子供とヒーロー

 最強にして最初のヒーロイド、沢渡さんが姿をくらませてから既に二週間になる。

 沢渡さんはあのゴーヨン襲撃の日、脇坂との口論の後から一度も姿を見せていない。

 MACTにも全く来ておらず、自宅を訪ねた職員によると、いつ行っても人の気配すらしないとのことだった。


 経緯が経緯だけに心配だが、何より困るのがシフトの時間が増えている事だ。


 ……うん、いや、案外心配してないな。

 まあ大丈夫だろう。あの人強いし。


 そもそも、最近はシフトが増えても出動自体はほぼしていないのだ。

 ヒールが全く出現しなくなっているし、出て来ても現場に駆けつける前には消えてしまう。


 コマンダーが何やらぼやいていたが、現場の俺たちにとってはありがたい話だ。

 待機しているだけで時給は発生しているし。

 食堂も使い放題だし。


 なので、暑さがすっかりなりを潜め、日が落ちるのが早くなってきたこの時期。

 俺がヒールと対峙するのは、約一ヵ月ぶりの事だった。


 まったく、久しぶりに出てきたと思ったらなんで俺のシフトの時なんだよ。

 ただヒールと戦うだけなら大谷や矢面の方がよほど適任だというのに。

 まあ平日の夕方なら高校生はまだ学校にいる時間だよなあ。

 仕方ない、彼らの平穏な生活を守るのもヒーロイドの務めだろう、と自分を無理矢理納得させてヒールに向き合う。


 ヒールの出現頻度の減少と人手不足により、ここの所義務付けられていたコンビでの出動はやめになっている。

 どうしてもの場合はMACT本部にいるゼロフォーやゼロゴーも出動するということになっているが、いざそれをやると余計パニックになりかねないので出来るだけヒーロイドで解決せねばならない。


 まあヒールが出現したら一応ニュースなんかで取り上げられるわけだし、ヒール同士で戦っている映像なんか流れたら何も知らない人たちは混乱するだろう。

 それならいっそ人類の見方をする怪人がいると世間にアピールしてしまうのもありかとは思うが、まあなんにせよそれも慎重にならなければならないだろう。


 純粋に人間に危害を加えるヒールだって、まだまだいるのだから。

 今も目の前に。


「む!!なんだ!!お前はァ!!」

「……そりゃこっちのセリフだよ」

 いや、ほんとにこいつヒールか?

 無駄にテンションが高いのはもちろんだが、外見も今までのヒールとは全然違う。

 なんて言うか、ゴツゴツしてでかい、二足歩行のトカゲ?


 言うなればRPGに出てくるリザードマンだろうか。

 しかしヒール特有の装甲どころか、服のような物も身につけていない 。

 硬い質感を感じさせる肌をトゲや角、ヒレが包むその姿は、まるで……


「……怪獣?」

「おう!そうだ!!私は怪獣、クリメラJr.であるぅ!!」

 ふむ。怪獣というのはでかいものだと思っていたが、どうやらそうとは限らないらしい。

 目の前の(自称)怪獣の身長は二メートルを軽く超えており、俺と比べればでかいことはでかいが、映画に出てきて街を破壊するような規模ではない。


「地球を征服するため!!まずは手始めにこの街を……!!」

「変身!!」

「目がァッ!!」

 怪獣って意外と愉快だな。


 しかし困った。俺は怪人と戦ったことはあっても怪獣と戦ったことはないのだ。

 どうしようかと考えていると、あることを思いついた。

 そうだ、怪獣に会ったらやってみたいことがあったんだ。


 目を抑えながらうずくまっている、大柄なクリメラの背後に回り込み、こちらもゴツゴツとした尻尾を抱え込む。


「ちょっ、お前、何やってんの!?ねぇ!?」

 足腰に思い切り力を込め、尻尾を本体の反対側へ引っ張るように腰をひねる。

 ふわっと、巨大な重量が浮き上がる感覚。


「わ!?あ!?あああぁ!?」

 一瞬だけ重力から切り離されたその質量を遠心力に乗せるように。

 トカゲの尻尾の真ん中辺りを持ちながらその場でグルグルと回転を始める。

 思い切りスウィングされ、愉快に叫ぶ怪獣クリメラJr。


 そのまましばらく回転を続けていると、尻尾の根元の方から、ミリミリと嫌な音が聞こえてきた。

 これは、と思い回転を弱めようとしたところで、悲しいかなトカゲの宿命。

 尻尾が綺麗に分離し、ハンマー投げの要領で本体がすっ飛んだ。


 勢い余って尻もちを着く。

 その回転の最中、昼間の青空に輝く星が見えた。

 バイバイキン、クリメラ。


 視界の揺れがある程度収まったところでゆっくりと腰を上げる。

 一瞬の決着ではあったが、妙に疲れた。

 普通のヒールと戦うより疲れた。


 大体あいつの言っていた怪獣ってのは一体なんなんだ?

 トドメを刺していないからまた出てきかねないが、とりあえずの危機は去ったろう。

 帰ろう。


 久しぶりの仕事に辟易しながら帰路に着こうとしていると、後ろから声をかけられた。


「お兄ちゃんヒーロイド?」

 体の下から届く、甲高い声。

 これはと思いながら振り返ると、案の定そこには子供がいた。


「やっぱりヒーロイドだ!!テレビで見たよ!!」

 いやはやこれは。

 うーん、なんか面倒なことになりそうな予感。




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