ヒーローかく語りき
怪人によって子供が人質に取られる。
MACT、そしてヒーロイドにとっては想定される状況の中で最悪の物の一つだ。
だからこそ怪人が出てきた時点で周囲の人々に避難を呼びかけるのだが。
「わわっ、とと。ちょちょちょ……」
「なんなんだこの子供は……」
最悪だ。
最近中々ヒールが出てこなかったから油断していたのだろう、完全にやらかした。
祐樹が人質に取られるなんて。
犬のような顔をした痩身の怪人は、左手で祐樹の小さな体を小脇に抱え佇んでいる。
祐樹は最近MACTに入り浸っていたし、暇さえあれば俺についてきた。
ヒーロイドへのあこがれも強く持っている。
出動となればついてこようとするくらい、簡単に予想できたはずじゃないか。
いや、反省は後だ。今すべきことは、目の前の子供を助けること。
「痛い痛い、脇腹痛い!もっと優しく持って!」
……なーんか、助ける気が失せるなあ。
乱暴な持ち方と硬くゴツゴツした装甲のせいで、体のあちこちが痛いらしい。
自分の置かれた状況がわかっているのかいないのか、自分の扱いの不当さについて一生懸命抗議している。
子供の割に、あるいは子供だからなのか妙に我が強い。
「うるさい!ちょっと黙ってろ!!」
とうとう堪忍袋が切れたのか、ここまで淡々とした調子で話していたヒールが声を荒げた。
怒鳴られた祐樹はしゅんとするが、泣き出すわけでもなく尚も何やらごそごそとしている。
「子守は大変だろ。こっちで預かってやるぞ」
「ふざけるな!お前、状況がわかっているのか?」
チッ、作戦失敗か。
状況はよくわかってるよ。だからこうやって方法を模索してるんじゃないか。
何とかしてあの犬野郎を……ん?犬?そうか!
「ハウス!」
「ふざけてんのか!」
ダメか。あのヒールを作ったのがゼロニーかゼロサンか知らんが、躾はあまりしてなかったらしいな。
作ると言えば、ヒールは動物を材料にしてるんだっけ。
人間じゃなくて安心したとはいえ、動物を殺しているんだと思うとあまり気分はよくないな。
「お前、こっちには人質がいるんだぞ?緊張感が無さすぎるだろ!」
「えい!えい!」
「お前も、背中を叩くな!」
そりゃまあ人質自身に緊張感が無いんだから仕方ないよなあ。
あと今のセリフやられ役の雑魚っぽいぞ。
「仕方ない、これしかないか」
俺はその場で膝をつく。
そのまま両手を地面にぴったりとつける。
「お前、何の真似だ?」
「わかるだろ、お願いしてるんだよ。その子を離してくださいって」
ヒールへと、深々と頭を下げる。
色々考えたがダメだ。大谷が人質に取られた時とは訳が違う。
こっちから何か仕掛ければ、子供の命は簡単に奪われてしまう。
「え?お兄ちゃん?どうしたの、早くやっつけてよ!」
こちらに尻を向けている祐樹には俺が何をしているのか見えないらしい。
状況がわからずに混乱しているのか。
「この子供を解放して、俺に何のメリットがあると?」
「今日のところは戦わずにお前を見逃す、とかは?」
「そんな言葉が信用できるか。お前は不意打ちでもだまし討ちでも、勝つためなら何でもすると聞いてる」
おっと普段の行いがこういうところで出てくるんですね。
でもそれは誤解だよー。勝つためじゃなくて守るためだよー。
だからこうして土下座までしてるんだよー。
なんて言っても信用されたりしないだろうけど。
「ならここで俺を戦闘不能までボコボコにしとくか?」
「ああ、それはいい。その条件ならこの子供は解放してやろう」
「交渉成立だな、ありがとう」
改めてその場にあぐらで座り、さあ好きにしろと言わんばかりに両手を広げる。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
「ふふ、面白いことになってるぞ。お前にも見せてやる」
困惑する祐樹の体を回転させ、顔をこちらに向ける。
乱暴に扱われヒールを睨むその小さな目と視線がかち合った。
「何してるんだよお兄ちゃん!」
「情けねえとこ見せたくねえよ。向こう向かせといてくれ」
「ヒーロイドなんでしょ!?ねえ!!」
再び回転させられながら叫ぶ祐樹。
ほくそ笑むヒールがこちらへと足を進めてくる。
「その光は体を守ってるんだろ?ちゃんと解除してくれよ?」
「ああ、もちろん」
俺の体を包んでいた光が収束する。
そのまま、これから飛来するであろう衝撃に備えて顔を下向けた。
見えてはいないが、きっとヒールは笑ってるんだろう。
祐樹は、どうだろうか。
「怪人をやっつけてよ!ねえ!」
「そうだぞ、ヒーロイド!」
頭に、鈍い痛みが訪れる。
踏みつけられたのか。人の頭は土足厳禁だろまったく。
蹴る、踏みつける、蹴る、蹴る、踏みつけ、踏みつけ、つけ、つけ。
祐樹を抱えて片手がふさがっているからか、足ばかり使ってくる。
「ねえ、お兄ちゃん!変身して!戦ってよ!!助けてよ!!」
「ああ、助けてやるよ……」
衝撃の合間を縫って口を開くと、怪人の足が止まった。
喋らせてくれるなんて優しいじゃんか。
「まあ、あれだ。ただ倒せばいいってもんじゃないんだよ。たとえ対立してても、話し合いで解決できるならそれで良し。そうやって平和的に……」
「平和じゃないじゃん!殴られてるじゃん!」
「殴られたから殴り返す、じゃダメなんだよ。守るためには、ぐっと我慢しなきゃいけないこともある」
「もういい!僕が戦う!!」
「おい!暴れるな!!」
バタバタと、頭上が騒がしくなる。
「動くな!!」
顔を上げると同時に、顎を蹴り上げられた。
おお、頭がぐわんぐわんする。視界が歪む。
でも、待ってたんだこの時を!!
「うお!?」
蹴り上げられた体が浮き上がると同時に、足を前に突き出す。
視界には入らなかったが、今俺の足の裏は強烈に光っているはずだ。
足を上げた勢いそのままにバク転。
脳が揺れていたせいで着地をしくじり体中を地面にぶつけたが、すぐに起き上がりヒールに突撃。
狙いは、小脇に抱えた祐樹だ。
その小さな体を緩んだ腕から奪い、倒れ伏す。
ああもう、頭ぐらぐらだし全身痛いし、内と外両側から満身創痍だよ。
「お前、一体、何を!?」
「光を靴の裏に集めといたんだよ」
光を収束させたとき、変身解除はせずに右足の靴の裏の一点に光を集めていたのだ。
光を腕に集めて炸裂させる必殺技の応用だが、全身の光を一点に集中させるのはかなり難しい上に使い道も無いので、こんな芸当が出来るのは多分俺くらいだろう。
あぐらで靴の裏を隠し、大きく蹴り上げてくれるのを待っていた。
こういうことするから勝つためなら何でもするって言われるんだな、多分。
祐樹が暴れだしたのは予想外だったが、結果としては仕掛けやすくなった。
足の裏に集めていた光が全身に戻ってきた。
これでもまだ勝てる保証なんかないが、祐樹の行動に報いないとな。
「祐樹、さっきの話の続きだ。たとえ対立してもぐっと我慢して、相手の話もちゃんと聞くんだ。相手にも相手の事情があるかもしれないだろ」
ゼロフォーたちもそうだった。
「それでもどうしても分かり合えない時、戦わなきゃいけない時がある。でも、そういう時に戦うのはお前じゃない」
させるわけにはいかない。
「その時に戦うのが、そしてお前たちを守るのが、俺達ヒーロイドなんだよ。それがヒーローってやつなんだよ」
「それが……ヒーロー、なの?」
「ああ。最近はそう思ってる」
そういえば、「泥だr家になっても守りたいものを守り抜くのがヒーロー」だって、沢渡さんが言ってたっけ。
それなら、戦う必要のない人を戦わせないために、傷つけないために、傷だらけになって戦うのがヒーローだよな。
「ほら、早く逃げろ。捕まらないようにな」
おっと、今のは動物みたいだったか。
走り去っていく小さな後姿を見送ると、まだ目元を押さえているヒールに向き合う。
静かに、こちらの気配を悟らせないようにそろそろと近づく。
腕に仕込んだナイフを取り出し、語り掛けた。
「子供を人質にしてるんじゃ、同情の余地は無いよな」
ヒールが声のした方へと顔を向ける。
が、その時には俺は上空へと跳び上がっていた。
中々視力が戻らずに周囲を警戒しているヒールの首と腰に両手からワイヤーを伸ばし、急速に巻き取る。
「うお!?」
上からの急襲で押しつぶされた痩身の上に跨り、装甲の隙間にナイフの細長い刃を突き刺した。
ミリミリと肉を割き、刃が深く食い込む感触。
金属を通して怪人の中へと光が注ぎ込まれ、しばらくすると小さく弾けるような音が、装甲の内側から響いた。
「ああ、あと。結構痛かったんだからな、これ」
散々蹴られた頬を撫でると、手がぬっとりとした赤い液体で濡れた。
ユラユラと立ち上がり、変身を解除する。
どっと痛みが押し寄せて膝をつきそうになるが、グッとこらえる。
ああ、祐樹を探さないとと思い、ゆっくりと足を踏み出した。
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