小さな中庭での
顔を撫でる熱気に目を覚ますと、開けっぱなしにしていた窓から吹く風でカーテンが揺れていた。
九月になり、夏のピークをすぎたとはいえまだまだ暑い。
寝汗で湿っているシャツを脱いでから、さてまだ着られるシャツが何着あったかなと考える。
なにせ家が燃えたせいで洗濯機がお釈迦なのだ。
ワンルームに洗濯機は無いので近くのコインランドリーまで週一程度の頻度で通わなければならない。
MACTで暮らすようになってから、人生で初めてコインランドリーを利用した。
存在は知っていたが使ったことが無いので、もう無いんじゃないかとすら思っていたがあるところにはあるものだなぁ、と。
白のTシャツと黒のパンツに着替えて部屋を出ると、廊下には
「十本じゃねえか!!やっぱり十本じゃねえか!!」
「でもほら、一本余ってるデショ?十一本ダヨー」
なんだか仲良さげに遊んでいる大谷とゼロゴーがいた。
大谷はヒール全てを憎んでいたが、ゼロゴーが他のヒールとは違うことがわかったんだろう。
ゼロゴーの方もヒールとしては奇妙だったが、元人間だと分かればあー、いるよなこんな奴って感じだし。
いやはや、平和になったなぁ、と。
「ふざけんな!!変し……!?」
「遅いヨ?」
「……!!!!」
前言撤回。
やっぱ今の全部無し。
頭上で両手を交差させたまま口を塞がれている大谷と、それを見てニヤニヤと笑っているゼロゴーの横を通り抜け、今日は何時出勤だったっけ、と思考をめぐらせた。
--------------------
「よしっ、と」
MACT本部の中庭に重い段ボールを置いた時には、既に日が傾いていた。
17時までのシフトでヒールが現れることもなく、無事に本日の勤務は終了した。まあ、その詰所のそばをブラブラ歩くヒールが二体ほどいたが。
一週間ほど前から、ゼロフォーとゼロゴーの二人はMACT本部の中に住んでいる。
ヒーロイドの私室が並び、俺が居住しているエリアにそれぞれ個室があてがわれており、ヒーローと怪人がお隣さんになるというなんとも奇妙な事態になっている。
一週間前のあの日、ヒールが元人間だとヒーロイドに知らされた日。
そこでゼロフォーらは今後、MACTに協力していくという方針が固められた。
差し当って彼らヒールの生活をどうするかという話になり、脇坂の提案でMACTに住むことになったのだった。
ここに来る前はゼロフォーとゼロゴー、さらにゼロイチというもう一人と共に廃墟になった洋館で生活していたらしい。
よくよく聞けばその場所は、前に住んでいたアパートから一キロも離れていない場所にあるお化け屋敷で、それを知った時には気が遠のきそうになった。
そのゼロイチもMACTに来るのかと思っていたが、何やらワケありらしく、今は一緒にいないらしい。
ヒールのMACT入居について、意外にも大谷は歓迎していた。
「別にいいよ、一応味方になったんだし」と。
それを聞いた時にはああ、こいつも大人になったなぁと感動したものだ。
一通り準備が出来た中庭に、ざっと視線を巡らす。
中庭と言ってもコンクリートの建物の間に二十メートル弱のスペースがあり、そこに木や草花などが少し植えられているだけだ。
時刻は午後六時半。九月の空はまだ明るいが、建物の陰になっているために中庭は少々薄暗い。
植物が植えられている土の地面とは区切られたアスファルトの上に、折りたたみ式のアウトドア用パイプ椅子を並べ、そばの台には肉や野菜が山積みにしている。
バーベキュー用のコンロをササッと組み立て、ねじった新聞紙に火をつけて放り込んだ。
メラメラと、勢いよく灰になって行く新聞紙が燃え尽きないうちに、割り箸を折り箸にして火の上に重ねていく。
さっき持ってきた段ボールを開ければ、木炭が大量に入っているので、火バサミで適当な大きさのものを燃え箸の上に置いた。
あらかた準備が出来たので、しばらくは待つだけだ。
--------------------
「遅かったな、先に始めてるぞ」
「始めるどころかほぼ終わってんじゃねえか」
招待客がやってきたのは、俺が晩飯を食い終わった頃だった。
白けたように俺の手元を見る客、もといゼロフォーはため息をつきながら周りを見て、適当な椅子に腰を下ろした。
体格に合わせて一番大きな椅子に座ったようだが、強度に少し不安がある折り畳みの椅子は、小さくギシギシと鳴いている。
「ヒーロイドは腹が減るんだよ。お前らも一緒なんじゃないのか」
新しい肉をトングでつかみ、俺の食事終了とともに一時的に空になっていた金属の網に乗せる。
網は少し焦げ付いているが、これくらいなら大丈夫だろう。
肉が焼ける音と匂いは、多少腹が埋まっていても食欲を掻き立てる。このまま俺も二回目の晩飯に突入してしまおう。
そもそもヒーロイドは常人よりも大きな力を発揮する分、多くのエネルギーを必要とする。
要するにヒーローはハングリーなのだ。
少年漫画の主人公もきっと同じ理由で大食いなのだろう。知らんけど。
まあ俺は力が1.2倍な分、他のヒーロイドよりも食べる量は少ないが。
比較対象は大谷。
ヒールとヒーロイドのルーツが同じならばヒールもヒールもよく食べるのだろう。
と、そこまで考えたところでふと思った。
こいつらはどこで飯を食ってたんだろう?
怪人はスーパーにもコンビニにも入れないよな?
「で?なんでこんなところに呼ばれたんだよ?」
そう言うとゼロフォーは、装甲の隙間から一枚の紙を取り出した。
え?それどうなってんの?凄い。
ゼロフォーが差し出した紙は俺が矢文で出した招待状だった。
矢文と言っても吸盤のダーツの矢を、部屋の扉にくっつけただけだが。
しかも投げずに手で直接。
その紙には、今夜八時に中庭に来るように、という内容とともに簡単な地図が書かれている。手段がアナログなのはヒールの連絡先を知らないからである。
「お前さ、前に焼き肉が好きとか言ってたろ。これはどっちかというとバーベキューだけど」
「あ?ああ、そういえば」
網の上で重々と音を立てている肉をひっくり返すと、いい焼き色がついていた。
アレは確かゼロフォーとの二回目の接触の時。
ヒールが人間にとって代わろうとしているとかそんな話を聞いた時だった。
他のヒールはともかく、ゼロフォーは焼き肉が好きだから人間にとって代わりたいと、そう言ったのだ。
「まあ確かに、ヒールは肩身が狭くて焼肉もおちおち食えんだろう。しかし焼肉のために人類が滅ぼされてはかなわんと」
「待て待て、あんなのその場で適当に言っただけだろ」
「じゃあ本当の理由は何なんだよ?」
「……」
それは答えられない、か。
ゼロゴーも何か隠したいみたいだったし。
協力するとはいえ、まだすべてを明かせる状態じゃないってことか。
「まあいいや。とりあえず食えよ」
いい塩梅に焼きあがった肉を、紙皿に入れて渡す。
タレはそっちの台に並べてるから好きに使え、と声をかけながら自分の分も肉を取る。
肉の表面で収集と油がはじけている。
端の方が少し焦げ付いているが、これが炭火の醍醐味というものだ。
「それにな、みんなでワイワイ食った方がいいってのは俺も賛成だ」
俺がそういったところで、狙いすましたようにタイミング良くにぎやかな声が近づいて来た。
「先輩、呼び出すなら普通に連絡してくださいよ!」
「お前!何先に始めてんだよ!」
「あらあらァ、仲良さそうにしちゃってェ、まあまあ」
一人おばちゃんが混じっていた。
「今肉焼くから、適当に座っててくれ」
それぞれに椅子に座る矢面と大谷、ゼロゴーを迎える。
ゼロフォーと同様に、同様の手段で呼び出した面子だ。
しかしタイミングが良すぎではないだろうか。
俺がそういう演出を仕掛けたみたいで少し恥ずかしいんだが。
敵も味方も無く、飯を囲んでワイワイと騒ぐ。
その一夜は夢のようで、あっという間に過ぎてしまった。
満腹感と、不思議な充足感を抱えながら。
沢渡さんもここにいればなあ、と。
心の隅で思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます