和して同ぜず
MACT。
近年、街に出現する謎の怪人ことヒールを倒すためのヒーローたるヒーロイドの本拠であり、その技術開発と後方支援を担う民間組織である。
表向きは。
しかしMACTの技術者であり責任者である脇坂はヒール出現のきっかけを作った人物であり。
その実態は脇坂が務めていた医療機器メーカーが脇坂を責任者に置き、その尻拭いをする子会社として設立したものである。
先のゴーヨン襲撃事件から一時間。
壁も天井も床も、とにかくあらゆる所にヒビ割れが入ったままではあるものの、椅子が倒れっぱなし、パソコンが机から落ちて大破部品バラバラ〜状態は二十分程の片付けでなんとか落ち着いていた。
一方で、片付いた部屋の中には落ち着かない空気が流れている。
その原因は明白であり。
丸テーブルの傍らで椅子に座り、腕を組み暗い顔をしている脇坂。
その隣で、効率のためか納豆をかき混ぜるコマンダー。
警戒心の表れか、金属光沢のある銀色の般若面を被った矢面。
椅子にワイヤーで縛り付けられた大谷。
そして敵の本拠地にいながら涼しい顔をしているヒール、ゼロフォーとゼロゴー。
見慣れたテーブルをぐるっと囲む見慣れない面子が、互いの腹の内を探りながら着席している。
人間だったゼロフォーゼロゴーと、彼らがヒールになる原因となった脇坂。
ヒールに家族を殺され恨む大谷と、ヒール達。
因縁のあるメンバーの間に流れている雰囲気は穏やかとは程遠く、一触即発と言わんばかりのピリピリとした空気が流れていて、正直
…………胃が痛い。
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巨大な蚊の怪物・ゴーヨンをヒールヒーロイド(一部除く)協力の元倒し、俺たちはMACT本部に引き上げていた。
ヒールの二人は大胆にも俺たちと共にMACT本部内へと入ってきて、深刻な顔をした脇坂とコマンダーもそれを迎えたためこのような状況になってしまっている。
外ではMACTの職員達がゴーヨンの後始末をしたり、研究用のサンプルを回収しているらしい。
天井と壁にヒビが入り瓦礫の散らかる部屋には、外の喧騒が届いていた。
気絶していた(させられていた)大谷が目を覚ますのを待つ間には気まずい沈黙が部屋を満たしていた。
やがて目を覚まし、ゼロフォーを見るや襲いかかろうとする大谷を改めて気絶させるか迷いつつもワイヤーで拘束したところで、改めて脇坂が話を切り出した。
ゴーヨンによる襲撃の直前。
俺に話していたことをそのまま。
今までそのことを、ゼロフォー達ヒールが人間だったことを黙っていたのは、ヒーロイド達の動揺を避けるためだと脇坂は言っていた。
しかし事ここに至っては、話さない方がむしろ不信感や困惑を招くと考えたのだろう。
「つまり、あなた達も被害者だったと……」
「別にィ?一応僕らコレで命が助かってるからねェ」
物々しい面を外しながら神妙につぶやく矢面に、おどけた調子でゼロゴーが答える。
そういえば、ヒーロイドの技術は元々難病を治すためのものなんだったか。
こいつらも、ひょっとしたら沢渡さんも、何かとんでもない病気を抱えていたのかもしれない。
俺はただ黙ったまま耳を傾けて、それから改めて自分の中に生まれた迷いを見つめていた。
一つの、懸念を。
「でもこいつらはヒールだろ!元人間だって言うなら犯罪者だ!!」
その場にいる全員の表情が曇っていたところに、大谷の喚く声が響き静寂を破る。
ワイヤーでぐるぐる巻きにされた大谷は、縛り付けられた椅子をガタガタと鳴らしながら暴れており、そのまま器用に移動してテーブルの斜め向かいにいたゼロフォーと向き合った。
「なんだ?俺のことか?」
「以外に誰がいるんだ!人殺し!!」
「一応僕もここにいるんだけどねェ……」
空気を読まずにおちゃらけたことを言う細身の怪人をよそに、大谷はゼロフォーを真っ直ぐに見据え、睨みつける。
一方のトゲトゲは、装甲の隙間から覗かせる目を怪訝そうに細めた。
「俺の家族を、殺しやがった!!」
「……そうか、それは……気の毒なことだが……なんというか」
「何他人事みたいに言ってんだよ!!お前が、お前がやったんだろ!!」
言い淀むゼロフォーに対し、まるで子供のように怒鳴り散らす大谷。
異形の怪人へと憎しみを真っ直ぐに向ける瞳は、よく見ると潤んでいた。
「何!?俺が!?」
「あァ、もしかして……」
「とぼけるんじゃねぇ!!間違いなくお前が、俺の目の前で……」
その言葉の続きは、込み上げてくる嗚咽にかき消された。
激しく咳き込み、鼻をすすり歯を食いしばる。
家族のことを、思い出しているのかもしれない。
頬に涙を伝わらせながら立ち上がりゼロフォーへと突撃しようとするが、椅子に縛り付けられたままなのでバランスを崩し、ヒビ割れた硬質な床へと頭から突っ込んだ。
起き上がることも出来ず、それでも足をバタつかせて少しでも怪人の方へと近づこうともがく姿は、獣や小さな子供のようで見るに堪えない。
もしも本当に、大谷の言う通り。
ゼロフォーが彼の家族を殺したのなら。
大谷がヒールを極端に嫌い、憎む理由がそこにあるのなら。
ゼロフォーと初めて対峙した時。
俺がゼロフォーとの戦闘を避けた時。
俺がヒールを庇った時。
そして今日、俺たちがヒールと、ゼロフォー達と手を取って戦おうとした時。
何を感じていたのか。
目の前のヒールが、そしてそれと手を取ろうとする俺がどれだけ憎かったか。
どれだけ殴り飛ばしたかったか。
そしてその度に、どれだけ感情を抑えていたのか。
感情的な奴だと思っていたが、それでも大きな感情をずっと抑えていたんだ。
こんなふうに、爆発して、どうにもならないくらいに。
縛られても、今戦っても絶対に勝てなくても、どんなにみっともなくても。
喚き、怒鳴り、暴れるほどに。
憎き仇が目の前にいるのに何も出来ないことが、どんなに悔しいか。
「ゼロゴーさん、まさか……」
「あァ、多分そうだろうねェ」
不意に、さっきから何か引っかかるような顔をしていた矢面が、隣にいた細身の怪人へと尋ねた。
「私、襲われたんです。ゼロフォーさんそっくりのヒールに。最初はゼロフォーさんが奇襲を仕掛けてきたんだと思ってたんですけど……」
何?ゼロフォーにそっくりなヒール?
「そうか、ゼロサンか!!」
何かに気がついたように脇坂が叫ぶ。
それと同時に、今までずっと床で暴れていた大谷がピタリと動きを止めた。
ゼロサンと言う新しいヒールの、恐らくは「最初の七人」の内の一人の名前に不気味さを覚えながら、俺は黙って続きを促した。
「ゼロサン?」
「ゼロサンは、現状僕らと対立してる過激派なんだよねェ……。まあ僕らもあんまり人のこと言えないけど?」
「ゼロサンなら、やるだろうな。なんの躊躇もなく。その中の一人くらい、遊び感覚で生かしておくことも」
深刻な調子で語るゼロフォーはそのまま、悔しがるように拳を握りしめ、テーブルへと振り下ろした。
その衝撃が机の足元にあった床のヒビへと伝わり、広がった亀裂に足を飲み込まれた机はゼロフォーの側へと少し傾いた。
「そいつがゼロフォーにそっくりな見た目をしていると」
「ゼロサン、ゼロヨンは七人の中でも特に施した処置が似ているんだ。だから体の変化も近いものに」
脇坂の解決になるほどと頷きながら、大谷の方に目を向ける。
床に顔をぺったりとつけたまま先程から微動だにしない相棒。
下手したら死んでいそうな姿を見つめていると、胸の橋がズキリと痛んだ。
「……平岩」
「……なんだ」
「これ、ほどいてくれ」
ぼそぼそと紡がれる声に一瞬躊躇していると、さらに言葉が続けられた。
「大丈夫だ、今は、そいつの言うこと信じる。敵がわかった」
嘘をついて交渉なんか出来るやつじゃない。
それがわかっていたので仕込みナイフを腕から取りだし、ワイヤーの先端についているフックを引っかかっていた所から外してやる。
そのままくるくるとワイヤーを解くと、大谷は完全に椅子から解放された。
ふらふらと、頼りなく。
ゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった大谷が口を開いた。
「教えてくれ、俺はどうしたらいい?どうしたら家族の仇を討てる?」
その問いがこの場にいる全員に向けられたものだと分かり、本当に、本当に頼もしい仲間を得たと。
そう思った。
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