帰ってきたヒーロイド
「店長!?」
鉄パイプの様なものを持った店長がヒールの後ろに立っている。
これは、一体どういうことだ?
なんでさっき逃げたはずの店長がここにいるんだ?
まさか戻ってきたんだろうか。
でもなんで?まさか……俺を助けるためか?
いやいや、それこそなんで!?
まさか……まさか……
「無事か?平岩」
店長ぉぉぉぉぉぉ!!!
何が何だか分からないが、今ヒールは完全に店長に気を取られている。
だがこのままの状態で放っておけばすぐにでも店長が襲われてしまいそうだ。
ならば俺がとるべき行動は一つ。
あまりやりたくはないが、背に腹は代えられない。
せめてあんまり見えないことを願って。
そおいっ!!
「!?」
ヒールの首元に向けて射出した左手のワイヤーが見事に命中。
我ながら惚れ惚れする命中精度だ。今のところ命中以上の活躍は無いけれど。
今回もしっかり仕事をしてくれたワイヤーは、ヒールの首元にしっかりと巻き付き文字通り首を絞める。
こんなことをしたのはもちろんヒールを絞殺するためなどではない。
ていうか首絞めなんか効くのかこいつら?
首元も堅い装甲で覆われてるしなあ。
とまれ、そんなことはどうでもいいのだ。
ヒールの反応が遅れているうちに、ありったけの力を込めてワイヤーを引っ張る。
不意を突かれたからか難なく手前に引き倒されたヒールは、俺に覆いかぶさる形で頭を下げる。
ふはは、どうだ。跪かせてやったぞ。俺下敷きだけど。
そのまま下から胴体に一発蹴りを食らわせてやる。
ほとんどダメージはないだろうが、ささやかな仕返しだ。
そろそろ立ち直ったらしいトゲトゲ怪人が動きを再開する前に力一杯に叫ぶ。
「逃げろ、店長!!」
その瞬間、舌打ちをしたヒールが再び易々とワイヤーを引きちぎると、大きく飛び上がって脱兎のごとく逃げ出した。
コンビニの屋根に飛び乗り、そこから向こう側の建物に飛び移りながらどんどん離れていくトゲだらけの大きな背中。
いやはや。何というかこれは……
気まずい。超気まずい。
いや、確かに逃げろとは言ったけど。
お前じゃねえんだよ、と。
あんなに必死で逃げろって叫んだ相手と二人きりで残されるのすごい気まずいんだけど。
「平岩」
思わずびくっとしてしまう。
店長に声をかけられた。
前回と今回と、積み重ねが最悪すぎる。
でもまあ遅かれ早かれ話さなくちゃいけなかったんだよなあ。
タイミング最悪だけど。
「あの、店長」
「ありがとうな」
「ふあえっ?」
唐突に笑顔で礼を言われ、素っ頓狂な声が出てしまう。
完全に意表を突かれた。
「ヒーロイドって言われても正直ピンと来なくてな。この前もどうリアクションして良いかわからなかったんだが……」
そこまで言って一呼吸置くと、改めて俺の目を見ながら話し始める。
「なるほどな。こういうことだったんだな。お前は、こうやって人助けをするために頑張ってるんだな」
……ああ、そうか。
俺が改造されてすぐ、何が何だかわかっていなかった様に。
店長も、何が何だかわかってなかったんだな。
それ故の沈黙。ただそれだけのことだったんだ。
そして俺もそれがわからなかった。
ちょっとわからなかっただけなんだ。ほんのちょっと。
「ほんとに助かった、ありがとな」
何も気に病むことなんてなかったんだ。
そんなことを思うと同時に、一つの感情が込み上げてくる。
「あれ?ちょ、おい、何泣いてんだよ」
初めてだ。ヒーロイドとしてでもなく、俺としてでもなく。
ヒーロイドとしての俺を認めてもらえたのは。
嬉しいような、誇らしいような、くすぐったいような。
色々な感情がぐちゃぐちゃに、それでも纏まりをもった感情として、心の底からどんどんと湧き上がって来た。
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ヒールが逃げて行った方へ向かって走っていると、通りを三つほど抜けた先であのゴツイ後ろ姿を見つけた。
後ろから不意打ちを食らわせてやろうかと思って近付こうとしてみたが、何だか様子がおかしい。
よくよく見てみると、何かと戦うように身構えている。
もしや思いヒールの先に視線を移すと、案の定そこにあいつがいた。
肩までかかった黒髪と細い体躯。
その体を包む、桃色の淡い光。
そして顔には、その外形には不釣り合いな民族感漂うお面。
間違いない、矢面だ。
……矢面、だよな?
なんかお面変わってないか?
民族的なやつには違いないけど、なんか別の民族みたいな。
まさかヒールを追いかけてる最中に取り換えたんだろうか。
いや、何のために?
とにかく、考えていても仕方が無いので救援に向かうことにする。
なんせあのヒールはかなり強い部類に入る個体だ。
俺が今まで見てきた中でも一番かもしれない。
まとっている装甲がトップクラスに硬い上に状況を見て動く賢さも持っている。
さっき逃げたところから見ても、中々に勘がいい奴みたいだしな。
おお、戦ってる戦ってる。
ヒールは硬い装甲とでかい図体を生かしたパワータイプっぽいな。
一方の矢面は小柄な体でひょいひょいと敵の攻撃をかわしながら少しずつ攻撃をしている感じだ。
どちらも見た目通りのバトルスタイルだな。ひねりが無いし何の面白味も無いぞ。
まあ俺が色々小細工しすぎなのがおかしいんですけどね。
さーて、ここでのこのこ出て行ってもすぐにやられて終了だろうからな。
不意打ちがいい。有効打を一撃与えれば十分だろう。
……いや、十分か?今のところはちまちま攻撃している矢面が優勢に見えるが、トゲトゲヒールにはほとんど通用していない感じだし。
攻撃をかわすために大きく動いている分消耗も激しそうだし。
このまま長引けばパワーとスタミナで押し切られるかも。
となれば俺に要求されるものも大きくなりそうだな。
不意打ち一発くらいじゃ何にもならなさそうだし……。
仕方ない、これを使うか。
となればタイミングが大事だな。
確実に有効打を与えるように、尚且つ今来ました感を演出できるのが望ましい。
そばにいたのにコソコソ物陰に隠れてたなんて矢面に知られたら何を言われるかわかったもんじゃない。
とはいえ、あいつらがいるのは比較的広い区画だ。
こっそり近づけるような物陰も無し。ただの不意打ちですらやりづらいのに一撃で有効打を入れなければならないとなると……。
これもうほかのヒーロイドの到着待っちゃダメかな?
一瞬そう思ったが、そういえばこの時間すぐに動けるのは矢面と俺だけだ。
他の人が来るよりも矢面がスタミナ切れで押し切られる方が早いだろうな。
いやはや。やはりここは俺が動かねばなるまい。
とはいえ横や後ろから近づくのは難しそうだしな。
そこまで考えた時、ふと見上げたマンションが俺の目に留まった。
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いや、確かにさ。
これしかないとは思うんだよ。思うんだけどさ。
流石にきついな。
ここはマンションの屋上、地上五階のそのまた上。
五階分の階段を駆け上がってきたせいで、心臓が破裂しそうなほどバクバク言っている。
いったん休憩。息を整えよう。
ここから見下ろすと矢面もヒールも豆粒のようだ。
そう、後ろからも横からも近づけないなら上から、という作戦だったのだが。
唯一の誤算は廊下が裏手側にあったことだ。
出来れば三階くらいからがよかったんだけどなあ。
まさか屋上からしか行けないとは。
結構な高さから地上を見下ろすと、さっきとは別の意味で心臓がドキドキする。
流れるのは冷や汗だ。
しかもここから見下ろしてみてから気付いたけど、そういえばあいつの背中トゲトゲじゃん。
上から飛びついたりしたら刺さるだろ。こんな高さからだと余計に。
やはりここはいったん降りて作戦を練り直すか。
と、そこまで考えた時、はるか数十メートル下で戦っている矢面が吹っ飛ぶのが見えた。
どうやら、とうとうヒールに一撃もらったらしい。
ずっと攻撃をかわし続けていたが、もうそろそろ限界なのかもしれない。
遠目にではあるが、矢面が苦しそうにうずくまっているのが見える。
矢面は壁に背中を預けながらもなんとか立っているが、全身を包む淡い光は明らかに弱まっている。
ヒーロイドの耐久力は常人に比べれば圧倒的に高いが、なにせ相手は人間などはるかに凌ぐ力を持った怪物だ。
こんな状態でオーバーヒートでもしたらどうなるか。
変身が解除されれば、ヒールの圧倒的な力でいともたやすく命を奪われてしまうだろう。
これはまずい。
今から五階分の階段を駆け下りて助けに行けるほどもつかどうか。そもそも下りたところで何の策も無いぞ。
クソ、どうしたらいい?どうすれば……
その時、ふと店長の言葉がよみがえった。
「お前は、こうやって人助けをするために頑張ってるんだな」
あー、そうか。そうだな。
そういえば、いつだって俺はそうだったじゃないか。
誰かを助けるためなら、死ぬことだって怖くなかった。
マッチョウサギを一人で倒した時も、ヒーロイドになったのだって……。
何を今更恐れることがある。
本当に怖いのは、ここであいつを助けられないことだ。
柵を飛び越えると、中空へと足を踏み出し、思い切り飛び出す。
重力に身を任せて数メートルほど落下したところで、ふと気付く。
どうして今、怖気づきそうになったのか。
そうか。そうだったんだ。
きっと俺には、執着が出来てしまったんだな。
でも今の俺を動かしているのは、きっと、その……
落ちる。
落ちる。
迫って……来る。
ドンッ!!と大きな音を立てて太いトゲの根元に手と足をつける。
よし、とりあえずは刺さらずに着地……地?まあなんにせよ無事に落下が完了した。
落下の衝撃は大きく、手足がジーンとしびれる感覚がある。
痛い。が、折れてはいない。
うーむ、流石ヒーロイド。自分で自分が怖い。
「なっ!?何だ!?何がっ!!」
しかし、ヒールの方も流石ヒール。
落下の衝撃を受けて四つん這いを通り越した何とも言えない姿勢で倒れているものの、致命傷にはなり得なかったらしい。
しかし動揺は大きいらしく、事態が飲み込み切れていないようだ。
「えっ!?先輩!?」
おお、矢面も驚いてる驚いてる。
さーて、落下の次に大事なところだ。
ここでしくじると後が面倒だぞ。
俺は演出のため、保身のために矢面を真っ直ぐ見つめながら、とびきり格好つけて言い放つ。
「どうやら、間に合ったみたいだな」
そこまで言うと同時に手足に限界が訪れ、トゲを避けながらヒールの背中に倒れこむ。
よーし、これで今来ました感が出ただろ。
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