ありえない
ありえない程に馬鹿でかい蚊を目の前に、対峙する四人。
その面子も同様にあり得ないものだった。
細身のヒール・ゼロゴーの右側にはトゲトゲの巨体・ゼロフォーが佇んでいる。
その右に並ぶ俺はヒーロイドとして変身して光を身にまとっており、マスクをつけた少女・矢面もまた同様に桃色の光を体からはなっていた。
対立構造にある怪人とヒーローが並び立ち、怪物に向き合う。
今までなら絶対にありえない光景だったろう。
そう、今までなら。
ちなみに、背後にあるフェンスの向こうには先程ゼロフォーによって気絶させられたもう一人のヒーロイド・大谷が転がっており、それはそれで後々これまでにないトラブルの素になりそうな気配を放っているが、面倒くさそうなのでそれについて考えるのは先延ばしにする。
しかし、まさかこいつらが俺を助けに来るとは想像もしていなかった。
ヒールとヒーロイド、怪人とヒーローというお互いの立場もさることながら、こいつらはMACTを恨んでいるはずだから。
こいつらが怪人になったのは……。
「いいのか?アレをあのまま放っとけば脇坂も殺せてただろ」
アレ、というのは当然目の前に鎮座する巨大な怪物・ゴーヨンのことだ。
確かあいつは元々ゼロフォーたちが生み出した怪人だったはずだが、暴走して手に負えなくなったからMACTにも協力して対応してくれとゼロゴーに頼まれていた。
しかし、ゴーヨンがMACTで大暴れしてくれるなら恨むべき脇坂に復讐が出来るはずなのだ。
「あのなあ、前にも言ったが俺は人殺しはしたことが無いし、これからもするつもりは無いんだ。恨めしいことは恨めしいが、殺したいほど憎んでもいない」
「そもそも殺したって、ねェ……?何の解決にもならないじゃナイ?」
クセのある声が向こう側から飛んでくる。
見た目は完全に凶暴な怪人だというのに、普通の人間よりも平和なことを言ってくる。
「まあ、なんだ。殺すよりも……聞かせてやりたいな。俺たちのこと、あいつらのこと」
あいつら、というのはゼロフォーたちとともに怪物になった最初の七人のことだろうか。
沢渡さん以外は脇坂の前から姿を消したと聞いたが、人間社会の中で隠れて生きてきたなら相当苦労してきたはずだ。
これまでに出現したヒールも、彼らが生み出したものであるはずだが、しかし。
「いいや、めんどくさい。とりあえずあいつをさっさとぶっ倒すぞ」
「お前、なんだか短慮になったんじゃないか」
「相棒から悪い影響を受けたっぽいな!」
剣を中段に構え、腰を落とす。
並んだ四人のヒールとヒーロイドはそれぞれに構え、かつてない巨大な敵に立ち向かうため緊張を走らせる。
「行くぞ!」
「「おう!!」」
「任せた!」
六つの目が、一斉に俺の方を向いた。
えー、だってしょうがないじゃん。
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「平岩くん、倒れましたね」
「今までずっと一人で戦っていたんだ。仕方が無いだろう」
モニターに映し出された外の様子を、司令官室から見守る。同じ敷地内にいる以上絶対に安全とは言えないが、最前線で戦う彼らのために何も出来ずここに座っていると思うと高みの見物をしているようであまり気分は良くない。
隣に立つ上司も同じ気持ちを抱いているのか、たった今モニターの向こうでアスファルトの上にうつ伏せで転がったヒーロイドを、労うように見つめていた。
冷徹、と言うに相応しいこの上司は、ヒーロイドとして戦う青少年に対してだけは圧倒的に態度が甘く、同情的だ。
巻き込んでしまった罪悪感か、それともそれを選ぶしかなかった彼らへの哀れみか。
或いはその両方……。
「しかし、ヒールがMACT本部に乗り込んでくるなんて前代未聞ですね。その上ヒールとヒーロイドで共闘。世間にどう説明しますかね」
せめて、全てが終わった後のことを考えよう。
自分達の立場を、MACTという組織のために。
何より、彼らの居場所と名誉のために。
最前線で戦う若者のことを思えば、我々弱い大人はそうすべきなのだろう。
「ヒール、ヒールか……」
不意に、重苦しくつぶやく声が耳に届いた。
「我々に、彼らを
それに答えるべき言葉も勇気も持たない私は、ただ黙ったままモニターを見つめ続けていた。
画面の中では、ゼロヨンと番号を振られたトゲだらけの巨体が全身から光を放つところだった。
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眩い光が網膜を焼き、眼球から脳にかけての一部を鋭い痛みが駆け抜ける。
体を動かしたり顔を背けたりすることも出来ずに瞼を閉じるが、そんな薄い防御など易々突き抜けて光と熱が体全体を刺激した。
クソ、仰向けに倒れとけば良かった。
しかし思い起こせばあの時はもう立っているだけでいっぱいいっぱいだったんだ。
倒れる方向を調節する体力なんて残っているはずもない。
そう、仕方ない。これは仕方ないあいたたたた眩しい眩しい眩しい!!
ゼロフォーが放っていた白い光が途切れた直後、緑色の光が瞼を貫いて脳を刺激する。
ダメだ、今自分が目を開けているのか閉じているのかすら全く分からない。
ただひたすらに緑色で視界が埋め尽くされている。
うーむ、普段自分がやっていたことがどれだけとんでもなかったかがよく分かる体験だ。
それは同時に戦術の有効性を身をもって確認したということでもある訳だけれど。
雄叫びと打撃音が何度も響き、見えない戦闘の様子を教えてくれる。
……いやわかんない。
音が多すぎる。
複数の打撃音が連続して届き、ああ多分これは袋叩きにしているんだな、と。
音の方向にまだ見えていない目をじっと向けながら、出来る限り情報を集めることに集中する。
響く音。
地面を通して伝わる衝撃。
砂埃の臭い。
ちょくちょく飛んでくる小石。
「なあちょっと痛いんだけど!?もうちょっと穏やかに戦ってくれよ!」
「贅沢言うな!これでも最大限護ってってんだよ!!」
「え!?まじ!?ありがとう!!」
思わずときめいてお礼まで言ってしまった。
しかしよく考えたら俺が動けないのはゼロフォー達が作ったゴーヨンのせいだし、助けに来るのが遅かったせいだ。
クソ、騙された。
そして文句を言うために口を開いたことによって口の中に小石や砂が飛び込んできた。
口の中がジャリジャリと気持ち悪い。
そこまで考えたところで、さっきから自分の考えていること二全く緊張感がないことに気がついた。
なんともまあいきなり呑気になったものだなと思うが、その一方で抱いている確信。
俺は多分安心しているんだ。
あいつらなら大丈夫だろう、と。
ようやく視力が戻ってきた頃、文句を言うべく正面で戦う怪人達を睨みつけた俺の目に飛び込んできた光景は。
まさに、巨大な怪物が地面に倒れ伏すその瞬間だった。
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