから、この武器はヒール相手にしっかり役立つものと思われる。
殻を持った生物の一番硬い部分は殻だ。
中身が殻より硬いことはまず無いだろう。
それに、さっきのこいつの反応を見て確信した。
逃げるのは都合が悪いからだろ?
ヒールの背中に張り付いてる今の状況は、この武器を使うには最高のシチュエーションだ。
そのためにさっき背中にしがみついたんだが、そんなことはこの賢いヒールならお見通しだろう。
当然、全力で抵抗してくる。
「うおおおおおおお!!」
トゲトゲヒールは一声叫ぶと飛び上がり、俺を下にして背中から落ちていく。
ずっと冷静だったこいつが叫んだのは今回初めて。
それだけ向こうも必死ってことだ。
いいぞ、そうでなくっちゃ困る。
ヒールの背中のトゲが地面に突き刺さる。
そのおかげでつぶされることはなかったが、頭のいいこいつのことだ、狙いはそこじゃないだろう。
「お前らヒーロイドは光るだろ」
突然、トゲトゲがそんなことを言ってくる。
予想外の発言に力が抜けて落ちかけ、慌ててトゲをつかみなおす。
「なんで今そんなことを?」
いやほんと。発言の意図がわからない。
「その力が使えるのは、お前らだけだと思うなよ?」
「……は?……っあ……!」
いきなり、ヒールの体が光りだす。
背中側しか見えないが、おそらく全身。
しかもこれはただの光じゃない。
ヒーロイドと同じ光だ。
体内のエネルギーを体外に発現させ、それを攻撃力や防御力に変換する、ヒーロイドの光。
その光に包まれた途端、全身が痛み、焼けるように体中が熱くなった。
何だこのエネルギー。
まさか、沢渡さんがやってた必殺技みたいなやつ。
あの、大量の光の本流でヒールを消し飛ばした、あの光と同じものか?
全身炎に包まれているみたいだ。
トゲにつかまる力もどんどん抜けていく。
いっそ手に持ったナイフもトゲをすべて手放して地面に転がりまわりたい。
ただ、どんなに苦しくてもあと一歩のところで気力を保つ。
体はしんどいが、頭は妙に冷静だ。
前々から思っていたが、一度死んだ時以来追い込まれた時ほど頭がよく回る。
一度死んで慣れたのか、もう死なないための本能か……
なんにせよ、俺は全身を焼かれながらもかろうじて正気を保っていた。
クソ、火炎放射器でも食らっているみたいだ。
いや、地面との間に挟まれていてエネルギーの逃げ場がない分こっちの方が凶暴だ。
この野郎、これが狙いだったわけだな。
普通の人間なら体の表面からドロドロ溶けていきそうな温度だが、光に包まれているからか、軽い火傷くらいで済んでいる。
まあ俺はその光も特別弱いんだけど。
しかし、外傷以上にダメージを食らっている感じがする。
なんていうか、体の内側を直接殴られているような……
そうか!そういえばヒールには光で殴るのが有効なんだった。
なるほど、ヒーロイドに殴られるヒールはこんな気分なんだな。
てか、待てよ?ヒーロイドが光を纏えるのは体内のエネルギーを光に変える装置が体に埋まってるからだよな?
なんでヒールが光を使えるんだ?
まさかヒールにもその装置が……
そこまで考えたところでとうとう体に限界が来た。
トゲをつかんでいた腕が緩み、密着していた背中から体が剥がれ落ちたのだ。
こうなるとナイフを差し込むのもキツイ。
一旦脱出を試みるが、足や無数のトゲに阻まれて背中と地面の間の空間から脱出することが出来ない。
くそ、確実にこっちの嫌がることをしてきやがる。
って、俺か。
あーーー!!打算的なところや悪賢いところに妙なエンパシーを感じてしまう自分が憎い!!
矢面はまだか!!早くしてくれないと焼け死んじまう。
いや、自分の命がかかってるんだ、他力本願ではいられないか。
ここで死んでも誰も助けられない。
執着も出来ちまったし、犬死には御免だ。
どうせ死ぬならダメ元で。
やっぱりそういう考え方って大事だよな。
生き残るのはたいていそういうやつだし。
俺はナイフを構えなおすと、今尚光と熱を放ち続けている大きな背中を見つめる。
眩しくて目がつぶれそうだが、死ぬよりマシだ。
目を細めながらもしっかりと凝視し、装甲の隙間に狙いを定める。
そしてナイフを持った右腕を思い切り突き出した。
ザクッ、と切っ先が何かに突き刺さる確かな手応え。
刺さった!
正直装甲に弾かれるだろうと思っていたが、運よく刺さってくれたらしい。
まあ、何度弾かれても死ぬまでナイフを突き出し続けたが。
まあ、上手くいったところでこんなのはささやかな抵抗なんだけどな。
だが、この行動は思った以上に大きな効果をもたらした。
素体に直接刃を突き立てられたことをまずいと判断したか、それともその先の危機を直感的に察知したか。
距離を取られては仕方がない。
ささやかな抵抗はいったんここでお終いだ。
「貴様……」
ナイフの一撃を食らった瞬間大きく飛び上がったヒールは、数メートル離れた場所に着地すると恨めしそうにこちらを睨んでくる。
さっきまで全身から発していた光は既に消え、見慣れた姿に戻っている。
この距離で光を当てても効果は薄いと判断したか、とうとうエネルギーが切れてくれたか。
後者ならいいんだけど。
背中に刺したナイフがそのまま持って行かれずに手元に残ったところを見ると、刺さりは相当浅かったらしい。
それにしては反応が大袈裟だが、それだけ危機察知能力が高いということだろう。
勘のいい奴だな、クソ。
「やっぱりそこにいたんですね」
突然、どこからか矢面の声が聞こえてくる。
「撃たずに待っていて正解でした」
どこにいるかわからないが、口ぶりから察するに準備は万端らしい。
「さっきの小娘か!逃げたはずでは……」
戸惑うヒール。どうやら向こうも矢面を見つけられず困惑しているらしい。
隠れるの上手いな、あいつ。
「俺は逃げろなんて言ってないしな。離れろ、としか」
「なんだと?まさか、お前……」
お、流石は賢いヒールさん。早くも色々悟ったらしい。
「陽動だったのか!自分を囮にして……」
「優秀な後輩をもって、俺は幸せだよ」
いや、ヒーロイドとしては先輩だっけ。
なんにせよ、ちゃんと言いたいことが伝わっていてよかった。
俺はだめ押しのために、ナイフを構える。
そして、ヒールの顔を目掛けて投げつける。
悲しいかな、子をかばうのは生き物の性だ。
ヒールも同様だったらしく、咄嗟にナイフを払おうと腕を突き出す。
これはただの経験則なんだけど。
顔に何か飛んで来た時って、避けるよりも思わず手でガードしちゃうよね。
そしてその瞬間は腕と顔に全神経が集中して、ほかのことに意識がいかなくなる。
全員が全員そうだとは思わないけど、少なくとも俺はそうだ。
今はそれだけでいい。
なんせ、こいつと俺の行動はそっくりだからな。
「やれ!矢面!」
ヒールの手がナイフに触れ、俺が叫んだ瞬間。
桃色の光の矢が俺の背後から飛んできた。
俺の体から左に数十センチの空間を切り裂いて真っ直ぐに飛んで行ったそれは、丁度ナイフを払うために腕を上げ、がら空きになって居たヒールの脇腹に突き刺さった!
「ングッ!?」
怪人の巨体を後方に大きく突き飛ばした光の矢は、そのままトゲだらけの装甲の中に吸い込まれていき、すぐに消えた。
沢渡さんのものとは携帯が全然違うが、間違いない。
あれがヒーロイドの、矢面の必殺技だ。
しっかりと俺の意図を汲み取った矢面は、俺が時間を稼いでいる間に体内のエネルギたる光を集中させ、いつでも撃てるようにスタンバイしてくれていたのだ。
ほんと、いい先輩だよ。
矢に突き飛ばされて背中から地面に落下したヒールは、淡い桃色の光に包まれ、爆発した。
その爆風を受け、とうとう限界を迎えた俺は倒れそうになる。
矢面の前で倒れるまいと耐えてみるが、これは無理だ。
せめてもの意地を見せるため、前のめりに倒れる。
武士か、とセルフツッコミをしながら、アスファルトに顎を打ち付ける。
今回もちょっと無理しちまったかな。
また矢面に怒られるかな。
マッチョウサギとの戦いの後で目覚めた時、俺のことを心配してくれていた矢面の顔を思い出した。
なんか申し訳ない気持ちになって来たな。
今擦りむいた顎や光で焼かれた体よりもそっちの方が気になってきた。
「先輩!先輩!」
後ろから駆け寄ってくる矢面の声が聞こえる。
そばに駆け寄ってきた矢面は既に変身を解いていた。
いや、必殺技を使ってオーバーヒートしたのか。
お面も外しているので表情がよく見える。
やっぱり心配かけたみたいだな。いや申し訳ない。
しかし、何と言うか。
なんかこの感じにも慣れて来たな。
ヒールを倒して、俺も倒れこんでて、そばには誰かがいてくれて……
だが、今回だけはいつもと少し違った。
クソ、そんなとこまで一緒じゃなくていいんだよ。
なんでお前は、まだ立ち上がってるんだよ。
「……え?なんで……」
矢面の戸惑う声が聞こえる。
当然だ。俺も思わずそう言いたくなるくらい驚いている。
「いやはや、死ぬかと思った。やっぱりお前は怖い奴だ」
前方十メートルの位置に立っているその巨大な影は、見間違いようもなく、今爆発したトゲトゲヒールだった。
爆発のせいで装甲はあちこち剥がれ落ち、血のような液体が流れ、立っているのもやっとのようだが、確かにそこに立っている。
「おい、ヒーロイド。俺はゼロフォーと呼ばれてる。お前の名前は?」
なんだ?何でいきなり名前を聞いてくるんだ?
しかも人に名前を聞く時にしっかり自分から名乗るとは、礼儀がなってるな、この野郎。
「平岩蒼汰。力は常人の1.2倍だ、覚えとけ」
顎を地面につけながらかっこつけるのもかっこ悪いが、意地を張らずにはいられない。
「ああ、覚えとくよ」
ゼロフォーはにやりと笑い、続ける。
「平岩蒼汰。ヒールとヒーロイドじゃなきゃ俺たち仲良くなれてたかもな」
ほんとに何なんだこいつは。
俺が感じていた親近感をこいつも感じていたのか?
人に得体が知れないなんて言っておきながら、こいつも大概よくわからない奴だ。
「仲良くなれるかどうかはお前の行動次第だな」
とりあえずそう言っておく。
ヒールと仲良く……か。
「そうか。でも俺は一人も殺してないぞ?」
意外な一言だった。
強いヒールは、マッチョウサギみたいなのよりもっと大勢手にかけているものかと思っていたが。
もちろんヒールの言うことなどそのまま信じられるものではないが、不思議と嘘ではないような気がした。
ダメだ、頭がちゃんと回ってない気がする。
「俺は死ぬのも殺すのも御免だからな。お前らもこれ以上戦えないだろうし、お互い退こうぜ」
おい、待てよ、聞きたいことが幾つも出来ちまったじゃねえか。
悠々と去っていく背中を見つめながら、考えがうまく纏まらないまま言葉を発しようとした。
それが悪かった。
「お前、なんで出て来たんだよ」
だから、こんな一番どうでもいいようなことを聞いてしまった。
なのに……
「さあ、なんでだろうな?」
ゾッとした。
手の内は明かさないとでも言うように。
そして、冷酷に……
そんな俺の様子に気が付いたのか、矢面が何度も声をかけてきたが、何一つ頭に入ってこなかった。
体中を包んだ悪寒は、ゼロフォーが立ち去った後もしばらく消えることは無かった。
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