何がどうしてこうなったのか
火は好きだ。
暖かいし、明るいし。
そういう便利さ以外にも、ゲームのキャラクターが炎を使っているのがかっこいいからなんていう幼稚な理由もある。
なにより、物が燃えているのを見るのが好きだ。
何故かと言われても困るが、なんとなく好きなのだ。
しかし、目の前で激しく燃えるこの炎はどうも好きにはなれそうもない。
むしろ憎しみすら覚える。
自分の無力さに打ちひしがれながらも、俺は電話の向こうの脇坂に淡々と告げる。
「家が、燃えています」
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MACTの会議室。
別名、ヒーロイドのいつもの溜まり場。
俺と脇坂、そして矢面という見慣れた面子でだらだらと過ごす夏の昼下がり。
「災難でしたね、先輩。まさか家が火事になるなんて」
「んー、まあな」
今矢面が言ったとおり、俺の住んでいたアパートは三日前に火事で焼失してしまった。
その日の夜、俺は財布と携帯だけを持ってコンビニまで出かけていた。
明日の朝飯用のパンと牛乳を買って、ビニール袋片手に帰路に着いたところ、家の方がやけに明るいのに気が付いた。
何やら嫌な予感がしたので走って帰ってみれば、なんということでしょう。
すでにアパートは火に包まれ、とても手が付けられない状態になっていましたとさ。
木造のボロアパートは消防車の到着までに粗方燃え尽き、部屋に置いていた家具や本も全て燃え尽きてしまったのだった。
別に特別大事なものがあった訳でもないし、失ったものには執着しない質なので大してショックではないが、それ以上に気になることがある。
「放火だったんですよね?それもものすごい火力での」
「それでいて犯人らしき人物の目撃証言も無いってことだし、やっぱりヒールの仕業かなあ」
いくら木造の建物とはいえ、徒歩五分の位置にあるコンビニにちょっと買い物に行って帰って来るくらいの短い時間で丸焼けになどそうそう出来るものではない。
犯人が人間である限りは。
俺もあの時たまたま出かけてなかったら焼け死んでいたかもしれない。
火の回りが早かったし、気づいた時にはすでに辺りは火の海に、なんて。
考えただけでもゾッとする。
そんな死因は御免だぞ。
幸いなことに死人は出なかったが、気づいてから避難するまでに煙を吸いすぎた人がいたらしい。
消防車に遅れて救急車もやってきて、病院に搬送されていった。
別に特別付き合いがあった人ではない。
そもそもご近所付き合いもほとんどしていないし、あそこにどんな人が住んでいたかなんてほとんど知らない。
だが、あの火事がもしヒールの仕業なら、俺は同じアパートに住んでいる人すら守れなかったことになる。
ヒーロイドとして情けない。
家を燃やされたことよりも、そんなことが頭の片隅に引っかかっていた。
「でもレーダーには何の反応もなかったんだろ?」
「まあね。でもまあヒールがいるところすべてにレーダーが反応するわけじゃないし」
「活動が活発になった時のエネルギーみたいなのを感知するんだっけ」
「そうそう、レーダーに反応しない時でもヒールは存在してるわけだからね」
どうもそういうことらしい。
おかげで、まだ生きているはずのゼロフォーの行方も追えていない。
何か企んでるようだったし、早めに見つけてしまいたいんだけど……。
「レーダーに反応しないってことは活発に活動してないってことですよね。なのにアパート一つ全焼させるって……本気出したら町一つ丸焼きにできたりするんですかね」
「あるいはレーダーに反応しない新種とかな」
笑いながらそう付け足したが、矢面は蒼い顔をしながらひょっとこのお面をかぶってしまった。
いや、なんでだよ。
「いずれにせよ困ったことだね。早めに対策を取らないと」
やれやれといった面持ちで脇坂が席を外す。
あの人も最近は忙しいらしい。
ヒールが同時に何体も出現したり、ゼロフォーみたいなやつが出てきたり。たりたり。
挙句の果てにはレーダーに引っかからないヒールの出現疑惑だ。
胃が痛い話だな。
ドアをくぐっていく後ろ姿からも、疲労の色が見て取れる。
元々若くはないが、ここしばらくでさらに老けたような……。
「先輩今はここの部屋使ってるんですよね」
矢面が何気ない様子でそんなことを言ってくる。
ここの部屋、というのはこのMACT施設内にあるヒーロイドに割り当てられた個室のことだ。
一人一部屋用意されるもので、先日色々な手続きが終わりようやく俺にも個室が支給された。
まさかそれからすぐ住むことになるとは思ってもみなかったが。
「住み心地は最悪だぞ。トイレは施設内の供用のを使わないといけないし、風呂はシャワールームだ。湯船に浸かりたきゃ近くの先頭に行けってさ。冷蔵庫とコンロくらいはかろうじてもらえたけど小さいし」
住み始めてから三日。家賃無しとはいえ我慢しきれない住環境に愚痴が止まらない。
「仕方ないですよ、与えられている個室は出動に備えて待機するための詰所みたいなものなんですから」
「その詰所の壁一面にお面飾って魔改造してたのは誰だよ」
おい、目を逸らすな。
いや、ひょっとこ面だからもともと視線はズレてるけど。
そのお面の下でどんな顔してるかくらいは大体想像つくぞ。
「大体、出勤前にここに詰めとく必要があるのかよ。ヒールが出たら近くにいるやつが向かえばいいじゃないか」
「それは、通信で知らせることもできますけど。やっぱりここからの方がサポートもしやすいみたいですし。それに近くにいる人が、ってなったら労働時間オーバーしちゃう人も出ちゃうじゃないですか」
うわあ、超ホワイト。
「そもそもヒーローなのにシフト制ってのがどうなんだよ」
苦笑しつつ前々から言いたかったことを言うと、矢面は至極真面目に説明を開始する。
「そりゃMACTも民間企業ですし。ヒーロイドも法の上では契約社員みたいなものですから」
矢面は当たり前のように言っているが、小さいころ特撮ヒーローなんかを見ていた日本男児としてはこの辺にどうも違和感がある。
「それに、先輩がケガするたびに医務室で手当てしてもらえるのも行ってしまえば労災みたいなものなんですからね」
ああ、あそこには大分お世話になったなあ。
手当っていうより修理って感じだけどな。
まあこの感覚は自分の腕のねじが締められたことのある人間にしかわかるまい。
まあこの時点で人間かどうか少し怪しくなっては来るが、これくらいでうじうじ悩んでいたころの俺ではない。
「でもヒーロイドのシフトって俺とお前と沢渡さんの三人で回してるよな。時間外の出動もあるときはあるし、圧倒的に人手不足じゃないか?」
ついつい愚痴っぽくなってしまった。
最近色々あったせいか、今日はどうもこんな感じだな。
というか「最近色々あった」って表現を多用しすぎている気がする。
まあ本当にいろいろあったから仕方ないんだけどさあ。
「あれ?先輩知らなかったんでしたっけ?ヒーロイドはもう三人いるんですよ?」
「え?」
何それ、初耳。
どうも俺はMACTについて知らないことが多すぎるなあ。
単純に興味が無いだけだけど。
だが他のヒーロイドのことは気になるので、ちょっと詳しく聞いてみる。
肘をついて矢面に(正確には矢面がかぶっているひょっとこ面に)目を合わせて話を聞く態勢。
「おい、なんで目を逸らすんだよ」
「逸らしてませんよ!大体、見えないでしょう!」
「お面越しでもそれくらいわかるよ。まあいいけどさ。あと三人のヒーロイドってどこにいるの?」
矢面は改めて説明しようとするが、相変わらず目は合わせない。
いやはや。
こいつはよくわからん。
「一人は大谷君って言って、先輩と同い年です。今は出張中でいませんけど」
「出張?」
ちょっと何言ってるかわからない。
「ヒールって基本この辺の地域にしか出現しないものなんですけど、年に数回全く違う地域でヒールが出ることがあるんです。ヒールの出現頻度やヒーロイドの数的に全国に支部を置くようなこともできないので、出現が確認されるたびに誰かが出張という形で討伐しに行くんですよ」
何それ、絶対行きたくない。
「先輩がヒーロイドになる直前に、九州でヒールが数体確認されたので大谷君が出張に行ったんです。まあもう確認されたヒールはすべて倒したらしいので、もうすぐ帰って来ると思うんですけど」
なるほど、それはいいことを聞いた。
人が増えてくれたら死にかけることも減るだろうしな。
「もう一人が直江さんっていう女の人なんですけど……」
「ん?どうした?」
急に歯切れが悪くなったな。
何か言いにくいことでもあるんだろうか。
「先輩がヒーロイドとして加わった時に、『人出が増えるなら』と……現在は長期休暇を取っています」
「おい」
なんだそりゃ。
それでいいのかヒーロイド。
「まあ社会人なので仕方ないところはあるんですけど」
矢面が何とも言えない表情をしているであろうことが、お面越しでも伝わってくる。
副業感覚かよ。
一応人体改造までしてるはずなんだけど、それでいいのか。
ていうか脇坂の奴、「改造にはかなり金がかかってるからちゃんとヒーロイドとして働いてもらわないと困る」みたいなこと言ってなかったか?
まあそんなことを言ってもどうにもならなそうなので、ここはあきらめることにした。
人生は諦めが肝心なのだ。
諦め時を間違えない。
これ自分ルール。
「それで二人か。ヒーロイドはもう一人いるんだろ?どんな人なんだ?」
さっさと気持ちを切り替えて、次の人物について尋ねることにする。
しかし、矢面は先ほどよりも言いにくそうに体をひねる。
「それが、知らないんです」
「は?」
おっと、思わず声に怒気が混じってしまった。
気持ちを切り替えようとして失敗したからだが、この場合矢面は別に悪くない。
いやはや。申し訳ないことをしてしまった。
「いえ、いるという話は聞いているのですが、会ったこともないし名前も知らなくて……」
矢面は申し訳なさそうにしながら答える。
「伝説上の存在なのか?」
出来るだけ柔らかい言い方を意識しながら聞いてみる。
「伝説というか、幻というか……」
「謎だな」
二人そろって顔をしかめる。
しつこいようだが、矢面はひょっとこ面をつけたまま顔をしかめている。
そんなやり取りを適当なところで打ち切って本を読んでいると、矢面が声をかけてきた。
「先輩って暗算するの早いですか?」
ん?なんだいきなり。
「まあそこそこだと思うけど」
本から顔を上げながら答えると、矢面はにやりと笑う。
「数学は得意ですか?」
「得意っちゃ得意だな」
何やら納得したような様子だが、俺は何もわからない。
訳が分からず顔をしかめる俺の耳元を、突如プウンという不快な音がかすめた。
……ん?
これはもしや、と思い辺りを見渡すと、いた。
案の定、室内をクルクルと飛び回っている。
そう。それは、夏の不愉快代表。
大っ嫌いな例のアイツ。
毎年多くの日本人が頭を悩ませ、物理攻撃から化学兵器まで幅広い手段を用いて全面戦争をする小さなアイツ。
そう、蚊である。
くつろいでいるとき、不意に。
はたまた寝ようと布団に寝転がっているときに、しつこく。
耳元でプンプンなるアイツの羽音が、俺は、大っ嫌いだ!!!
俺は眉間にしわを寄せ、そいつを睨みつける。
いつもならば飛んでいるところを手でつかんで握りつぶすところだが、今日は違う。
俺は憎き敵から視線を外さず、テーブルの上に置いてあるスプレー缶に手を伸ばす。
ひやりと冷たい感触のそれをしっかりと握り上部を押すと、蚊に向けて白い霧が勢いよく噴出された。
俺はあんまり家にあった記憶が無いんだけど、殺虫剤ってどのくらいの家庭が常備してるもんなのかね?
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「お前、もしかして裏切り者か?」
目の前には見たことも無いヒーロイド、横にはゼロフォーことトゲトゲヒール。
ヒーロイドの後ろには矢面と蚊のような見た目のヒールが倒れている。
光る拳が俺の顔の横を突き抜けて壁を砕き、俺の両手からはワイヤーが伸びて、頭がくらくらする。
えーっと、なんでこんなことになってるんだっけ?
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