困惑!再開と謎ヒール
「先輩!」
「なんだ!?口を動かしてる暇があったら足を動かせ!」
「なんで私たちは走ってるんですか!?」
例によって真夏の都市部を走る。
ギラギラと照り付ける日光もさることながら、アスファルトからの照り返しがかなりきつい。
建物が多いせいで風もなく、たまに来るのは室外機からのムワっとした空気。
いいな、エアコン。
屋外の完全冷房とか出来ないもんかね。MACTなら出来そうな気もする。
などと適当なことを考える。
「あのバカデカい蚊が逃げているからだ」
袖口で汗をぬぐいながら矢面の質問に答える。
服を着たままシャワーを浴びたのかというほど汗をかき、半袖のTシャツが肌にべっとりと張り付く。
うーん、不愉快。
「じゃあなんで私まで走ってるんですか!?」
やれやれ、不満の多い奴だな。
二人とも変身していない状態なので、今日は俺が前を走っている。
だから矢面の様子は見えないが、声がこもっているので多分お面をつけたまま走っているのだろう。
苦しいと思うんだけどなあ。
蚊を追いかけて二人で走っている、という一見シュールな絵面だが、一点だけおかしなところがある。
俺たちの前を飛んでいる蚊があまりにもデカすぎる!
ついさっきの話。
あの部屋の中で、俺は蚊を落とすために殺虫剤を吹きまくっていた。
しかし、時間が経てば経つほどに、二匹、三匹とどんどん蚊が増えてくる。
室内の蚊が十匹あまりになった頃。
流石におかしいと思って部屋を見回してみた、その時。
大型のモニターが設置してあるその隣に、奴はいた。
驚くなかれ。壁に留まっていたのは、五センチ大のモスキート。
当たり前だがただの蚊ではない。
そちらにスプレーを向けると、そいつは少し開いていたドアの隙間をすり抜けて逃げだした。
そこから一直線に出口に向かうと、外へ飛び出す。
あれは絶対にただの蚊ではない。
そう思った俺は、矢面を引っ張って走り出したのだった。
そして、今に至る。
目の前の蚊は既に二十分以上跳び続けている。
当然それを追いかける俺達もそれだけ走り続けているわけで。
真夏に汗だくで走っている男女など、目立って仕方がない。片方がお面をつけていれば余計に。
街の人々の視線が集まっているのを感じる。
逃げている蚊の方はというと、人々の間をうまくすり抜けながら逃げていく。
人に阻まれて見失いそうになること三度。矢面がもうあきらめようと提案すること八度を経て、俺達はとうとうそこへ辿り着いた。
「あいつは一体……」
「なんか、蚊男って感じですね……」
建物の壁に隠れながら、俺達はその異様な光景を眺めていた。
薄暗い路地裏に、五センチ大の蚊が何十匹も集まっている。
正直気持ち悪い。
走ったことによる暑さや疲労で、幻が見えているんだと思いたいが、残念ながら現実のようだ。
プンプンとうるさく飛び回るそいつらの中心に、人影が見える。
どうやらあれが、蚊の親玉みたいだな。
基本的な体型は人間のようだが、蚊のような顔や背中の翅、六本もある腕と細く伸びた口が、その持ち主がただの人間ではないことを物語っている。
間違いない、あれは怪人、ヒールだ。
「なんにせよヒールなら倒さないとだな」
「そうですけど、どうします?」
「なに、外殻があっても化学兵器は効くだろう」
「いいぞ、お前たち。次はだな……」
あのヒール、話せる奴か。
てことは知能が高くて強い奴ってことだな。
早めに決着をつけよう。
彼我の距離三メートル。
間には大量の蚊。それもデカいやつ。
一度大きく息を吸い、吐き出す。
地面を、蹴る。
「なんだおまっ……!?」
言い切る前に腕を突き出すと、ヒールたちに向けてスプレー缶を構える。
殺虫剤だ。
蚊を追いかけてMACTを出る時しっかり持ってきていたのだ。
走ってる間に何回か投げ捨てようかと思った。
しかしちゃんと持ってきていてよかった。
やはりポイ捨てをしてはいけない。
噴出された霧が、勢いよく蚊の集団に直撃する。
回避行動をとらないのはトップを守るためだろうか。
ヒールの影響を受けた蚊にも化学兵器は有効なようで、飛び回っている蚊たちがどんどんと撃ち落されていく。
そいつらに守られているヒールは後ろを向いて逃げ出そうとするが、もう遅い。
走り出す直前でスプレーが体を捕らえ、次の瞬間には俺の跳び蹴りが腰に炸裂した。
ヒールは前のめりに倒れ、俺は危ういながらも着地。
そのままヒールの翅を踏みつけ背中に跨り、顔に向けて殺虫剤を浴びせる。
「あああああああああだずげうえっ……やめっ、があ!!」
ストロー状の口から断末魔の悲鳴を上げるヒール。
無言でスプレーを浴びせる俺。
うーん、これではどっちが悪者だかわからない。
先ほど撃ち落されなかった大きな蚊が何匹も耳元でプンプン飛んでいる。
中には顔や腕に留まっているものもいたので、払いのけるために一度両腕を顔の前に持ち上げる。
「変身!」
白い光が体中を包む。
蚊を相手に目つぶしが有効なのかはわからないが、光は体を守ってくれるわけだし、蚊の針くらいなら通さないだろう。多分。
普段使い出来たら虫除けいらずで楽なんだけどな。
しばらくじたばたと暴れていたヒールは、やがて力尽きたのか、ピクリとも動かなくなった。
周辺をプンプンと飛んでいた蚊たちも、いつの間にかいなくなっていた。
ヒーローの勝利した瞬間である。
「ほんとに無茶するんですから……」
今まで隠れていたらしい矢面が出てくる。
今回はこいつの力を借りずに済んだ。いや、待てよ……?
「矢面」
「なんですか?神妙な顔して……」
「俺、話すヒールを初めて一人で倒したんだけど……」
「……」
それにしてもずいぶんとあっさりだったな。
いくら化学兵器を使ったとはいえ、これならマッチョウサギの方が強かったんじゃあなかろうか。
いやはや、これは……。
「おいおい、またお前か」
不意に、後ろから声をかけられた。
振り向くと、そこに立っていたのは……。
「やってくれたな、最悪だ」
トゲトゲヒール。
ゼロフォーだった。
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