ブレる

 凶悪なヒールから人々を守るのがヒーロイド。

 怪人は絶対の悪で、ヒーローは絶対の正義。


 それはどんな物語の中でも大前提で。

 その前提があったからこそ、俺たちは迷わずに戦って来られたんだ。


 ゴーヨンとの戦闘から二時間が経ち、窓からは夕日のオレンジが差し込んでいた。

 大谷が暴れたことでいっそうボロに拍車がかかった部屋で、脇坂とゼロフォー、ゼロゴーが語ったことは、俺たちがずっと心の支えにしていた大前提をぶち壊すものだった。

 ヒールの、ヒーロイドのルーツを知ってしまった今。

 ヒールがむしろ被害者だったのだと知ってしまった今。


 俺たちはこれまでのように戦っていけるだろうか。

 この場にいる三人のヒーロイド、俺と矢面、大谷は揃って俯いていた。


 少しでも何かがズレればそこからドンドンと何もかもが崩れていきそうな、ピンと張り詰めた空気が場を満たした頃。


 俺は、ゴーヨンが襲撃襲撃してくる前から抱いていた一つの懸念を口にすることにした。

 ゴーヨンの襲撃によって機会を失っていたのもあるが、実際ハッキリさせてしまうのが恐ろしくもあり全てが片付いてからも中々聞き出せずにいたのだ。


「あのさ、お前ら……ゴーヨン作ったって言ってたよな?」

「ん?ああ、そうだ。だから後始末のためにここに……」

「ヒールって、どうやって作ってるんだ?」

 俺の懸念はヒールの製造工程にあった。

 いや、正確にはその素材。

 ゼロフォーたちを含む最初の七人は元々人間。

 ということは、今まで俺たちが倒してきた、街に出現していたヒールは?


 矢面もうすうす感じていたのか、俺が問いを発するやパッと顔を上げ問い詰めるように二人の怪人を見つめる。

 大谷は俺が何を言いたいのかいまいちピンと来ていないらしく、首をかしげていた。もういいよお前はそれで。


「ああ、なるほどォ。確かに?一歩間違えたら君たちはヒトゴロシ、だものねェ!」

 こちらも何を言わんとしたのか察したらしく、俺の問いかけに応答したゼロゴーがヒトゴロシの部分を嫌味っぽく強調してくる。

 こいつと直接戦ったことは無かったし普段から明るくおちゃらけた調子でいるが、それでも全く恨みが無いというわけではないようだ。


「安心しろ。人間をヒールにしたことは無い。俺たちは、な」

 続けて答えたゼロフォーもわざとらしい。

 いちいち脇坂が苦虫を噛み潰したような顔になり、大谷は顔をしかめる。

 意外なことにコマンダーだけは一連のやり取りに表情を一切変えることなく、机の上の一点をただ見つめていた。

 しかし、手が空いているのに何の作業もしていないところを見るに心の内は尋常ではないらしい。


「まあかわいそうな動物たちはいるけどな。適当に連れてきた動物に俺たちの体の一部を食わせるか、傷でもつけてそこに埋め込む。そうすりゃ俺たちの細胞が体内で増殖して突然変異を起こすんだ」

 その答えは少し意外なものだった。

 怪人を作るというくらいだから、俺はてっきりでっかい機械でも使うのかと思っていたのだ。

 暗く怪しい研究室のような部屋で、ガラスケースの中に満たされた液体に人間を入れてコポコポと……。


「俺たちの体は再生が早いだろう?細胞の作りからしておかしなことになってるからな。装甲の一部を粉々にして餌にでもふりかければ三日後には怪人が完成だ。その中でも出来の善し悪しがあるから、見込みがある奴は手元に置いて少し教育。そうじゃない奴は即野放しだ」

 なるほど、そうか。

 言葉を話すヒールと話さないヒールの差はそこから出てきてたのか。


「まぁ、それをずっとやってたのはゼロサン達だけどねェ。僕らはゴーヨンが初めてだったから」

「え?そうなのか?」

「言ったデショ?僕ら人殺したこと無いの。間接的なの込みでネ!」

 なるほど。

 まあ最近のこいつらの様子を見ているとあながち嘘でもなさそうか。

 助けてもらったし。


「ちょっと待て!なら何であんな化け物作ったんだよ!」

 と、ここで大谷が口を挟んできた。

 今日は気絶したり怒ったり忙しい日だなあ、と少しのんきな思考が戻っている自分に気が付いた。

 そうか、肝心の懸念がとりあえず解決されたからだな。


「巨大化は俺達にも予想外だったが……まあ元々は人類を滅ぼすためかな」

「はあ!?」

「元々そういう過激なのは、さっき話題にも上がったゼロサンとか、あとゼロニーって奴がずっとやってたんだよ。MACTに復讐を!人類を滅ぼせ!ってね。で、僕らはそれをずっと止めてたんだ」

「それがどうしていきなり人類を、なんてことになるんです?」

 矢面の発した問いに、怪人二人の纏う空気が変わった。


「色々と複雑な事情があってね。またそのうち話すよ。まあ結果としては平岩君がゴーヨンをやっつけてくれて大助かりだったんだけどね!」

 ああ、あの「殺虫剤事件」の時の話か。

 思い出して一番苦々しい気分になる戦いは間違いなくあれだな。


 しかし、詳しく話せないなら人類を滅ぼすどうのとか言わずに適当に濁しとけよと思わずにはいられない。

 いや、それはむしろ嘘をついていないという証拠でもあるのか?

 となると事ここに至ってまだ隠しておきたいことってのは一体……。


「やっぱり危険だ!お前もここで倒す!」

「待て待て!一応こいつらも被害者なんだから!」

「それでも人を襲うようになったら悪には違いねえ!俺はもう二度とこいつらのせいで人が死なないようにしないとダメなんだよ!!」

 眉間に皺を寄せながら発せられた大谷の言葉に、ハッとさせられる。


「でも一応こいつらは味方だから。貴重な戦力になるんだから倒すな」

 そうだな、そうだった。

 俺にも自分ルールがあるんだった。


 迷ってなんか居られないよなぁ、と。

 しかし大谷が主人公っぽくて気に食わなかったので、とりあえずワイヤーでの説得を試みた。


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