子供のヒーロイド
「それは誘拐ですね」
「いいえ違います。なぜならこちらが被害者だからです」
矢面の指摘に、英語の例文を和訳したような固い口調で答える。
今日のお面は取り調べに相応しい強面の赤鬼だ。
「なんの被害者なんですか」
「ストーカーだよ」
「つまり、勝手に着いてきてしまったと」
そう言うと、椅子に座る俺の膝元をちらりと見る。
面のせいで視線は読めないが、顔が僅かに下向いている。
それを受けて俺も下へと視線をやる。
話題の中心は分かっているのかいないのか無垢な笑みを浮かべ、キラキラとした目で機械類を眺めていた。
「……どうするんです?」
「そう言われてもなぁ」
俺の膝にちょこんと座る子供を見つめ、俺と矢面は静かにため息をついた。
ああ、やっぱり面倒なことになった。
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この少年の名前は星祐樹というらしい。
ゴリラヒールを倒した時の俺と大谷をテレビで見ていたらしく、どうも特撮のヒーローと同じように思われているようだ。
自称怪獣のクリメラJrを倒した後、目を輝かせながらじゃれついてきたこの子供はMACTに帰ろうとする俺の後をどこまでもついてきて、とうとうMACT本部の中に入ってきてしまった。
そして学校帰りに出勤してきた矢面に見つかり、誘拐を疑われて問い詰められていたのだった。
先輩が子供と触れ合っているだけで犯罪を疑うなんて、ひどい後輩だ。
「小学校低学年くらいですかね?親御さんは?」
「いや、一人で行動してたんだ。家はどこだって聞いても帰りたくないとしか言わんし。街に出て保護者を探すにしてもいったいどこを探せばいいやら……」
チラリと時計を見ると、時間は午後の五時。
日が落ちるのも早くなってきたし、大人が騒ぎ出す前に家に帰したいのだが。
とりあえずどうやって親を見つけるか、俺と矢面が相談を始めたところで部屋中に電子音が響いた。
携帯電話の着信音だ。
矢面と視線を交わしお互いの物ではないことを確認すると、目を下に向ける。
ちなみに、矢面はまだ面をつけたままだ。
どうやら呼び出し音は俺の膝の上から鳴っていたらしく、少年がポケットから端末を取り出し、慣れた手つきでタッチパネルを操作して電話に出た。
保護者らしい相手と二、三言葉を交わすと「うん、今から帰る」と言って電話を切る。
最近の小学生すげー、とおっさんのような感想を抱きながら、膝から降りる小学生を見送る。
「また来るね、お兄ちゃん!」
いや、もう来なくてもいいんだけど。
ぱたぱたと走って部屋を出ていく小さな後姿を見送りながら呆然としていると、
「なにぼっとしてるんですか、行きますよ!」
と矢面にどやされた。
「え?どこに?」
「あの子を送るんですよ!一人で帰らせるのは危ないですし。先輩が連れてきたんだから、責任持って行きますよ!」
別に連れてきたくて連れて来たんじゃないんだけど。
なんなら勝手についてこられて迷惑だったくらいで……。
まあ、いいか。
この世界の危険はヒールだけじゃないもんな。
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「変身してよ変身!」
「光るだけでなんも面白くないぞ」
「なんで、かっこいいじゃん!!」
子供って光るのとか好きだよなあ。
分かるよ、俺もそうだったもん。
あれから一ヶ月、祐樹は定期的にMACTに遊びに来ている。
始めは驚いていた脇坂やコマンダーも苦笑しながら出入りを許可し、なんやかんやで俺がここでの保護者ということになってしまった。
しかも、いつもの部屋ではヒーロイドの活動に支障が出る恐れがあるため、祐樹は専ら俺の部屋で過ごすことになっている。
いや、居住スペースなんですけど。
これで保護者が反対してくれていればよかったが、送っていったときに対面した星家の母親は息子があこがれのヒーロイドに会えたことを我がことのように喜んでいた。
しかもとんでもなく良い人であり、矢面とともに晩御飯を御馳走になって息子のことをよろしくお願いしますと言われては無下にもできない。
途中で帰宅した父親も人が良く、俺達が帰るまで終始ニコニコとしていた。
そんな家庭で育ったからか、祐樹も純粋ないい子だ。
好奇心旺盛で活発なところは、俺には少ししんどいが申し分のない長所だろう。
だからこそ、ヒーロイドなんて憧れるものじゃないという気持ちが募るのだが。
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再びヒールが現れたのは、前回から一ヶ月半が経過し、すっかり涼しくなった頃だった。
しかも担当はまた俺。
なぜ平日の夕方にばかり出てくるんだ。
ヒーローのように怪人もシフトを組んで出てきているのか。
平日夕方が営業時間なのか。
イライラが募るとどうもくだらないことを考えてしまう。
今は目の前のヒールに集中しなければ。
今回の怪人は比較的オーソドックスなタイプだ。
いや、前回が異例過ぎただけなんだけど。
怪獣じゃない、尻尾がない。装甲に包まれた体を見るとなんだか安心してしまう。
とがった耳や突き出た鼻と口から見て、犬型のヒールのようだ。
「変身!!」
いつも通りのパターンに持ち込むため存分に注意を引き付けてから変身するが、
「聞いていた通りだ。本当にワンパターンなんだな」
手で目元を覆い隠し、回避されてしまった。
やはり奴らの親玉に注意されているのか、とうとうこれも通じなくなってしまったらしい。
むしろ今まで怪人はよくやられ続けていたなと言うところだが。
「おお!お兄ちゃんかっこいい!!」
「おう、そーだろ!」
最近は子供の扱いにも慣れて、祐樹にも……ん?
待て、なんでここにいるんだ。
「待て待て、お前は早く逃げろよ」
直前までMACTで遊んでいたから。
出動時についてきたのか?
子供の脚力とスタミナでよくもまあ。
「なんで!僕も戦う!!」
「やめろ!怪人が出たら逃げましょうって学校とかで言われてないのか」
「お兄ちゃんがいるから大丈夫だよ!」
「全然大丈夫じゃないんだよ!!」
言ってて悲しくなるが、祐樹を守りながら戦うなんてのはとてもじゃないが……。
「子供か、これはいい」
そう呟いた瞬間、前方に体を傾けたヒールが突撃してくる。
犬のような姿通りの瞬発力と脚力に支えられた巨躯がすぐ横を通り抜けた。
祐樹と話していて反応が遅れ、気が付いた時には……
「わああああ!!?」
祐樹の小さな体が目の前から消えていた。
声のした方へ振り向けば、十メートルほど先に移動した怪人の小脇に抱えられている。
いやはや、これは……。
今までで一番のピンチかも。
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